2015年9月30日水曜日

プロトコルは患者予後を改善しないかもしれない

Protocols and Hospital Mortality in Critically Ill Patients: The United States Critical Illness and Injury Trials Group Critical Illness Outcomes Study.
Sevransky JE, Checkley W, Herrera P, Pickering BW, Barr J, Brown SM, Chang SY, Chong D, Kaufman D, Fremont RD, Girard TD, Hoag J, Johnson SB, Kerlin MP, Liebler J, O'Brien J, O'Keefe T, Park PK, Pastores SM, Patil N, Pietropaoli AP, Putman M, Rice TW, Rotello L, Siner J, Sajid S, Murphy DJ, Martin GS; United States Critical Illness and Injury Trials Group-Critical IllnessOutcomes Study Investigators.
Crit Care Med. 2015 Oct;43(10):2076-84. PMID: 26110488


✔ 背景
 プロトコルは治療を標準化し、望ましい介入を完遂する手助けになると考えられている。プロトコルの存在が予後を改善しているかどうかを検証した。
✔ 方法
 米国の59施設が参加した観察研究。プライマリアウトカムは院内死亡率とした。
✔ 結果
 57施設、5,454人の重症患者がデータ解析の対象となった。プロトコルの数の中央値は19であった。単変量解析では、プロトコルの存在はICU死亡率、院内死亡率、在院日数、人工呼吸の使用率、昇圧剤や持続鎮静の使用に影響していなかった。多変量解析でも同様の結果であった。呼吸管理に関わるふたつのプロトコル(ARDSに対する低容量換気、SBT)の遵守率はプロトコル採用の多少とは関わりが無かった。
✔ 結論
 プロトコルは多く採用されているが、予後改善には結びついていなかった。

◎ 私見
 19個もプロトコルがあるのが普通なのかと驚いた。あまりにもプロトコルが多すぎて、かえって混乱しそう。
 プロトコルにしろチェックリストにしろ、まず考えなくてはならないのはなぜ導入するのかという動機だろう。必要もないのに導入してもかえって予後が悪くなりそう。必要性を抽出して予想される結果を見積もるには、やはり自施設の現状についてデータベースに基づいてしっかりと解析を加える必要があると思う。次に考えなくてはならないのは、当然ながらどう使うかということだろう。盲目的に従うのでは効果が薄れる。プロトコルやチェックリストの各項目の根拠やそれを目の前の患者さんにどのように適用するのかという細かい調節が重要だと思う。モチベーション(パッション?)とファイン・チューニングが大事で、プロトコルの遵守率など、二の次ではないだろうか。
 これ、プロトコルに限らず、なんにでも当てはまることだと思う。新しい器械、新しい規則、新しい診療部門、新しい病棟、、、
 

2015年9月28日月曜日

リクルートメント手技

Understanding recruitment maneuvers.
Suzumura EA, Amato MB, Cavalcanti AB.
Intensive Care Med. 2015 Aug 20. PMID: 26289012


✔ リクルートメント手技(RM)は経肺圧を一時的に上昇させることでほとんど換気されていない肺胞を再開通させることを目的としている。即時効果として酸素化とコンプライアンスの改善が期待できる。肺胞を開通させる圧をRM中に生じさせることができれば、肺胞が再閉塞する圧は開放圧よりも低いので、肺容量を大きくしたまま保持することができるようになる。これは圧-容量曲線がヒステレシスを描くことから理解できる。つまり、PEEPをある程度高く保っていれば肺胞を開いたまま維持できるわけである。
 RMは酸素化を改善させることが分かっており、肺保護換気や腹臥位換気を行ってなお低酸素を呈している患者に対するレスキュー治療として明らかな意義があるが、RMの臨床研究の多くはRM後のPEEPを適切に保っていないので、RM直後に改善した酸素化がその後急激に悪化していっている事に注意が必要である。実際、PEEPを適切に保った研究では酸素化の改善が数日持続している。
 ARDS患者のRMに対する反応性は一様ではない。肺線維化が進行した状態ではRMに対する反応が低下する。ARDS発症5日目以降ではRMの効果はあまり期待できない。他にも、びまん性病変よりも巣状病変を呈している場合は反応が悪くなるし、もともとP/Fやコンプライアンスが良かったり、死腔が小さい場合もRMに対する反応が悪くなる。
 RMは酸素化を改善するが、ARDSの死因の多くは低酸素ではなくVILIとそれに起因するSIRS、そしてMOFであることに注意が必要である。では、RMはARDSの生存率を改善すると言えるのであろうか? 
 まず、肺胞の液体クリアランスがRMで改善する可能性がある。また、RMにより炎症マーカが抑制されることも示されている。さらに、RMによるコンプライアンス改善によって換気駆動圧を低減することで生存率を改善する可能性がある。
 RMには多くの方法があるが、すくなくともSigh(深呼吸)を導入することの意義はないと証明されている。40cmH2OのCPAPを40秒維持する方法がひろく用いられているが、換気駆動圧を15cmH2Oに固定したままPEEPを階段状に45cmH2Oまで上昇させる方法の方が肺損傷が小さいようである。RMはさまざまな体位で施行することができるが、腹臥位と組み合わせるとより酸素化が改善する。RM後のPEEPの設定には標準的な方法は無いが、少しずつ値を変化させて最もコンプライアンス(動的 or 静的)が大きくなる値を採用する方法が特殊な画像診断を必要としないため良いだろう。適切なPEEPが見つかったら、もう一度肺をリクルートメントしてさらに2cmH2OPEEPを上乗せして設定しておく。
 メタアナリシスによるとRMは中等症~重症ARDS患者の院内死亡率を低下させる可能性が示唆されているが、バイアスが大きく結論は確定的ではない。さらなる臨床研究が期待される。

◎ 私見
 これは明らかにPEEPが足りないだろうと思われる患者に用手的にやや高めの圧で換気を補助すると、それ以後の酸素化とコンプライアンスが劇的に改善することをよく経験する。リクルートメント手技とは言えないほどの低圧でも十分に効果を得ることができることも多い。まずは、しっかりとPEEPをかける、というところから始めないと。リクルートメントは特殊な器械を用いる必要もないので実は少し期待してる。

2015年9月23日水曜日

この患者さん、AKI?

Does this patient have acute kidney injury? An AKI checklist.
Kellum JA, Bellomo R, Ronco C.
Intensive Care Med. 2015 Aug 20. PMID: 26289013


✔ この患者さん、AKI?
 変形性関節症以外は問題のなかった66歳の女性。数年医者にかかったこともなかったが、数日続く発熱と咳で受診。胸部X線写真で右下葉の浸潤影がみつかり肺炎と診断された。血液検査でクレアチニンが1.3mg/dLで、輸液開始2時間で20mlしか尿がでていない。推定GFRは44ml/minである。この患者はAKI?、CKD?、その両方?
 KDIGOガイドラインでも示されているとおり、AKIは臨床診断である。対象としている患者の背景にあてはめて考えなくてはならない。
✔ AKIチェックリストを実際に使用してみる
 AKIを診断する際に考えるべき因子を表にまとめた。実際に使用する際には、エビデンスの質を考慮に入れつつ、どの因子に重きを置くのかを考えながら使わなくてはならないが、AKI More Likelyのチェックが多ければAKIである可能性は高い。
 この患者は65歳以上の女性であり、どちらもAKIのリスクである(表の一番上にふたつチェックが入る)。肺炎もAKIを合併しやすい。変形性関節症でNSAIDsのような鎮痛剤を処方されてはいないだろうか。あればこれもリスクになる。クレアチニンの上昇は、AKIの証拠であると同時にAKIの重要なリスク因子であるCKDの存在を示すので重要である。
 一方、脱水があると思われるが、このため乏尿になっているだけで、実際にはInjuryは生じていないかもしれない(AKI Less Likely)。尿閉が生じているだけかもしれず、慎重な診察が必要である。尿検査は診断の助けになるので重要である。
 クレアチニンを評価する際にはいくつかの点に注意する。カロリメトリックアッセイを用いた計測ではアセトンやビリルビンに影響を受ける。トリメトプリムやシメチジンはクレアチニンの分泌を減らすので併用薬についてもチェックする。しかし、もっとも重要な点はCKDによるクレアチニン上昇かどうかであろう。尿蛋白や尿中白血球だけでなく、必要に応じて画像検査を行う。腎臓の大きさが小さければCKDである可能性が高まる。ただ、CKDだからといってAKIではないということにはならない。CKDはAKIのリスクだからである。実際、この程度のCKDで乏尿にはならないであろう。
 ベースラインのクレアチニンがあると判定が容易になるが、以前の結果があることの方が稀であろう。例えば、MDRDのGFR予測式を75ml/kg/1.73*2を用いてクレアチニンを逆算し、その値と比較してみるという方法もる。この患者では0.8になり、やはりAKIである可能性が高まる。バイオマーカは危険因子の評価だけでなく予後の評価にも用いることができる。
AKIチェックリスト(文献より引用)
◎ 私見
 似たようなシチュエーションに遭遇したことばかりだったので面白かった。考えを整理しておくことは重要だと思う。チェックリストはそのひとつだし、アルゴリズムやプロトコルもそう。こういったツールは、その通りにやらなければならない法というわけではなく、考えを整理する道具として使うべきなのである。

2015年9月18日金曜日

急性膵炎の予後予測、輸液、疼痛管理、抗菌薬について

Outcome prediction, fluid resuscitation, pain management, and antibiotic prophylaxis in severe acute pancreatitis.
Huber W, Kemnitz V, Phillip V, Schmid RM, Faltlhauser A.
Intensive Care Med. 2015 Aug 20. PMID: 26289011


 Malledantらの報告に対するCorrespondence

 重症度を評価することについては賛成だがルーチンに手に入れることのできないバイオマーカ(47のサイトカイン)を調べる方法が臨床的に有用だとは思えない。一方、Bedside index for severity in acute pancreatitis (BISAP)は五つの所見(BUN、意識、SIRS、年齢、胸水)に基づく有用な評価であることがいくつかの試験で証明されている。さらに、痛みの生じた時間が予後予測には有用であると考える。
 最初の48時間における輸液蘇生が重要であるということについても同意する。MalledantらはSVVに基づく輸液蘇生を検討した論文にも言及しているが、重症急性膵炎では最初の48時間で人工呼吸を要することはまれなので、その有用性には疑問がある。
 したがって、経肺熱希釈法(TPTD)によって計測されるパラメータを用いる輸液が有用ではないかと考えパイロットスタディを行い、胸郭内血液量(ITBVI)がCIの予測に優れていたことを示している。この研究のデータを再検討したところ、人工呼吸管理を要し、かつ洞調律であったのは25%に過ぎなかった。TPTDに基づいた輸液管理についてのRCT(EAGLEスタディ)が進行中である。TPTDを用いた管理を行うと輸液量が多くなったが、いくつかのアウトカムについては良好な結果であったという研究がある。
 硬膜外麻酔の鎮痛効果について言及されているが、プロカインの持続静注も有用であると報告されている。感染性膵壊死については穿刺吸引後の抗菌薬投与について述べられているが、予防的抗菌薬投与についての解説が無い。多くのガイドラインでその投与を推奨していないが、良質なRCT2件のみをメタアナリシスした結果によると、発症3日以内かつ入院2日以内に予防的抗菌薬を投与した群の方が死亡率が低いという結果であった。
重症急性膵炎管理のチェックリスト
◎ 私見
 EAGLEスタディは知らなかった。急性膵炎の輸液管理にはいつも悩むので、結果が楽しみ。

2015年9月14日月曜日

重症急性膵炎の管理

What's new in the management of severe acute pancreatitis?
Mallédant Y, Malbrain ML, Reuter DA.
Intensive Care Med. 2015 Jun 16. PMID: 26077091


✔ 重症度評価
 Ransonクライテリアが上梓されたのは1974年で、最も新しい改訂は2012年である。新しい観点や複雑なスコアリングシステムも報告された。しかし、これらはわずかに診断力を上昇させたに過ぎなかった(AUC 0.57→0.74)。最近の知見によると、低体重/高体重、臓器不全の出現ならびに遷延、サイトカインなどのバイオマーカ測定が高リスク患者の特定に有用であるとされている。
✔ 治療
・輸液
 輸液をどのように行うべきかを示す科学的根拠や臨床的根拠に乏しいのが現状である。臨床評価やBUN、Htに基づいて早期に積極的輸液を行う考え方がある。ただし、Ht 35%を達成するような超積極的輸液(10~15ml/kg/hr)を行うと臓器不全や死亡が増えるとされている。心拍出量測定や輸液反応性を指標とした輸液が有用かもしれない。
・鎮痛
 重症膵炎による疼痛は強いため、オピオイドがよく用いられる。しかし、副作用である平滑筋攣縮作用が寛解を分かりにくくしたり、増悪したと誤解させてしまう可能性がある。最新のコクランデータベースではそのようなことは考えなくてもよいとされているが、限られた臨床研究データに基づくものであることを指摘しておく。
 硬膜外麻酔は鎮痛効果だけでなく膵臓の微小循環と組織酸素化を改善させるという意味で有用であると考える。しかし、SIRSに伴う凝固障害がその使用を妨げる可能性がある。
・栄養管理
 経腸栄養は膵液の分泌を刺激するため、膵の安静という考え方に基づき絶食管理されることが多かった。しかし、腸管安静は腸粘膜の委縮をまねき、腸内細菌叢の増加、エンドトキシンやバクテリアルトランスロケーションからSIRSを惹起する可能性がある。さらに感染性膵壊死のリスクともなり得る。腸管粘膜への好影響から、経腸栄養が膵炎を悪化させるとは言われなくなってきている。近年の研究から、早期経腸栄養は有用であると考えられるようになった。経胃投与は腹痛を増大させる可能性があるため、経十二指腸投与が好ましい。しかし、経胃単独投与でも90%の患者で目標とする栄養投与量を達成できたとも言われている。栄養剤の種類やプロバイオティクスが有用であるとの証拠は無い。
✔ 感染性膵壊死をどう管理するか
 感染性膵壊死は発症2~3週間目に40~70%の患者で生じる晩期死亡の主因である。敗血症に似た臓器不全の新規出現ないし増悪は感染性膵壊死の合併を示唆する所見であり、CTガイド下穿刺を考慮すべきである。グラム染色施行後に抗菌薬を投与する。手術よりも姑息的な管理が好まれる。穿刺吸引から小開腹による低侵襲壊死組織切除にステップアップするアプローチで合併症や死亡が減ったと報告されている。
✔ 胆汁性膵炎の管理をどうするか
 胆石は重症膵炎の最も大きな発症原因である。腹部エコーの感度は低いため、繰り返し検査する必要がある。胆管結石については超音波内視鏡が感度・特異度共に優れている。コクランレビューによると、明らかな胆道閉塞が無ければERCPに有用性は無いとのことである。一方、胆管炎や胆道閉塞がある場合は24時間以内の緊急ERCPが推奨される。
✔ 腹部コンパートメント症候群
 腹腔内圧上昇(IAH)と腹部コンパートメント症候群(ACS)はそれぞれ50~75%、10~25%に認められる合併症である。炎症と輸液によって生じると考えられている。腹腔内圧上昇により横隔膜が挙上し、圧迫性無気肺と高炭酸ガス血症を生じる。これに胸水が合併し、低酸素をきたす。
 内科的治療が無効であった場合は救命のために減圧のための開腹を考えるべきである。より低侵襲の方法として、皮下で筋膜切開するSLAFという方法がある。
重症急性膵炎の管理(文献より引用)
◎ 私見
 急性膵炎の管理は分からないことが多い、ということ。だからこそ治療の方針決定のために皆で話し合う文化があるといいと思う。同じ科なのに人が違うと治療方針が違ったりするし・・・

2015年9月10日木曜日

敗血症治療中の心房細動に対する治療薬と予後

Practice patterns and outcomes of treatments for atrial fibrillation during sepsis: A propensity-matched cohort study
Allan J. Walkey et al
Chest 2015

✔ 背景
 敗血症患者が心房細動を起こすと合併症発生率や死亡率が上昇することが知られているが、心房細動治療の目標(レートコントロールかリズムコントロールか)やその内容の予後に対する影響は知られていない。
✔ 方法
 米国の病院の約20%における診療費請求データを後向きに解析した。敗血症患者における心房細動治療のために経静脈投与される薬剤を特定した(β遮断薬、Ca拮抗薬、ジゴキシン、アミオダロン)。Propensity-matchingならびに操作変数アプローチを用いて治療手段間の死亡率を比較した。
✔ 結果
 敗血症治療中に心房細動を合併した39,693人の平均年齢は77歳、49%は女性で76%は白人であった。Ca拮抗薬が最も多く用いられており(36%)、以下、β遮断薬(28%)、ジゴキシン(20%)、アミオダロン(16%)と続いた。心房細動の最初の治療に用いられる薬剤は、地理学的要因、病院の性質、医師の専門領域によって違いが認められた。Propensity-matched分析で、β遮断薬はCa拮抗薬(RR 0.92(95%CI 0.86-0.97))、ジゴキシン(RR 0.79(95%CI 0.75-0.85))、アミオダロン(RR 0.64(95%CI 0.61-0.69))に比べて院内死亡率が低い傾向があった。操作変数分析でもほぼ同様の結果が得られた。新規発症心房細動群や既往心房細動群、心不全群、昇圧剤依存群、高血圧群などのサブグループ解析でも同様の結果であった。
✔ 結論
 Ca拮抗薬は頻繁に用いられているが、β遮断薬の方が予後が良い可能性がある。

◎ 私見
 つまり、レートコントロールが望ましいということのよう。個人的にはβ遮断薬を用いることが多い。アミオダロンは使ってみたかった薬なのだけど、この研究からは優位性を証明することができなかった。うーん。

2015年9月8日火曜日

VV-ECMO中の酸素需給バランスの評価

Monitoring of oxygen supply and demand during veno-venous extracorporeal membrane oxygenation
RM Muellenbach et al
Intensive Care Med 2015;41:1733

前回のVV-ECMOのレビューへのCorrespondence

 VV-ECMO中のSaO2を80~88%以上を目標にすることになるが、患者の低酸素耐性に応じて調節が必要である。重要なのは、SaO2は低酸素血症の指標ではあるが組織低酸素を反映するものではないことである。ヘモグロビンの酸素親和性が増加することで組織低酸素が生じるという状況があり得る(酸素解離曲線の左方移動)からである。さらに、SaO2は重症ARDSや敗血症における酸素消費量上昇を反映しないことにも注意が必要である。
 この点については脳組織酸素飽和度の変化に特徴が表れている。ECMO開始直後の二酸化炭素除去によってpHが上昇し、脳血管収縮と酸素解離曲線の左方移動が生じる。これにより、SaO2上昇にもかかわらず、脳灌流と酸素化が障害されるのである。もちろん、このような変化は一過性であり、ECMO維持期には問題とならないことが多いが、このような複雑な生理的反応も考えなくてはならないという一例にはなる。つまり、SaO2のような低酸素血症を単一のパラメータとして使用しても、酸素供給のすべてを評価したことにはならないのである。
 SaO2は他のパラメータ(ヘモグロビン、混合静脈血酸素飽和度、心拍出量)とあわせて評価すべきである。さらにNIRSを用いた脳組織酸素飽和度のモニタが有用であると考える。Levyらの報告にある乳酸値や混合静脈血酸素飽和度を用いた酸素需給バランスの評価に、脳組織酸素飽和度を加えることが有用だろう。

◎ 私見
 ECMO中の酸素需給バランスの評価に脳組織酸素飽和度モニタもどうでしょう、という提案。
 ここのところ酸素需給バランスという言葉を再考している。学生時代の講義がいまになってやっと理解できつつある。当時は全く意味が分からなかったのに。患者さんのベッドサイドにいるとなんとかしようと色々な事を考えるが、こういった前に向かう思考のベクトルがないと「わからない」ままとなってしまうことが多い。そういう思考のベクトルを疑似的にでも体感させるのが良い講義・研修、ということになるのだろう。

2015年9月6日日曜日

VV-ECMO中の低酸素血症

Recent developments in the management of persistent hypoxemia under veno-venous ECMO.
Levy B, Taccone FS, Guarracino F.
Intensive Care Med. 2015 Mar;41(3):508-10. PMID: 25447805


✔ はじめに
 VV-ECMOは重篤な呼吸不全に対して使用されることがあるが、ときどき許容されるよりも酸素飽和度が低下してしまうことがある。そこで酸素飽和度を改善させるためのアルゴリズムを開発した。
✔ 動脈血酸素飽和度の目標
 BrodieらはSaO2>88%を推奨しているが、ELSOでは80%までを許容している。どこまで許容できるかは患者の状態による。重要なのは、持続する低酸素血症はFIO2を100%に設定して診断しなくてはならないということである。
✔ VV-ECMOにおける動脈血酸素飽和度の規定因子
 VV-ECMO中のSaO2規定因子で最も重要なのはECMO流量の心拍出量に対する比である(Qecmo/Qco)。この比が高ければ高いほどSaO2は高くなる。Schmidtらは比が60%を超えるとSaO2が90%を超えると報告している。もうひとつの重要な因子はECMO回路へのリサーキュレーション量で、これは脱血カニューレと送血カニューレの先端の距離とECMO流量に影響される。最後に、ヘモグロビンも間接的にSaO2に影響する。
✔ ECMO確立直前から直後
 VV-ECMO前に心拍出量を評価することで適切なカニューレサイズを決定できる。高心拍出量患者ではデュアルルーメンカニューレは不適切かもしれない。リサーキュレーションは脱血・送血カニューレ先端の距離に依存するのだから、その位置には注意を払わなければならない。大腿静脈脱血-大腿静脈送血の場合、脱血カニューレはIVCに、送血カニューレは右房に留置する。一方で、大腿静脈と頚静脈を選択する場合は、脱血カニューレ先端を腸骨静脈とIVC接合部に、送血カニューレを右房とSVC接合部に留置する。こうすることで先端距離が10~13cmになる。
 ECMO確立後に両カニューレから血液ガス分析を行い、脱血カニューレの酸素分圧が送血カニューレの酸素分圧の10%以下なら有意なリサーキュレーションを除外できる。その他、気胸や気管チューブの閉塞、大量血胸や無気肺についても評価をする。
✔ 酸素供給量の適正化
 Hb 7が赤血球輸血の閾値として推奨されることが多いが、ECMO流量を大きくしても低酸素血症が持続する時は輸血をせざるを得ないことがある。Schmittらは輸血後にPaO2やSaO2が上昇したことを報告している。
✔ 残存肺機能の適正化と腹臥位
 低酸素血症が持続する場合、人工呼吸器のFIO2を上昇させたりPEEPを上昇させたり、リクルートメント手技を行ったり、NOを使用したりすることがある。腹臥位換気も有用である。背側肺をリクルートし、気道分泌物のドレナージを促進することで酸素化が改善する。GuervillyらはARDSでECMOを使用した患者を対象とした研究で腹臥位がP/Fを有意に改善し、その効果が6時間持続したことを報告している。
✔ Qecmo/Qcoの適正化
 ECMO流量を増やし、ヘモグロビンを適切なレベルに維持し、リサーキュレーションを最小としても低酸素血症が持続するなら、Qecmo/Qcoが60%未満の症例においては心拍出量を減らすことを考える。VV-ECMOを使用している患者は往々にして高心拍出量となっているので、この介入に耐えられることが多い。ただし、心拍出量を増やしうる他の原因(疼痛、シバリングなど)を除外しておく必要がある。心拍出量のモニタには食道ドプラや心エコーを利用する。
・軽度低体温
 実験的ではあるが、もっとも簡単なのはECMO回路の熱交換器を使用して体温を低下させることである。Kimmounらは高心拍出量患者においてこの介入が有用であったことを報告した。体温を37℃から34℃に低下させることで心拍出量が140bpmから85bpmに低下し、心拍出量も20L/minから9L/minに低下し、Qecmo/Qcoは35%から77%に上昇してSaO2は82%から94%になった。昇圧剤の使用量や乳酸値も有意に減少した。
・エスモロール
 低体温療法の禁忌例では短時間作用型選択的β1遮断薬の持続投与が可能である。エスモロールを持続投与すると、心拍出量が減少する一方で脱血量は変化しない。近年の報告でも敗血症症例においてエスモロールが安全に使用でき、SaO2も上昇したことが報告されている。臓器灌流不全が起きていないかどうかはしっかり評価する必要がある。
管理アルゴリズム(文献より引用)
◎ 私見
 VV-ECMO中の低酸素血症に対して、どんな介入ができるのかを示したミニレビュー。もちろん、まずは酸素需給バランスが適切かどうかをしっかり評価したうえで、低酸素血症(つまり酸素供給量)がどうかということをシステマチックに考えていく必要がある。
 

2015年9月4日金曜日

患者の非人格化

'I just have admitted an interesting sepsis'. Do we dehumanize our patients?
Kompanje EJ, van Mol MM, Nijkamp MD.
Intensive Care Med. 2015 Aug 14. PMID: 26271906


 ICMに掲載された文章

 若い医師が「興味深い敗血症症例」「食道切除した患者」「具合の悪いくも膜下出血患者」などと話しているのを聞くと、自分の家族や友人にもそのような言い方をするのかどうか不思議に思う。恐らくそんなことはしないだろう。しかし、我々はしばしば病名や術式や臓器の名前で患者を表現してしまう。なぜそのような非人格的・非人間的なやり方をしてしまうのだろう。
 他にも、交通外傷で深昏睡に至った18歳の女性の家族に予後不良を説明したそのわずか1時間後に、集中治療医やレジデントが談笑しながら病院食堂で昼食をとっているのをみることがある。患者の両親が直面している重大な問題に無関心なのだろうか。
 医療従事者は身体的・感情的痛みやストレス、不安、恐怖、担当患者の死に対し、それらを知る能力があるにもかかわらず徐々に不感症になっていくものである。つまり、感情を鈍化させることは臨床において必須の要素であるともいえるのである。
 その集中治療医は少女の死について両親に説明している時、実際に良心の痛みを感じているのではなく、彼らの痛みを密やかに推察するのである。彼らの苦しみを追体験することが必要なのではなく、その苦しみをただ知ることが望まれる。また、単に苦しみを「知る」だけでなくその苦しみを和らげる術を知らなければならない。それができないにしても、その場にいてそっとよりそうことならできるはずである。
 病名や術式、不全臓器について話すことは実務においては有用である。疾患、痛み、苦痛、死はICUにおける仕事の大部分を占めており、毎日これらにショックを受けているなどということは実際的ではない。非人間化することで対処しているといえる。それができなければバーンアウトにつながることもあり得る。
 そう、我々は非人間化してしまうのである。これは不可避で、適応のためには仕方なく、倫理的でさえもあり、生理学的にも受容可能なことなのである。医療従事者は患者の苦痛を「知る」ものだが、「感じ」てはならないのである。

◎ 私見
 意訳しているうえに、要約もしています。
 身につまされるというか、なんというか。大事なんだけど、分析したことがなかった事柄なのでとても興味深かった。「知る」ことすらしようとしない人もいるので、一度はこういう文章を読んでみるのが良いと思う。この意見に同意する・しないに関わらず、なにか考えるきっかけにはなると思うし。

2015年9月2日水曜日

経皮的気管切開の手技

Tracheostomy procedures in the intensive care unit: an international survey
Maria Vargas et al
Crit Care 2015:19:291-

✔ 背景
 経皮的気管切開(PDT)はICUで多く行われる手技のひとつである。PDTは重症患者管理において有用であると考えられてはいるが、臨床ガイドラインは存在しない。そこで、国際的サーベイランスによって今日のPDTの実情を明らかにすることにした。
✔ 方法
 ESICMが主導するアンケート調査。2013年5月に行った。
✔ 結果
 59の国から429名の医師が回答した(欧州 73.6%、アジア 15.8%、米国 9.1%、アフリカ 1.0%、オーストラリア 0.5%)。回答者の多くは集中治療医(71.9%)で、次いで麻酔科医(22.4%)であった。市中病院と大学病院はほぼ同率であった(45.6% vs 42.7%)。
 回答者によるPDTの施行回数は総計17,894回であった。Single-step dilation tracheostomy (SSDT)が最多で41.6%、Surgical tracheostomy (ST)は24.1%であった。インフォームドコンセントは61.2%において獲得されていた。
 PDTの多く(74%)は集中治療医によって行われていた。適応で最多であったのは長期人工呼吸(53.7%)で、次いで離脱困難(24.2%)であった。PDT施行時期は7~14日目が最も多かった(54.4%)。PDT施行中の換気モードは従量式が多く(42.3%)、約80%で鎮静薬(Propofol)や鎮痛薬(Fentanyl)、筋弛緩薬(Rb)を組み合わせて投与していた。局所麻酔や64.9%で使用されていた。気管支鏡の併用は、86.9%で挿管中の気管チューブから挿入していたが、より太い気管チューブに入れ替える(6%)、ラリンジアルマスクに入れ替える(6%)などしてから気管支鏡を使用する場合もあった。解剖学的な困難が予想される場合、超音波がおおく併用されていた(68.6%)。合併症で多かったのは圧迫止血可能な出血(31.7%)で、気管チューブ穿孔(20.2%)が続いた。晩期合併症では出血が最多であった(33.1%)。なお、これらの結果には地域差が存在した。
✔ 結論
 かなりの個人差や地域差が存在することが判明した。標準化が必要であることが示唆される。

◎ 私見
 当施設におけるPDTの実情と特に変わりが無い結果だったが、説明が6割にしか行われていないというのがびっくり。患者本人に説明したかどうか、という意味だろうか? まさか家族にも言わずにやってしまうことがあるとは思えないのだけど…