2016年5月6日金曜日

ARDSの血行動態管理①

Experts' opinion on management of hemodynamics in ARDS patients: focus on the effects ofmechanical ventilation.
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480


✔ 背景
 ARDS患者の約6割が循環不全を合併し、約65%で心血管作動薬を要する。循環不全は死亡の原因となりやすく、低酸素を原因とする死亡よりも多い。ARDS患者のショックは以下の三つの因子によって生じる。すなわち、①肺高血圧(肺動脈の微小血栓、リモデリング、低酸素性肺血管収縮、アシドーシス、炎症性メディエータ)、②人工呼吸管理による右心機能不全、③組織需要増大である。

✔ 人工呼吸管理が血行動態に与える影響
 胸腔内圧(Ppl)と経肺圧(TP)の変化によって説明される。Pplの変化は右室への血液流入と左室からの拍出に影響する。一方TPの変化は右室からの拍出と左室への血液流入に影響する。Pplの変化が重要である。生体は変化のない大気圧の影響下にあり、肺血管はPplの影響下にあるため、大気圧とPplの差が呼吸サイクルの間に変化することになる。非人工呼吸患者において自発吸気努力によってPplが低下すると、静脈系における圧較差が大きくなるため右室への静脈灌流が増加する。次の数拍動で左室に血液が流入し、吸気終了とともにPplが増加して呼気時に動脈圧が増加することになる。Pplが減少すると心腔内圧は大気圧に比べて相対的に低下し、左室の後負荷は増加する。大きな陰圧吸気努力が繰り返されると、左室後負荷増大と右室充満が生じて肺血流量が増加し、左室機能不全や血管透過性亢進と相まって肺水腫を形成する。
 陽圧換気では逆の現象が生じる。陽圧換気によってPplが増大すると左室後負荷は減少するが、同時に静脈灌流量が減るため心拍出量にはほとんど影響しない。右心系の上流にある静脈系からの圧較差は4~8㎜Hgしかないため、右心系の圧が上昇すると心拍出量に大きな影響を及ぼすことになる。PEEPをかけると静脈灌流は呼吸サイクル中ずっと制限されることになる。正常では肺胞内にかかる圧の約半分がPplに伝わる。一方、病的肺は固いため、それほど多くは伝わらないとされる。右心系のコンプライアンスは高いため、前負荷よりも後負荷の影響を受けやすい。
 TPは肺胞内圧とPplの差である。Pplが肺静脈圧を上回ると微小血管が虚脱するためWest Zone 2の状態となる。Pplや間質圧が肺動脈圧よりも高ければ肺血流は閉塞してWest zone 1の状態となる。いずれにしろ、肺胞内圧は右室に対する抵抗になり、後負荷を増加させることになる。
 傷害を生じた肺は炎症や虚脱、微小血栓のために血液が流れにくい状態となっており、静水圧の上昇によってガス交換の場に血漿が漏出する。全肺血管抵抗の大部分が微小血管を通過する際に消失するので、ARDSにおいて血流量が増加すると血漿漏出も増加するということになる。さらに、毛細血管そのものの減少によって血管内圧が増加し、心拍出量増加に対する反応も過剰になる。調節換気状態では一回換気とPEEPによってPVRとPplが増加し、肺胞内圧を直接的に増大させるが、これは平均気道内圧で近似される(mPaw)。PEEPはmPawの最大の規定因子ではあるが、mPawは呼吸サイクルが占める割合が大きかったり換気駆動圧が高い場合、すなわち分時換気量が大きい場合も高くなる。平均気道内圧が高いと肺容量が大きくなるだけではなく胸壁も外に向かって押すため、Pplが高くなる。高いmPawにより既に開放されている肺胞をさらに押し広げるため微小血管は閉塞する。ARDS患者ではリクルート可能な肺領域を開放し、すでに広がっている部位はそのまま維持することで肺血管抵抗が改善することになるが、実際は、高いmPawによる正味の作用はWest zone 2を増やすように働き、含気のある部位の肺血管抵抗を高めてその部位の血流を含気のない部位へ誘導してしまい、死腔と右室後負荷を増加してしまう。右室の圧上昇はそのまま左室のコンプライアンスを低下させる。もし心拍出量が変わらないとすれば、左室の低コンプライアンスに対応する形で左房や肺静脈の圧が上昇していることを意味し、これにより肺水腫が形成されやすくなってしまう。右心系の圧上昇はそのまま静脈系の圧上昇をもたらし、輸液負荷の効果を減じ、心拍出量を減らしてしまう。ARDS患者ではmPawが上昇してもPplはさほど大きくはならないが、PVRは大きく上昇する。肺の拡張で胸郭に入る部分で大静脈が圧迫されて静脈灌流が阻害されるとする報告もあるが、この影響は通常小さい。腹腔内圧が選択的に上昇した場合は腹部の血液を胸郭内に押し出すことになるので肺水腫は形成されやすくなる。

◎ 私見
 ARDSに限らず、人工呼吸が血行動態にどのように影響を及ぼすのかを正確に理解することは難しい。毎日のようにショック患者の人工呼吸を扱うのだから、この領域は極めて重要なのではないかと思っている。

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