2020年3月21日土曜日

術中筋弛緩薬は術後肺合併症を増やすか?


【RECITE study】
Fortier LP, McKeen D, Turner K, de Médicis É, Warriner B, Jones PM, Chaput A, Pouliot JF, Galarneau A.
Anesth Analg. 2015 Aug;121(2):366-72.  PMID:25902322

Yu B, Ouyang B, Ge S, Luo Y, Li J, Ni D, Hu S, Xu H, Liu J, Min S, Li L, Ma Z, Xie K, Miao C, Wu X; RECITE–China Investigators.
Curr Med Res Opin. 2016;32(1):1-9.  PMID:26452561

Saager L, Maiese EM, Bash LD, Meyer TA, Minkowitz H, Groudine S, Philip BK, Tanaka P, Gan TJ, Rodriguez-Blanco Y, Soto R, Heisel O.
J Clin Anesth. 2019 Aug;55:33-41.  PMID:30594097

術後の筋弛緩薬の作用残存はTOF比<0.9と定義され、術後肺合併症(Postoperative pulmonary complications; PPC)のリスクである。筋弛緩作用残存の実状を調査した前向き観察研究(カナダ、中国、米国で施行されてそれぞれ別の論文として報告)。
カナダ:241人の患者のデータを解析。使用された筋弛緩薬の99%はロクロニウム。約7割の患者で拮抗薬としてネオスチグミンが使用された。筋弛緩作用残存は抜管時63.5%、PACU到着時56.5%に認められた。
中国:1571人の患者のデータを解析。拮抗薬として78%の患者にネオスチグミンを使用。抜管時の筋弛緩作用残存は57.8%に認められた。45歳未満、単回投与、ネオスチグミン投与から10分以上待ってから抜管、筋弛緩薬最終投与から1時間以上であることが筋弛緩作用が残存していないことと関連していた。
米国:255人の患者のデータを解析。筋弛緩作用残存は64.7%に認められた。男性、BMI高値、市中病院での手術が筋弛緩作用残存のリスク因子であった。


Alday E, Muñoz M, Planas A, Mata E, Alvarez C.
Can J Anaesth. 2019 Nov;66(11):1328-1337.  PMID:31165457

筋弛緩拮抗薬の種類とPPCの頻度を検討する目的で行われた無作為化試験。全身麻酔と硬膜外麻酔で腹部手術を受ける126人の患者をネオスチグミンを投与する群とスガマデクスを投与する群に無作為に割り付けた。術後のForced vital capacity(FVC)は両群同程度に低下した。ネオスチグミン群の39%、スガマデクス群の29%に無気肺が認められたが有意差はなかった。


【POPULAR study】
Kirmeier E, Eriksson LI, Lewald H, Jonsson Fagerlund M, Hoeft A, Hollmann M, Meistelman C, Hunter JM, Ulm K, Blobner M; POPULAR Contributors.
Lancet Respir Med. 2019 Feb;7(2):129-140. PMID:30224322

術中の筋弛緩薬使用がPPCに関連しているかどうかを検証した多施設前向きコホート研究。22803人が対象となった。筋弛緩薬を使用するとPPCの頻度が増えた(OR 1.86)。筋弛緩モニタを使用しても、筋弛緩拮抗薬を使用してもPPCは減らなかった.

Blobner M, Hunter JM, Meistelman C, Hoeft A, Hollmann MW, Kirmeier E, Lewald H, Ulm K.
Br J Anaesth. 2020 Jan;124(1):63-72. PMID:31607388

前述のPOPULAR studyのPost-hoc解析。TOF比0.9以上ではなく0.95以上を確認してから抜管したほうがPPCは少なくなった


Gerlach RM, Shahul S, Wroblewski KE, Cotter EKH, Perkins BW, Harrison JH, Ota T, Jeevanandam V, Chaney MA.
J Cardiothorac Vasc Anesth. 2019 Jun;33(6):1673-1681. PMID:30655198

術中の非脱分極性筋弛緩薬を避けることでPPCを減らせるかどうかを検証した無作為化試験。心臓血管外科手術を受ける100人の患者を対象とし、気管挿管時のサクシニルコリン投与のみにとどめる群とシスアトラクリウムを通常どおりに使用する群に割り付けた。PPCの頻度は両群共に16%と有意差が無く、術者はサクシニルコリン群で手術のしづらさを感じていた。


◎私見
臨床的な判断のみでは筋弛緩作用残存を知ることはできず、その頻度は極めて多いということがまず重要なポイントだろう。次いで大事なのはTOF>0.9をもって筋弛緩作用残存を否定することはできず術後肺合併症を予防できないという点。拮抗薬も信頼に足るかというとそうではないわけで、術後肺合併症のハイリスク群は極力筋弛緩薬を使用しないというアプローチが必要なのかもしれないが、サクシニルコリンを使えばよいというアイデアはどうもうまくないらしく難しいところ。PPCは起こるものとして術後ICUでしっかり評価と治療を行うのが良いのだろう。


2020年3月13日金曜日

超音波による臓器灌流の評価

Corradi F, Via G, Tavazzi G.
Intensive Care Med. 2019 Oct 25.  PMID: 31654077

循環不全(ショック)は組織低灌流で特徴づけられ、身体所見では三つの窓(皮膚、腎(尿)、意識)、検査所見では乳酸値や静脈血酸素飽和度PvaCO2 gapなどを評価することになる。超音波によって組織低灌流、特に腹腔内臓器の評価を行うことも可能である。

超音波ではドプラを用いてResistive index(DRI)を計測する。これは、低灌流状態では臓器の微小循環が変化して血管抵抗が上昇しDRIも上昇することを利用するものである。

腎臓のDRI(RDRI)は重症敗血症における急性腎傷害の発生を予測するなどの目的で使用される。RDRIが高いほど腎血管のコンプライアンスが悪いことを意味する。ただし、腹腔内圧、不整脈、低酸素、右心不全などに影響されることを知っておかなくてはならない。RDRIは1)血行動態が安定しているように見える患者における循環血液量減少の早期発見、2)腎血流量の評価、3)局所循環の改善を指標した平均血圧の推定などにおいて感度が高い。RDRI > 0.7は低酸素でなければ臓器灌流が異常であることを示唆する。腎静脈血流パターンが非連続性であったり間歇的であったりする場合は腎うっ血が示唆される。腎静脈血流の代替として門脈血流パターンを用いることもできる。門脈血流拍動指数(Portal vein pulsatility index; PVPI)> 50%では静脈系のうっ血が示唆される。

脾臓は心拍出量の10%、内臓器血流の約3分の2(800ml以上)の血液をプールしており、循環不全に伴って血管収縮が起こり臓器血流を維持しようとする。輸液負荷によって脾臓のDRI(SDRI)が4%以上減少した場合、輸液に反応して臓器血流が回復したことが示唆される。さらにSDRI >0.71では循環血液量減少に極めて感度が高いことが報告されている。

◎私見
単純に血圧だけ評価するのではなく、灌流をしっかり評価することが大事。その一つの手段として超音波が使えるのではないかという提案。単純に血圧にこだわって大量にカテコラミンを注ぎ込んではいけないのである。

2020年3月8日日曜日

気道閉塞圧(P0.1)

Telias I, Damiani F, Brochard L.
Intensive Care Med. 2018 Sep;44(9):1532-1535.  PMID:29350241

 P0.1(気道閉塞状態において吸気開始から100msec後に生じた圧)は非侵襲的に呼吸運動を評価できる指標である。Whitelawらは健常成人を対象とした調査で、P0.1は比較的一定の値を得ることができ、CO2負荷の程度と相関することを報告した。

 P0.1は呼吸中枢のアウトプットを評価するにあたって良い指標となる。吸気開始直後のわずかな気道閉塞は随意/不随意にかかわらず負荷として影響しない。呼気終末容積から吸気は始まるため、この気道内圧の低下は肺/胸郭のリコイルとは独立に生じる。気流は生じないため気道抵抗に影響されず、肺容積も変化しないため抑制的に働く反射や力速度関係も無視できる。P0.1は呼吸仕事量(WOB)や圧時間積(PTP)とよく相関する。自発呼吸さえ維持されていれば呼吸筋力が弱い状況でも信頼できる値を示す。

 正常では0.5~1.5cmH2Oであるといわれる。安定した状態にある非挿管下のCOPDでは2.5~5.0、人工呼吸管理中のARDSでは3.0~6.0、離脱試験中は1.0~13と報告されているようである。

 一呼吸毎に変動があるため、3~4回ずつ測定する必要がある。内因性PEEPがある場合は吸気運動が始まってから気道内圧が低下するまで遅れが生じる。非挿管患者でも口元で測定したP0.1は呼吸ドライブを過小評価すると言われるが、Contiらは気道内圧が低下し始めてから計測したP0.1は、吸気努力開始から100msecの間に低下する食道内圧の良い代替指標になると証明した(トリガー期間の気流が0のため)。両者の差は-0.3±0.5であり、臨床的に問題がない。
 呼吸器で測定したP0.1を解釈する際にはいくつか注意しなくてはならない点がある。回路内エアの減圧により過小評価となる可能性、呼吸器毎に異なる測定方法を用いているなどがある。いくつかの呼吸器は呼気終末に短時間の気道閉塞を行って計測しているが、いくつかはトリガーフェーズに基づき推定値を呼吸毎に表示している。最新の呼吸器のトリガーフェーズは50msec未満なので、特に呼吸努力が強い場合はP0.1を過小評価する。

 P0.1は吸気努力とよく相関するので、呼吸器のサポートを調節するに用いることができる。補助換気においても自発呼吸モードにおいても、P0.1が大きい時はサポートが足りず、低い時は過剰サポートが示唆される。PCV、IMV、SIMVいずれにおいてもP0.1は吸気努力が亢進していることを検出でき、その閾値は3.5であった(感度92%、特異度89%)。Pletsch-AssuncaoらはWOB<0.3J/LもしくはIneffective effort>10%を過剰補助と定義したとき、これを診断するP0.1は1.6以下であると報告した(感度62%、特異度87%)。これは呼吸数17以下を診断に用いた場合に比べて精度が劣るものであったが、手動閉塞を行ったという計測方法の問題と、過剰補助の定義によるものだと考えられる。興味深いことに、P0.1を用いたClosed loop systemも可能であると報告されている。 
 P0.1は過膨張のある患者のPEEPを調節する際にも利用できる。ManceboらはPEEP付与によってP0.1が減少する場合、内因性PEEPとWOBも減少していると報告している。
 MauriらはVV-ECMO使用中のARDS患者においてP0.1は呼吸ドライブの良い指標であることを報告している。スウィープガスを変化することによって生じたPCO2の変化をP0.1は良く反映した。
 P0.1は離脱の指標となるかどうか多く調べられている。SBTの最中にP0.1が高いと離脱失敗する可能性が高いと予想される。Bellaniらはサポートを減らしていくSBTに失敗した患者は呼吸ドライブ増大(~P0.1高値)に呼応する形で酸素消費を増やすことができないことを示した。
 しかし、P0.1の閾値はオーバラップが大きく、P0.1単独でも他の指標との組み合わせでも定まった閾値が見つかっているわけではない。これは離脱失敗の要因が多岐にわたることや研究デザインが異なることが原因だと考えられる。P0.1はPSV中に計測されることが多いが、抜管後に計測すると過小評価となることが知られている。これらの限界にもかかわらず、臨床医は呼吸ドライブにかかわる情報を得ることができる。例えば、極めて高い値(6以上など)に意味を見出すなどの戦略が考えられる。

◎私見
 興味ある指標。測定可能な人工呼吸器を使用しているのだから、もう少し利用してみても良いのではないだろうか。

2020年3月4日水曜日

乳酸値を解釈する際の10のピットフォール

Hernandez G, Bellomo R, Bakker J.
Intensive Care Med. 2019 Jan;45(1):82-85. PMID: 29754310

1.クリアランスとは単位時間当たりの溶質除去可能な血流量を意味するが、乳酸値は産生、排泄、代謝の要素を受けるので血中濃度の減少のみをクリアランスと表現するのは誤解を招く

2.乳酸値が上昇すると循環不全が続いていると判断し、乳酸値が減少すると改善していると判断しがちだが、クリアランス(排泄・除去)が悪くなっているだけかもしれないし、代謝の要素は全く予想できない

3.乳酸は糖やピルビン酸の代謝によって通常でも産生されるため、それらの基質の代謝が亢進すると循環不全が無くても乳酸値は上昇する。例えば敗血症に伴う炎症反応は解糖系を刺激しピルビン酸脱水酵素活性を抑制するので、細胞内のピルビン酸濃度が上昇し乳酸値も上昇する(糖とピルビン酸の比率は一定に保たれたまま)。

4.乳酸も糖のような基質の一種であり、エネルギーとして消費される(lactate shuttle)。臓器間シャトル(筋肉で産生され肝臓で使用)や、細胞間シャトル(脳)が知られている。

5.肝臓は乳酸代謝の約6割を担っており、遷延する高乳酸血症において肝障害が一役買っている可能性は高い。

6.大量(180ml/kg/hr)の乳酸リンゲル液は乳酸値を上昇させる可能性がある。

7.カテコラミン、アルカローシスに伴う糖代謝の亢進、乳酸を緩衝として使用した血液ろ過、肝機能障害、肺における乳酸産生、核酸逆転写酵素阻害薬やメトホルミンといった薬剤、エチレングリコールやメタノールなどの中毒によって乳酸は修飾されてしまう。

8.高乳酸血症が遷延する場合、低灌流部位における嫌気性糖代謝(特に微小循環障害)、ストレスに伴って起きるカテコラミン起因性好気性糖代謝、肝乳酸クリアランス低下、ミトコンドリア機能障害に伴うピルビン酸代謝異常が考えられる。臨床的にはこのなかから低灌流を見つけ出さなくてはならない。

9.乳酸値は重症度の指標である。

10.乳酸は分子であり、基質であり、バイオマーカであり、エネルギー源であり、輸液組成の一種であり、複雑な要素を持っているため、治療の目標とするには問題があるのでは?

◎私見
大事だけど固執してはいけないのが乳酸値。乳酸値がさがりきるまで治療するというアプローチは問題だし、遷延する高乳酸血症を放置するのも問題。要はバランスなのだが、バランスをとるには知識を持っていなくてはならない。何も知らないのにバランスをとっているふりをするのは専門家としていかがなものか、といつも思う。