Marik P, Bellomo R.
Br J Anaesth. 2015 Oct 27. PMID: 26507493
✔ 輸液反応性
敗血症における輸液療法の目的は心拍出量と臓器灌流を改善することにより臓器障害を軽減することである。したがって輸液を投与する唯一の理由は一回拍出を臨床的に有意に増加させること、ということになる。輸液負荷(250~500ml)をした後に一回拍出量が10~15%増加した時に輸液反応性があると判断される。Frank-Starling曲線によると、適切な前負荷が達成されるまでは輸液負荷によって一回拍出量は増加するが、”適切な前負荷”を超えると一回拍出量は増えなくなる。また、輸液負荷は有益でないばかりか有害となることがある。Frank-Starling曲線が平坦になる部分において輸液負荷が有害となることの理由は、高い充満圧のために拡張障害をきたすことから説明できる。心房圧は上昇し、静脈圧や肺静水圧も上昇し、ナトリウム利尿ペプチドの産生増加を誘起し、水分は間質に移動して肺や組織の浮腫をきたす。組織浮腫のために酸素や栄養基質は拡散しづらくなり、組織構造が破壊され、毛細血管血流やリンパ流が阻害され、細胞間作用が不可能になる。右房圧(CVP)の上昇は主要な臓器の静脈圧の上昇を意味し、微小循環を傷害して臓器機能は低下する。特に腎臓は静脈圧上昇の影響を受けやすく、腎血流量は減少してGFRが低下する。
Frank-Starling曲線と肺外水分量(文献より引用) |
✔ 敗血症における輸液反応性
いくつかの研究で、血行動態不安定な敗血症患者で輸液に反応するものは50%程度であることが知られている。にもかかわらず、輸液負荷が治療の要とされている。敗血症における静脈容量や心機能に対する影響を鑑みると、低血圧性ショックをきたした敗血症における輸液反応性は40%にも満たないだろう。
輸液のゴールはStressed volumeを増加させてMCFPをCVPよりも大きくし、静脈還流における圧較差を高くすることである。しかし、晶質液の血管内容量増加作用はわずかである。健康成人を対象にした研究で、晶質液投与3時間後には15%しか血管内に残っておらず、50%は細胞間質の容量となっていたと報告されている。敗血症患者では晶質液投与1時間後に5%しか血管内に残らないとする報告もある。つまり、輸液負荷の効果はごく短時間に限られ、間質浮腫の大きな原因となると言える。Nunesらは輸液反応性のあった患者でも、1時間後には一回拍出量が元に戻ってしまったと報告している。Glassfordらも輸液によって上昇した平均血圧が1時間後には元に戻ってしまったと報告している。FACTT試験のPost-hoc解析をしたLammiらは輸液反応性のあった患者は23%で、平均血圧はわずかに上昇するも尿量は変化しなかったとしている。
Monge-Garciaらは敗血症性ショックにおける輸液負荷の動脈系への影響を調べている。それによると67%が輸液反応性ありと判定されたが、平均血圧はこれらのうち44%でしか増加しなかった(つまり、心拍出量が増えたが血圧は上昇しないものがあったということ)。平均血圧が上昇しなかった群では動脈エラスタンスとSVRが減少していた。他にも輸液負荷によりSVRが低下したという報告があり、敗血症性における積極的な輸液負荷は血管拡張療法であると考えるべきで、Hyperdynamic stateを助長するだけかもしれない。
要約すると、重症敗血症ならびに敗血症性ショックの大部分の患者は輸液反応性が無いだけでなく、輸液による血行動態の変化はあったとしてもわずかで短時間しか有効ではなく臨床的には有用ではないといえる。しかも、左室充満圧を増加させ、血管内膜のGlycocalyxを傷害し、動脈系を拡張させ、組織浮腫を引き起こす。つまり、重症敗血症ならびに敗血症性ショックにおける積極的輸液戦略を治療の要とする考え方は再考の余地があるということである。実際、過剰な輸液が死亡率を上昇させることがわかっている。しかし、SSCGの新しいガイドラインでは依然として輸液負荷が推奨されている。これは塩水溺水を引き起こしているにすぎないように思える。そもそも、高乳酸血症は嫌気性代謝や酸素供給量低下を反映しておらず、酸素供給を増やすアプローチは酸素消費を増やさず乳酸値も下げないばかりか死亡率を上昇させることが分かっている。
これらの研究結果から、輸液反応性のある患者のみに輸液をすべきということが分かる。さらに、輸液反応性があるとしても、利益と危険性の比率を考慮してから輸液負荷すべきである。輸液反応性の効果は短時間しか得られず、大量輸液(20~30ml/kg)は輸液過負荷となりうることから、ミニ輸液負荷(200~500ml)が推奨される。Passive leg raising(PLR)や一回拍出量をリアルタイムでモニタしながら行う輸液負荷なども有用である。施行しやすさや正確性、安全性などを考慮するとPLRが最も望ましい。PLRは下肢を挙上して下半身の静脈血(約300ml)を還流させ、心拍出量の増加の有無をみるもので、下肢を元の戻せば負荷も元の状態に戻る点が優れている。つまり、可逆的輸液負荷といえる。重症患者における有用性はメタアナリシスでも証明されている。重要なのは、心拍出量の変化をみるべきで血圧の変化をみるべきではないということである。PLRは自発呼吸のある患者、不整脈のある患者、低一回換気量で換気されている患者でも行うことができる。
胸部X線写真、CVP、ScvO2、超音波(IVC呼吸性変動含む)は輸液管理において限られた有効性しかなく、この目的で使用すべきではない。身体所見も同様である。したがって、SSCGでCVPやScvO2を治療の指標としている事には問題がある。CVPが輸液反応性を予測する感度は50%に過ぎない。そもそも、適切な静脈環流と心拍出量を維持するためのCVPの正常値は0~2mmHgである。頸動脈パルスドプラやベッドサイドで行われる超音波検査も輸液反応性を評価するには不正確である。ScvO2は低値も高値も予後不良のサインである。近年の大規模研究でも、ScvO2を70%以上に管理しても予後は改善しないことが示されている。つまり、EGDTは重症敗血症や敗血症性ショックを管理するガイドラインとしては科学的に検証されておらず使用すべきではないということになる。
さらにSSCGでは乳酸値を組織低灌流の指標として採用しているが、これは誤りである。HotchkissとKarlは20年前に敗血症において細胞低酸素や代謝障害は生じないことを示している。現在、重症敗血症におけるストレス反応のひとつとしてアドレナリンが放出され、Na-K-ATPaseを活性化し、乳酸産生が増加することが原因であるということが分かっている。敗血症では”代謝過剰”となると信じられていたが、酸素消費量やエネルギー消費量はおおむね健常人と同等であり、敗血症の重症度が増加するにつれエネルギー消費量は減少するといわれる。つまり、敗血症だからといって酸素供給を増やす必要はないのである。酸素供給量の最低限の閾値は3.8ml/min/kg(270ml/70kg)とされるが、これは心拍出量にすると約2L/minであり、敗血症においては死亡寸前にしか見られない値である。
◎ 私見
輸液をすることを戒める内容。EGDTや種々の検査(超音波など)も一刀両断でバツ印をつけている。納得できる内容ではあるが、まあ、ここまで言うこともないかなと思ったりする。
尖った文章に刺激されたので、最近考えているエビデンス適用のふたつのポイントを述べてみる。ひとつめはエビデンスを自分の中でどのように再構築するかである。敗血症を例にとれば輸液や各種モニタに対する重みづけを勉強しながら変えていくということになる。あくまで重みづけを変えるのであって、個々の研究結果に振り回されてはいけない。その結果として、輸液は”あまり”しなくなったし、ScvO2も”輸液の指標としては”使わなくなった。
ふたつめは再構築した結果を周りの状態(環境)にどのように適合させるかである。同僚や他科の医師に自分の考えを押し付けるのはよくない。かといって何も言わないで自分の世界に閉じこもるのもよくない。例えば、僕はCVPをあまりみないが、CVPをみたいという意見そのものは否定しない。医学的に正しいかどうかと、意見を否定すべきかどうかは別の問題だと思うからである。
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