Ince C.
Crit Care. 2015 Sep 24;19(1):339. PMID: 26400614
✔ 敗血症は管理が難しいが、これはその病態生理が完全には解明されていないからである。敗血症は過剰な炎症とそれに引き続く心血管系の異常により細胞機能が低下し、臓器不全に陥るという特徴がある。病因は速やかに変化していくだけでなく、通常のモニタでは微小循環や細胞の状態を知ることはできず全身の血行動態を評価するにすぎないため、状態を把握することが困難である。新しいモニタが開発されれば、新しい治療を探索することの助けになるだろう。
Jacquet-Lagrezeらは敗血症モデルを用いた研究で短時間作用型のβ遮断薬であるエスモロールが舌下ないし腸管の微小循環を改善することを示した。心拍数減少とアドレナリン過剰による弊害を遮断するという理論的背景があるが、どのようなメカニズムで利益をもたらしたのかという点がはっきりしない。Morelliらは血行動態や炎症、代謝、凝固などに様々な効果があるのではないかとしている。β遮断薬のもっとも明らかな利点は心拍数を減らして拡張期時間を延ばし、一回拍出量を維持ないし改善することである。しかし、多くの研究が心拍数減少効果を示しているにもかかわらず、心血管系に与える効果に関しては結果が一貫していない。Morelliらは心拍数が減少した患者では一回拍出量が増加したと考えられることを報告した。しかし、引き続いて行われた研究では舌下微小循環は改善しているものの一回拍出量は増えていないという結果であった。Aboabらは敗血症モデルを用いた研究で、エスモロールは一回拍出量の増加と心拍数の減少をもたらすことを示した。しかし、Jacquet-Lagrezeらの研究では心拍数減少効果が見られたにもかかわらず一回拍出量は増えていない。つまり、エスモロールが敗血症患者の血行動態にどのような影響を与えるのかはよくわからないといえそうである。しかし、重症患者にみられる頻脈は予後を悪化させるため、β遮断薬などでこれを減らすことには魅力がある。実際、530人のICU患者を対象とした多施設国際研究では頻脈は単独で最も感度の高い予後悪化予測因子であった。頻脈に加えて微小循環障害の兆候がある場合は、さらに80%予後が悪化した。
Jacquet-Lagrezeらの研究では敗血症モデルを肺動脈圧を指標として菌を注入することで作成している。この方法では体血圧や代謝のパラメータをほとんど変えないため、正常血圧の敗血症モデルということになる。このような正常な体血圧と血行動態パラメータを示しつつ舌下微小循環障害と腸管循環障害を呈する状況は、いくつかの臨床研究でも実際にあり得ることが示されており、合併症や死亡率が高くなることも報告されている。エスモロールがわずかながらも微小循環を改善することは示されたが、正常になっているわけではない。血行動態パラメータが正常範囲内で心拍数を減らしても微小循環が改善するわけではないことが示唆されている。にもかかわらず、「エスモロールは循環に負の効果をもたらすが微小循環を維持する」と結論づけているのは驚きである。エスモロールは心拍数を減らすが、微小循環障害を伴う正常血圧の敗血症モデルでは有益性を証明できなかったするべきではないか。腸管循環に関してもそうである。有意ではないものの腸管の微小循環が改善する傾向があったとしているが、血流の再分布で説明ができる。腸間膜動脈の血流を計測すればよい。エスモロール群でミルリノンの使用が多いことでも説明できる。ミルリノンを除外して検討すべきである。調査されてはいないが、腸管微小循環の改善傾向はエスモロールの抗炎症効果によるものかもしれない。また、舌下微小循環が改善しきっていない点は、これが予後悪化の因子であることを鑑みると、この敗血症モデルの最終的な予後は心配であると言わざるを得ない。ではあるものの、敗血症においてβ遮断を行うことが有用かどうかはまだわからない。
◎ 私見
Jacquet-Lagrezeらの研究に対する厳しめのコメント。β遮断薬は魅力的な薬剤だが、いったい何が真に有益な効果をもたらしているのかがわからないのが問題。心拍数だけでは説明がつかないとは言えそうだが。なので、現時点ではいわゆる「敗血症」に投与するのは適当ではないだろう。ある特定の状況下(たとえば頻脈や高炎症状態)で効果を測定するような研究が必要なのだと思う。
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