2016年1月2日土曜日

敗血症と輸液①

A rational approach to fluid therapy in sepsis.
Marik P, Bellomo R.
Br J Anaesth. 2015 Oct 27. PMID: 26507493


✔ 緒言
 19世紀、コレラによる循環血液量減少性ショックには寫血が行われていた。21世紀初頭、敗血症性ショックに対しては大量の晶質液(72時間で17Lに達することも)が投与されるようになり、国際的ガイドラインでもこれが標準的治療であるとされてきた。二つの治療法は病態生理学的に正しい治療法とは言えず、有害ですらある。コレラは下痢による体液喪失が主体なので大量輸液が治療となる。一方、敗血症性ショックは水分喪失を伴うわけではない。敗血症は動脈ないし静脈の拡張による微小循環障害と心機能障害を主体とするものであり、輸液には反応が悪い。にもかかわらず、EGDTとしてCVPを指標とした積極的輸液が推奨されてきた。実際、近年の多施設研究(ProCESS、ARISE、PROMISE)やメタアナリシスではEGDTに基づく治療は必ずしも敗血症性ショックの患者の予後を改善しないかとが分かってきた。

✔ 正常の循環生理
 心臓から駆出される血液の量は心臓に還流してくる静脈血の量に等しい。Guytonは静脈環流量が末梢静脈圧と右房圧の圧較差で規定されるとしている。理論的には静脈系はStressed volumeとUnstressed volumeのふたつに分けられる。静脈系に血液を満たしていったとき、圧が上昇しはじめる直前までの血管内容量をUnstressed volume、圧の上昇を伴いながら増加する容量をStressed volumeという。Mean circulatory filling pressure(MCFP)は心臓が停止していると仮定した場合の血管内圧のことだが、Stressed volumeがこのMCFPの最も大きい規定因子となる。MCFPは正常では8~10mmHgだが、静脈環流量の最大の規定因子でもある。
 通常、大量の輸液を行っても静脈系で緩衝されてMCFPはほとんど上昇しない。しかし、拡張障害があると輸液によって心腔内圧(特に右心系)がMCFPよりも速やかに上昇し、MCFPとの圧較差が減少してしまう。臓器灌流は動脈圧と静脈圧の較差(MAP-CVP)によって決定される。すなわち、高CVPでは臓器灌流圧が低下してしまう。静脈圧は平均血圧よりも微小循環に与える影響が大きいため、平均血圧が臓器の自己調節能の範囲内にある場合は、臓器微小循環灌流を規定するのは静脈圧であるということになる。
 Flank-Starlingの法則では左室拡張末期容積(前負荷)が大きくなると一回拍出量(SV)が増加するが、ある点を超えるとSVは前負荷の増加に対して不変となる。輸液が一回拍出量を増やすためには二つの条件を満たしていないといけない。1)輸液がCVPよりもMCFPを増加させ、静脈圧較差が増大する。2)両心室共にFrank Starlingの上行脚に位置する。
 血管内皮細胞は管腔側表面をGlycocalyxという糖蛋白の網で覆われている。Glycocalyxはバリアとしての役割を持ち、大分子が透過するのを防ぎ、白血球や血小板の凝集を防ぎ、組織浮腫が起きないようにしている。大量輸液で心腔内圧が上昇するとナトリウム利尿ペプチドが分泌される。ナトリウム利尿ペプチドは血管内膜のGlycocalyxに存在するプロテオグリカンや糖蛋白を分解して血管透過性を上昇させる。また、ナトリウム利尿ペプチドはリンパ液の排出を減らしてしまう。

✔ 敗血症による血管機能障害
 敗血症性ショックは動脈と静脈の拡張を伴う血管麻痺が本態であり、NO合成酵素(NOS)の増大によるNO増加、KATPチャネルの活性化による血管平滑筋細胞の過分極、ナトリウム利尿ペプチドの産生増加(NO産生に相乗的に作用する)、相対的バゾプレシン欠乏によって生じる。動脈拡張が低血圧を起こすのだが、より重要なのは、静脈拡張によって臓器や皮膚の血管床が拡張し、Unstressed volumeが増加し、静脈環流量が減少して心拍出量が減少する点である。およそ70%の血液が静脈系に存在し、その量の変化が静脈環流量を決定するのである。
 敗血症は血管内皮接着因子の発現、血小板・白血球の活性化により凝固系が活性化する点も特徴的であり、その結果としてびまん性の血管内皮障害、微小血栓、血管内皮細胞間隙の増大、Glycocayxの消失が起きる。これらのメカニズムにより、微小循環が障害され血管透過性が亢進する。

✔ 敗血症による心機能障害
 敗血症性ショックによる心機能抑制は1984年にParkerらによって報告されたのが初めてである。彼らは左室収縮障害が50%の患者で認められたとしている。この報告で興味深いのは、死亡例ではEFや心腔容量が正常で経過中不変であったということであり、これは拡張障害の存在していた可能性がある。重症敗血症や敗血症性ショックでは拡張障害は普遍的な所見であると考えられつつあり、収縮障害の2倍の頻度で認められるという報告もある。Landesbergらは拡張障害が54%、収縮障害が23%に認められたとしている。Brownらは拡張障害の頻度を62%と報告しており、収縮障害ではなく拡張障害が予後規定因子であったとしている。もともと拡張障害は高血圧、糖尿病、肥満、高齢に多いとされている事から、これらの因子を持つ患者が敗血症になった場合は拡張障害の頻度はさらに大きいとみなくてはならない。拡張障害があると輸液負荷に反応しにくくなる。Ognibeneらの1988年の報告によると、敗血症患者に輸液をすると、心充満圧が増大し静脈圧や肺の静水圧も上昇するが、ナトリウム利尿ペプチドの分泌が増加して、心拍出量はわずかしか増加しなかった。過剰輸液そのものも拡張障害を引き起こす点も考えておかなくてはならない。

◎ 私見
 麻酔科系の雑誌に載った敗血症の輸液に関するReview。筆者はMarik先生とBellomo先生。わかりやすくて久しぶりに時間を忘れて読みました。循環評価における静脈系の意義について最近とくに注目しているので、その点からも面白かった。
 まずは正常な循環整理と敗血症におけるその変化が解説されている。次回以降は輸液反応性や過剰輸液についての解説が続く。

0 件のコメント:

コメントを投稿