2016年3月30日水曜日

プレセプシン

Presepsin: solving a soluble (CD14) problem in sepsis?
Ackland GL, Prowle JR.
Intensive Care Med. 2015 Feb;41(2):351-3. PMID: 25608923

✔ プレセプシン(可溶性CD14)は敗血症の魅力的なバイオマーカとみなされている。MassonらはALBIOSのサブグループ解析で2日目と7日目のプレセプシンの値の予後予測因子としての有用性を示しており、敗血症の診断や重症度評価としての有用性に新知見を加えた。
 このサブグループ解析からは三つのことが言える。まず、ベースラインのプレセプシン値が高いと重症度や不全臓器数が大きいということである。多変量解析ではプレセプシン高値は腎機能障害や肝機能障害と強い相関があった。可溶性CD14は13kDaのペプチドで腎臓から排泄されると考えられる。よって、プレセプシン高値と腎機能障害の強い相関は腎機能障害に起因するクリアランスの悪化で部分的に説明することができる。
 ふたつめはベースラインのプレセプシン値が高い場合はグラム陰性桿菌による腹部ないし尿路感染症と強い関係があるということである。つまり、敗血症の予後予測因子としての臨床的有用性はエンドトキシンの暴露がある場合に限られる可能性があるということである。生存者ではプレセプシンが継時的に減少したのに対し、抗菌薬が不適切であった場合はプレセプシンが増加していったことも興味深い。プレセプシンを指標とした抗菌薬選択戦略をとれる可能性があるからである。しかし、不適切な抗菌薬治療は多剤耐性グラム陰性桿菌でそのほとんどが起きており、耐性グラム陽性球菌においてどのような意義があるのかはまだ不明である。
 みっつめはベースラインのプレセプシンが高いほどICU死亡率や90日未満の死亡率が高くなったということである。プレセプシンをリスク予想モデルに加えることでその有用性が高まったとしているが、この点については解釈に注意が必要である。Category free net reclassification indexが良くなった、ということは分類の方向性(つまりどれだけふるい分けが正確だったか)が改善したといえても、そのリスクの程度を反映するものではないからである。
 バイオマーカは確立された確固たる基礎メカニズムと臨床状況をリンクさせることにその根本的意義がある。プレセプシンの生物学的意義にはまだ不確実な部分がある。細胞膜に存在するCD14はTLR2やTLR4と共役してエンドトキシン受容体として作用している。エンドトキシンは多臓器不全を引き起こす因子であると考えられている。さらにエンドトキシンは敗血症を合併しやすい傾向のあるいくつかの慢性疾患とも関係している。プレセプシンは心血管系のリスク因子でもある。しかし、CD14は単球やマクロファージだけに発現しているわけではなく、非血液系の細胞でも細胞膜に存在したり分泌されたりしている。エンドトキシンはいくつかの臓器(肺、腎、肝、血管内皮、ミクログリア、血管平滑筋など)の上皮細胞においてCD14 mRNAの転写を誘導する。可溶性CD14は活性化した単球の蛋白切断、もしくは大きな56kDaの形態での分泌によって生産される。重要なのは、可溶性CD14は遊離したリガンドが膜結合状態の受容体へ結合するのに対して競合的に作用し、サイトカイン放出を抑制してLPSがリポ蛋白になるのを促進するということである。つまり、sCD14はB細胞からの免疫グロブリン産生を促進することで免疫賦活作用を起こし、抗炎症作用をもたらす可能性があるということである。CD14はTLR4とは関係なく重症疾患において代謝調節の重要な役割を担っている。高脂肪肥満モデル動物においてCD14を欠損させると脂質が減り、骨ミネラルが維持され、心血管イベントが減って生存期間が延びる。いずれにしろ可溶性CD14と多臓器不全の直接的な関係性についてはまだわかっていないことがほとんどであると言わざるを得ない。内因性物質、薬剤、治療的介入によってCD14はダウンレギュレートされるので予後予測因子としての有用性がマスクされる可能性がある。例えば、ステロイドは単球のCD14発現を低下させるし、プロポフォールは全血のCD14を減らすがHLA-DRは減らさない。これらのことから、バイオマーカとして有用であると謳われる分子の発現の状況とその機序についてしっかりと理解することが重要であることが分かる。
 プレセプシンはこれまでの数多くのバイオマーカ(いくつかはすでに見捨てられ、いくつかはまだ研究が進んでいる)を相互に結び付け、集中治療を精緻にするかもしれない。プレセプシンの機序を明らかにする前向き研究が必要なことは明白である。
CD14(文献より引用)
◎ 私見
 プレセプシン測定値をみる機会があったので少し前のEditorialを引っ張り出してみた。ちなみに自分から測ったことは一度もない。敗血症に特異的、とキーフレーズで理解してしまうとかなり危険な感じがしている。

2016年3月27日日曜日

VCO2を用いてエネルギー消費量を推定できるか

Simple equations for complex physiology: can we use VCO2 for calculating energy expenditure?
Singer P.
Crit Care. 2016 Mar 21;20(2016) PMID: 26997171


✔ Stapelらは重症患者のエネルギー消費量を実用的かつ簡易な方法で推測する方法を報告した。エネルギー必要量の予測式に基づいて栄養投与量を決定することが多いが、正確性に欠けるため過剰栄養や栄養欠乏となりやすく、この予測式に基づく臨床研究も結果の解釈に疑問符がついてしまう。エネルギー消費量(EE)を酸素消費量(VO2)、炭酸ガス産生量(VCO2)、窒素排泄量(NM)計測に基づいて計算する場合、間接熱量計が標準的な方法である。しかし、高価で専門的な知識や技術的な問題があるため、ほとんど使用されていないのが現状である。もっとも正確だと言われているDeltatracⅡは広く利用されているわけではなく、その他の新しい機器も正確性が改善しているとはいいがたい。エネルギー消費量を求める式は以下のとおりである

  EE(kcal) = 3.581 VO2 (L) + 1.448 VCO2 (L) - 1.773 urinary nitrogen (g)

 最も重要なパラメータはVO2ということになる。VO2の10%の誤差は、EEにおいては7%の誤差に相当するが、VCO2の10%の誤差は、EEにおいては3%の誤差に過ぎない。多くの測定機器はVO2とVCO2、もしくはVO2のみを計測している。VCO2のみに基づくEE計測は25年前に既に報告されており、CO2のエネルギー等量の推定値を用いるものであった(エネルギー消費/CO2産生; エネルギー等量)。飢餓や経腸栄養に関連するCO2の変動を考慮に入れても、CO2産生量に基づく安静時エネルギー消費量(REE)推定はVCO2の万能の指標として採用すべきではない。にもかかわらず、VCO2のかわりにVCO2/0.84がEE計算のために用いられている。0.84は三つの主要栄養素の呼吸商の平均値である。人工呼吸器を用いればVCO2計測は容易なので、VCO2でEEが計算できる。Mehtaらは重症小児のEEをVCO2単独で計算し、REEはVCO2計測のみで計算できると報告している。修正Weir公式(REE = 5.5 × VCO2 × 1440(呼吸商は0.89で固定))と予測式が比較されたが、正確性に欠けたとも報告されている。しかしこれは呼吸商を固定していたためであろう。食事中の炭水化物と脂質の比率に基づいて呼吸商を決めると、VCO2単独で求めたREEも正確になってくる。

✔ Stapelらは人工呼吸管理中の重症患者において、より洗練された方法でVCO2単独でエネルギー消費量を計算する方法を提案したが、このとき呼吸商は固定値を用いず栄養投与内容に基づいてその都度計算する方法を採用した。間接熱量計を標準と仮定した場合、この新しい方法との誤差は141±153kcal/day、7.7%であった。

✔ しかし、複雑な数式を用いればよりバイアスは低く正確な値が出ると考えられるが、重症患者の病態生理の複雑性を十分に反映できるものではない。まず、投与された栄養は部分的にしか吸収されない。小腸における糖の吸収はかなり低下しているし、重症では脂質の吸収速度も半減することが知られている。また、内因性糖供給は栄養を投与しても抑制されるわけではないことも挙げられる。ストレス下ではインスリン抵抗性や脂質分解、重度蛋白融解を抑制できないことも知られている。

✔ まとめ
 Stapelらは吸収された主要栄養素が呼吸商を規定していると仮定している。これはこれまでの予測式より良い結果をもたらしているが、複雑な生理学的変化を反映しているとは言えない。

◎ 私見
 Stapelらの2015年の論文に関連したSinger先生のコメント。投与した栄養が完全に吸収・利用されているわけではないので、計算結果も信頼性が劣ってしまうとしている。
 栄養が分かりづらいのは効果判定が難しいから。過小栄養も過剰栄養もだめで、ちょうどよいところにもっていくのは理論上無理なんじゃないかと思ってしまう。そこで、なんらかの指標を用いることになるが、その場合はその方法の問題点についてちゃんと考慮すべきということ。利点と欠点、理想と現実、利益とリスク。両方考えて初めて「判断」になる。

2016年3月24日木曜日

血小板減少は敗血症性ショックの予後不良サイン

Is Thrombocytopenia an Early Prognostic Marker in Septic Shock?
Thiery-Antier N, Binquet C, Vinault S, Meziani F, Boisramé-Helms J, Quenot JP; EPIdemiology ofSeptic Shock Group.
Crit Care Med. 2016 Apr;44(4):764-72. PMID: 26670473


✔ 背景
 敗血症性ショックの早期に血小板減少が認められた場合、死亡に寄与するかどうかをその危険因子と合わせて評価する
✔ 方法
 フランスで行われた多施設前向き観察研究。2009年11月から2011年9月までに入室した敗血症性ショック患者を連続的に集積した。
✔ 結果
 1486人が対象となった。SAPSⅡスコア≧56、免疫抑制、年齢≧65歳、肝硬変、菌血症、尿路感染症が発症24時間以内の血小板減少の危険因子であった。28日死亡率は血小板減少の程度が大きいほど高くなった。多変量解析によると、血小板≦10万は28日死亡の独立した危険因子であった。
✔ 結論
 敗血症性ショック発症24時間以内の血小板減少は予後不良のサインである。簡便に測定できるので、警告システムの一つとして利用できる。
血小板数ごとの生存曲線(文献より引用)
◎ 私見
 炎症と凝固はその反応経路を一部共有しているので、納得できる結果ではある。実際、いくつかのサイトカインとの関連で本研究と同様の結果を示したものが最近発表されているJ Crit Care. 2016 Apr;32:9-15)。血小板が少ない症例にどのような介入をするのか、が問題。いわゆるDICとして介入するとよいのか。それとも全く別のアプローチが良いのか。敗血症の治療は重症度(炎症の程度?)によって層別化して決める流れになるだろうから、こういった簡便な指標をもとにするのはよいと思う。

2016年3月20日日曜日

CVPが低いARDS患者に輸液すると予後が悪くなる

Impact of Initial Central Venous Pressure on Outcomes of Conservative Versus Liberal FluidManagement in Acute Respiratory Distress Syndrome.
Semler MW, Wheeler AP, Thompson BT, Bernard GR, Wiedemann HP, Rice TW; National Institutes of Health National Heart, Lung, and Blood Institute Acute Respiratory Distress Syndrome Network.
Crit Care Med. 2016 Apr;44(4):782-9. PMID: 26741580


✔ 背景
 ARDS患者の輸液量を制限することで人工呼吸管理期間を短くすることができるが死亡率には影響がないことが知られている。このような輸液管理の恩恵を受けられるかどうかは初期の中心静脈圧(CVP)によって異なるかもしれない。
✔ 方法
 ARDSに対する輸液管理の方法を調査した他施設無作為化試験(FACTT)の二次解析。最初のCVPと輸液管理方法、60日死亡率の関係を調査した。
✔ 結果
 934例の人工呼吸管理を要するARDS患者においてCVPが計測されており、そのうちショックではない(つまり研究プロトコル通りの輸液管理をうけた)609例を対象として検討した。CVP>8mmHgの群で比較したところ、制限輸液群と通常輸液群の死亡率は同等であった(18% vs 18%)が、CVP≦8mmHgの群では輸液制限群のほうが死亡率が有意に低かった(17% vs 36% P=0.005)。多変量解析で、輸液戦略とCVPの関係が死亡率に与える影響について証明できた。治療的介入の差について調べたところ高CVP群間ではフロセミド投与量に差があったが、死亡率とは関係がなかった。低CVP群では輸液投与量に差があり、輸液が多いほど死亡率が有意に高くなった。
✔ 結論
 CVPが低い場合は制限輸液が予後を改善する可能性がある。
各群の死亡率(文献より引用)

◎ 私見
 高CVP+制限輸液プロトコル、高CVP+通常輸液プロトコル、低CVP+制限輸液プロトコルの三つの群では死亡率が同じ(17~18%)であり、低CVP+通常輸液プロトコル群では死亡率が倍になっている。低いCVPで輸液が悪いということであり、直観に反するのでCVPが輸液の指標になると信じている人にとっては結構衝撃的な結果ではないだろうか。高齢で栄養状態の悪い人ほどCVPが低くなりがちなので、そのような人では輸液過剰が悪くなるのではとか、低CVPに輸液すると静水圧が劇的に上昇して肺水腫を悪化させるのではとかいろいろ考察されている。少なくとも「積極的に利尿薬を使用してマイナスバランスを達成する」のが制限輸液の本質ではなく、「輸液そのものを減らさないとダメ」ということなのだろう。

2016年3月17日木曜日

初学者のためのARDSまとめ

A glossary of ARDS for beginners.
Guérin C, Moss M, Talmor D.
Intensive Care Med. 2016 Mar 2.PMID: 26935053


✔ はじめに
 初学者は医学論文に怯みがちである。論文は経験のある医師や熟練の研究者に向けて書かれることが多く、その分野の特別な語彙に疎い医師にとっては読解しづらいものである。この論文ではARDSに関する文献に頻出する単語について短くまとめている。ARDSの包括的な解説をするのではなく、道しるべを示すことが目標である

✔ 診断
・Baby lung
 Baby lungとはARDSの患者のCT画像からはじまった概念である。ARDSの肺障害は非常に不均質であり、換気の良い部位、換気の悪い部位、過膨張している部位、完全に閉塞している部位が混在する。その正常に換気されている肺組織が5~6歳の子供とほぼ同じ肺容量(300~500g)であるため、Baby lungというのである。この正常肺組織領域の圧損傷を避けるため、低用量換気が用いられるべきなのである

・Berlin定義
 2011年、新しいARDSの定義を開発するために専門家が招集された。合意を得るためのプロセスを用い(Consensus process)、実行可能性、信頼性、妥当性に焦点を置き、客観的診断性能の評価を行った。ARDSのベルリン定義には下記の4項目が含まれる
A. 経過:既知の臨床的侵襲、新規もしくは増悪する呼吸器症状の出現から1週間以内
B. 胸部画像所見において、胸水や無気肺、結節では完全に説明できない両側性浸潤影
C. 心不全や輸液過負荷では完全に説明できない呼吸不全。危険因子がない場合、静水圧性肺水腫を除外するために心エコーのような客観的評価が必要である
D. 低酸素血症の程度によって3つのカテゴリーに分かれる
  Mild:200<P/F≦300 + PEEP or CPAP≧5
  Moderate:100<P/F≦200 + PEEP≧5
  Severe:P/F≦100 + PEEP≧5

・Diffuse alveolar damage
 Diffuse alveolar damage(びまん性肺胞障害;DAD)とはARDS患者に認められる古典的組織所見である。肺水腫、急性炎症、出血、ヒアリン膜形成、肺胞上皮細胞障害に特徴づけられる。近年の肺生検ならびに剖検の研究で、DADはARDSの診断基準を満たす患者の約50%にしか認められないが、これが認められると予後が悪いことが分かっている。DADはARDS以外の器質性肺炎、薬剤性肺炎、肺胞出血症候群などでも認められることがある

・P/F比
 ARDS患者の低酸素血症の程度を評価するために用いられる。低ければ低いほど重症の低酸素血症である。P/F比はPaO2をFIO2で割ることで計算できる。例えばPaO2 60mmHgの患者が50%(0.5)のFIO2であった場合、P/F比は120(60/0.5)と計算される

✔ 肺メカニクス
・Driving pressure
 Driving pressure(換気駆動圧)とは一回の換気の間に肺に生じる圧変化のことである。この圧は一回換気量(TV)と呼吸器系コンプライアンス(Crs)の両変数によって規定される(Driving pressure = TV/Crs)。換気駆動圧が低いほどARDSの死亡率は低くなる

・Lung strain
 Strain(ひずみ、歪み)は対象物の安静時の大きさや形からの変形を意味する。ARDS肺の理想的な安静時の形状は知られていない。多くの患者は肺にある程度のPEEPが適用されており、安静時の形状につぶれて戻らないようになっている。そのため、Lung strainは一回換気量とは同等ではなく、臨床において真のLung strainを知ることはできない

・Lung stress
 物理学的には、ストレスとは外的負荷に拮抗する単位領域あたりの内的応力のことを意味する。肺を拡張させる圧としては経肺圧を用いるのが最も適切であるが、この圧が吸気時にさらされる負荷に対する全肺ストレスを意味している

・Plateau pressure
 吸気終末時にポーズをおくことで気道が開放され、計測される圧のこと。このとき、気流は生じていないので抵抗を考える必要がなくなり、プラトー圧は肺胞内圧を反映することになる

・Tidal volume
 各呼吸で肺に送り込まれるガスの量のことである。従量式換気では医師が設定することができる。従圧式換気では肺コンプライアンスによって変わる。ARDSでは一回換気量は低いほうが有用であることが分かっている

・Transpulmonary pressure
 肺を拡張させる真の駆動圧は経肺圧である。気道内圧から胸腔内圧に打ち克つために必要な圧を引いて求められる(生理学的には、経肺圧=気道内圧-胸腔内圧で求められる)。臨床的には真の胸腔内圧を求めることはできないが、食道内圧で代用できる

✔ 治療
・ECMO
 上記の換気戦略を行っても重度の低酸素血症(P/F<80)を呈する患者では、ECMOを用いることで生存の確率を高めることができるかもしれない。特別に組織化された状況において行われたひとつの無作為化試験で有用性が示されている

・筋弛緩薬(NMBA)
 筋弛緩薬のシスアトラクリウムはプラセボを対照とした無作為化試験で生存率を改善させることが示されている。この効果の機序として、NMBA群に気胸が少なかったことから肺の過膨張を避けることができたことと、肺の炎症を減らしたことが考えられている

・NO
 気管内に投与すると、換気良好な部位の肺血管を選択的に拡張させて血流を増やし、酸素化を改善することができる。NOは肺血管抵抗も減らす。これまでに行われた臨床研究によると、生存率を改善させず、腎機能を悪化させる可能性が示唆されている。しかし、、これらの研究は肺保護換気が行われるようになる以前のものである

・PEEP
 呼気終末に大気圧より大きい気道内圧をかけることである。PEEPは機能的残気量を増やし、換気サイクルにおけるリクルートメント(Tidal recruitment)を減らす。適切なPEEPレベルの設定方法はわかっていない。いくつかの戦略が無作為化試験で検討されているが、高PEEPを低一回換気量に組み合わせる方法以外には生存率を上昇させる戦略は見つかっていない。一回換気量を6ml/kgPBWに固定して高PEEPと低PEEPを比較した3つの大規模研究のメタアナリシスによると、高PEEPは有益であると結論付けられている

・Prone
 人工呼吸管理中に患者をうつぶせにすることで酸素化を改善し、肺の換気・Strain・ストレスを均一にしてVentilator induced lung injuryを避ける方法である。メタアナリシスや一つの特殊なサブグループを対象とした臨床試験で中等度から重度のARDSの予後を改善することが示されている

・Recruitment maneuver
 短時間(20~40秒)に高圧(20~40㎝H2O)で肺を膨らませる手技である。虚脱した肺胞を再動員し、無気肺による肺損傷を避ける目的がある。文献によってさまざまなリクルートメント手技がある。

◎ 私見
 PROSEVAのGuerin先生の「ARDSまとめ」。ここには載せないが、表も簡潔にまとめられている。ただ、初学者がこれを読むだけで最新の論文を読みこなせるようになるかというと疑問だが…。まあ、最低でもこれくらいは知っていないと”もぐり”ってことになるのでしょうか。

2016年3月14日月曜日

肺エコーで腹臥位換気の効果を予測できるか?

Can lung ultrasonography predict prone positioning response in acute respiratory distress syndrome patients?
Prat G, Guinard S, Bizien N, Nowak E, Tonnelier JM, Alavi Z, Renault A, Boles JM, L'Her E.
J Crit Care. 2016 Apr;32:36-41. PMID: 26806842


✔ 背景
 腹臥位換気は重症ARDSにおける補助療法の一つである。酸素化の改善が期待できるが、様々な合併症の危険性もある。ARDS患者の70~80%は腹臥位によって酸素化が改善するといわれるが、酸素化が改善するかどうかを予測する方法は確立していない。非侵襲的に行える肺エコーで腹臥位換気の効果を予測できるかどうかを検討した。
✔ 方法
 19人のARDS患者を対象とした。診断基準はベルリン定義、全例肺保護換気を行った。腹臥位は少なくとも12時間行った。肺エコーや酸素化の指標の評価はH0(腹臥位直前)、H2(腹臥位2時間後)、H12(仰臥位に戻す直前)、H14(仰臥位復位2時間後)に行った。
 肺エコーは5~8MHzカーブアレイプローブ、肥満患者や画像が不鮮明な場合は1~5MHzセクタアレイプローブを用いた。それぞれの患者について12か所の部位を調査し、後ろ向きに検討した。肺の換気状況は4段階に分類した。N(スライディングサインあり、時にAライン、Bラインはあっても1~2本)、B1(3本以上のBライン)、B2(多発するBライン、癒合するBライン)、C(Tissue like sign)。B1、B2、Cは換気不良の徴候であるとみなした。注意すべきは、Nは正常を意味するのではなく、換気があることを意味するのであって、例えば過膨張を識別できないことである。H2またはH12の時点でP/Fが20以上増加したとき、腹臥位によって酸素化が改善した(H2早期改善群、H12後期改善群)と判断した。
肺エコーによる分類(文献より引用)
✔ 結果
 対象患者の大部分が肺病変に起因するARDSであった。早期改善は63%、後期改善は68%に認められた。前胸部の肺エコーが正常パターンであった場合、腹臥位による酸素化の早期改善を特異度100%、陽性的中率100%で予測できたが、感度は58%、陰性的中率は58%にとどまった。同様の傾向が後期改善群でも認められた。
✔ 結論
 肺エコーで前胸部の換気が良好であれば腹臥位によって酸素化が改善する。

◎ 私見
 肺エコーを治療効果の予測に使えないかと考えていたら、同じようなことがすでに研究されていた。パイロット研究で対象が19人とかなり小規模なものだが、特異度100%で酸素化の改善を予測できるというのは魅力的。
 そういえば。10年ほど前、上司に「お前が考えつくような研究のネタは、他の人がすでに思いついて研究されている」といわれたのを思い出してしまいました。まあ、そうなんだろうけど、指導医としてそんな言い方はないよな、と反面教師にすることを誓ったのでした。

2016年3月11日金曜日

術後ICU入室時の引継ぎにチェックリストは有用

The effect of a checklist on the quality of patient handover from the operating room to the intensive care unit: A randomized controlled trial.
Salzwedel C, Mai V, Punke MA, Kluge S, Reuter DA.
J Crit Care. 2016 Apr;32:170-4. PMID: 26818630


✔ 背景
 患者の引継ぎは情報が欠落すると予後を悪化させる可能性があるため、安全管理上のリスクになりうる。手術室(OR)から集中治療室(ICU)への引継ぎをチェックリストを用いて行うことで情報伝達の質が改善するかどうかを検討した。
✔ 方法
 単施設前向き無作為化試験。チェックリストを用いた引継ぎとチェックリストを用いない引継ぎとを比較した。プライマリエンドポイントは麻酔科指導医が”重要だと考える引継ぎ事項”のうち、麻酔科レジデントがICU医師・看護師に伝えることができた割合とした。セカンダリエンドポイントは”必須の引継ぎ事項”のうち伝えることができた割合とした。
 ふたつのアイテムを作成した。ひとつめはチェックリストであり、患者引継ぎにおいて重要な13のカテゴリーを網羅している。もうひとつは評価シートであり、患者それぞれの状態を記録するものであり、これは両群で用いられた。
 引継ぎはボイスレコーダで記録され、”必須の事項(Red item)”と”重要な事項(Yellow item)”を分類するために用いられた。
✔ 結果
 121人が対象となった。チェックリスト群は必須の事項をより多く引き継ぐことができていた(87.1% vs 75.0%、p<0.01)。
✔ 結論
 引継ぎにチェックリストを用いることで、情報伝達の質と量が改善する。

◎ 私見
 当院でもチェックリストを用いている。そもそもチェックリストは患者予後を変えるのかという点についてはいろいろと議論があるが、情報不足で怖い思いをしたことがある自分としてはこういったリストは必要なのじゃないかと思っている。

2016年3月8日火曜日

VAD装着後の集中治療②

Left ventricular assist device management in the ICU.
Pratt AK, Shah NS, Boyce SW.
Crit Care Med. 2014 Jan;42(1):158-68. PMID: 24240731

✔ VAD後の合併症
 VAD後の患者はしばしば入院を要する合併症が生じるが、特に最初の6か月間に多い。合併症には、出血、心不全、神経障害、不整脈、感染、血栓症、溶血がある。

✔ 血液
 血栓症と出血それぞれのリスクのバランスをとらなくてはならない。VAD後は凝固系も線溶系も両方活性化される。血小板が回路などに接触して起きる活性化はそれほど大きな問題ではないと思われ、実際、抗血小板剤の使用の有無にかかわらず血小板機能は有意に低下していることが示されている。
 抗凝固プロトコルは施設や使用した機器、患者個々によって異なる。抗凝固薬としては抗血小板剤とワーファリンの両者が基本である。しかし、近年のデータによると、血栓症よりも出血性合併症のほうが問題であることが分かっている。よって、術後早期は抗凝固は不要かもしれない。ワーファリンは通常術後3日目のドレーン抜去後に開始する。PTINRは1.5~2.5にコントロールする。アスピリンは50~325㎎が投与されるが、血小板機能検査(後天性vW症候群の証拠など)に基づいて投与したり、臨床状態や機器によって変えている施設もある。
 血栓性合併症として最大のものはポンプ血栓と動脈血栓症である。血栓はインペラや大動脈弁・左心耳・拡張した左室などの低流量の部分で形成される。虚血性脳卒中はVADの8~10%に認められる。活動性の感染症があると、凝固系が活性化されるため脳卒中のリスクが上昇する。
 ポンプ血栓の徴候としては、溶血、血栓塞栓症、心不全、消費電力や流量表示の上昇にもかかわらず臓器灌流不全の徴候が表れること、が挙げられる。ポンプ血栓を生じた際は血栓溶解薬、ヘパリン、Lepirudinを使用する。薬物療法に反応しないときはVADを交換するか心移植を行う。
 出血は最も多い合併症である。手術を要する出血は患者の26%に認められる。早期の出血源としては縦隔が最も多く、以下、胸腔、下部消化管、胸壁、上部消化管と続く。移植を考えている場合は白血球吸着した放射線照射済みの輸血のみを用いる。
 30日を超えて起きる出血の原因としては、鼻出血、消化管出血、縦隔出血、胸腔内出血、頭蓋内出血がある。消化管出血を認めた患者ではPTINRが有意に高かったという報告がある。消化管出血の原因として最も多いのは動静脈奇形で、ポリープ、胃管による接触、胃食道逆流による粘膜びらんが挙げられる。
 脳出血は虚血性脳卒中に引き続いて起きるか、外傷性硬膜下血腫、くも膜下出血、特発性脳出血によって起きる。頭蓋内出血はVAD後の神経学的合併症の最も多い原因である。多くの脳出血患者で出血時のPTINRはコントロール良好であり、術後の抗凝固プロトコルによって脳出血の起きやすさが変わるわけではない。VADの流量や平均血圧>90mmHgの高血圧では脳出血が起きやすい。脳出血が起きると予後は悪くなり、30日死亡率は59%に達する。
 消化管出血に対しては抗凝固療法の一時中断を含む多くの対策が取られる。出血が止まれば、INRの目標値をアスピリンをやめたままワーファリンを増やして目標INRにゆっくりと近づけていく。抗凝固なしで1年以上管理できるという報告もある。脳出血が起きた後は、約1週間後からアスピリンを再開し、10日後からワーファリンを再開すると血栓のリスクもさほど上がらずによい。
 重篤な出血が起き、手術的な介入が不可能な場合、活性化第Ⅶ因子製剤を投与することができる。活性化第Ⅶ因子を大量に使用すると大量の血栓塞栓症を起こしうる。
消化管出血への対応(文献より引用)
✔ 感染
 感染症は心不全による死亡の原因として2番目に多い。ISHLT(International Society of Heart and Lung Transplantation)は感染性合併症を機器との関係で分類している。どのような感染症であっても在院日数を伸ばし、死亡率を上昇させる。機器に関連した感染症はしばしば退院後に起きる。術後感染症が起きると神経学的合併症も多くなる。VADに特異的な感染症としてはドライブライン感染とポンプポケット感染がある。これらは局所の熱感や発赤、蜂窩織炎、発熱、白血球増多で特徴づけられる。ポンプポケット感染はドライブライン刺入部からの膿の排出や腹部圧痛で気づかれる。CTや白血球シンチ、PET-CTは診断において限定的な意義しかない。超音波を用いれば液体貯留を診断し穿刺吸引ができる。もし可能なら深部組織から検体を採取し検査する。
 多くのVAD特異的感染症はグラム陽性菌である黄色ブドウ球菌が最も多い原因であるが、腸球菌や連鎖球菌もしばしば分離される。グラム陰性菌としては緑膿菌が最も多い。
 どのような感染症でもVADへの感染リスクがあるため積極的に治療する。ドライブラインの局所感染やSSIは経験的にはグラム陽性菌をカバーするのみで治療されるが、耐性菌までカバーするかどうかはアンチバイオグラムや個々の症例の抗菌薬使用歴などを参考に決定する。深部組織感染やポンプポケット感染ではグラム陰性菌とグラム陽性菌両者を経験的にカバーする。ポンプを換えずにドライブラインのみを換えることはできないため、時にドライブラインを感染巣から離れた場所に移動させる手術を行うことがある。深部組織感染では手術的デブリドマンが必要となり、ポンプポケット感染は抗菌薬含有ビーズや横隔膜パッチ、筋肉フラップ、陰圧閉鎖式吸引装置を用いて治療されることがある。重症例や再発例ではVADを取り外して心移植をするか、移植ができるまでVA-ECMOに変更する。

✔ 不整脈
 VADそのものの機能には影響しないが、心房細動によりatrial kickが消失すると右室の心拍出量と機能が低下してしまうため、レートコントロールやリズムコントロールが必要になる。禁忌がなければINRは2~2.5に上昇させる。
 VAD後の心室性不整脈は多い。VADのカニューレを挿入することでリエントリー回路が形成されることがある。循環血液量減少、右心不全、心室狭小化でカニューレと心室中隔が接触することでも不整脈が起きる。術後数か月たってからもカニューレの位置が変わって心室性不整脈の原因となることがある。
 心室性不整脈の治療は段階的に行う。まず、VADの流速を減らし心室充満圧を上昇させることで、心室中隔をカニューレ先端から遠ざける。循環血液量減少は輸液負荷で治療する。β遮断薬とアミオダロンがまず用いられ、難治性の場合はメキシレチンが用いられる。他のソタロールやリドカインは必要に応じて用いる。術後1か月を最大として次第に抗不整脈薬は減量できる。それでも難治性の場合はカテーテルアブレーション、カニューレの位置変更、VAD交換の適応となる。

✔ 大動脈機能不全
 VAD管理期間が長くなると大動脈機能不全の重症度や頻度が高くなる。VAD流速が早いと左室と直列となり大動脈弁が開かなくなる。流速が低いと左室と並列となり大動脈から血液を駆出する。しかし、開口面積や開口時間は著しく減少しているので機能的大動脈狭窄を呈してしまう。大動脈弁への機械的ストレスが強いと大動脈弁が癒合したり機能不全に陥り、最終的には逆流を生じる。大動脈弁逆流が起きると、VADから送り出される血液が逆流してまた左室内でポンプに吸引されるため全身に駆出されなくなり、ポンプ効率が減少し、肺水腫が生じ、赤血球シェアストレスがかかるようになる。大動脈弁が開かないと弁に血栓が生じるリスクとなり、ひいては脳卒中や他の臓器の血栓症の原因となる。心エコーを繰り返し、大動脈弁が開放され、左室に負荷がかかりすぎないように流速を調節しなくてはならない。

◎ 私見
 文献から合併症に関する記載を抽出。凝固機能の調節と感染管理が肝か。関連各科との連携が極めて重要になると予想される。だからこそ集中治療室での管理が必要といえるし、そこで築かれた関係性をそのまま病棟に持っていけるようにしないとならない。

2016年3月5日土曜日

VAD装着後の集中治療①

Left ventricular assist device management in the ICU.
Pratt AK, Shah NS, Boyce SW.
Crit Care Med. 2014 Jan;42(1):158-68. PMID: 24240731


✔ 手術直後の管理と血行動態
 動脈拍動は通常蝕知できなくなるため、血圧測定が難しくなる。そこで、術直後は動脈圧ラインを用いた血圧測定が行われる。自動血圧計や聴診による血圧はそもそも信頼できる値を計測できないことが多く、測れたとしても平均血圧や収縮期血圧を過小評価してしまう。上腕動脈のドプラ血圧は動脈圧ラインで計測した平均血圧とよい相関がある。平均血圧は60~90mmHgに維持する。血管内容量が十分なら、VADの回転数を上昇させると平均血圧と拡張期血圧が上昇するが、収縮期血圧は変化しない。血圧が高いと出血性の神経合併症を起こす可能性があるので、その時は流量を減らす。
 パルスオキシメータは脈拍がはっきりしないときは信頼できない。値が低いときは動脈血液ガス分析を行う。
 肺動脈カテーテルがあればショックの診断やVADの機能を評価するのに役立つ。心エコーによって前負荷、心機能、デバイスの位置と機能など重要な情報を得ることができる。心室中隔の形状や心室の大きさを見ることで心機能とポンプ回転数を調節する。大動脈弁が開放していることを確認することも重要である。
 手術直後の血行動態管理は平均血圧、心係数、心室機能に基づいて行う。血管内容量の調節や回転数の調節に加えて強心薬、血管拡張薬、昇圧薬を組み合わせて投与する。
 低血圧の際はアルゴリズムに従って評価と対処を行う。血管拡張により流量が増えることがあるが、これは敗血症の早期徴候のことがある。低血圧に加えてVAD流量が少ないときは心機能や充満圧を評価し、循環血液量減少、右心不全、不整脈、その他の原因(心タンポナーデや機械の問題)がないかどうかを探す。
VADのトラブルシュート(文献より引用)
ポンプ流量低下時の対応(文献より引用)
低血圧時の対応(文献より引用)
✔ 右心不全と肺高血圧
 VAD装着後は左室の負荷がとれるため心室中隔が左室側に移動することで右室の形状が変化する。これにより右室のコンプライアンスは改善するが収縮機能は低下する。VADによって心拍出量が増えるため静脈灌流量も増えるが、慢性心不全のため肺高血圧となり右室の後負荷は高いままになることがある。CVPと肺血管抵抗と肺動脈圧は高く、VAD流量と心拍出量が低くなるのが特徴的である。重度の右心不全では肺動脈圧は低いか正常のこともある。術後1か月はかかって右心系並びに左心系の充満圧が徐々に低下し、右室の仕事量は低下、心拍出量は増加してくる。肺循環の改善はVADの補助下で継続的に起こり、心移植後も続く。
 ミルリノンは重度の低血圧や不整脈を起こすことなく肺動脈圧と肺血管抵抗を下げる。選択的肺血管拡張薬であるNOやエポプロステノールを使うこともある。右室の収縮機能は全身の低血圧で悪化するので、平均血圧は70~90mmHgに維持する。シルデナフィルのようなPDE5a阻害薬が肺血管抵抗を下げるために用いられる。薬物治療に反応しない場合はRVADやVA-ECMOやTAHを考慮する。

✔ 呼吸不全と人工呼吸
 肺胞低換気の領域があると肺血管収縮が起きるため、肺血管抵抗が上昇して右心機能を悪化させることがある。人工呼吸がVADの機能や心拍出量に与える影響は研究されていないため、VAD患者に適切な人工呼吸器の設定も不明である。定常流ポンプのコンピュータモデルを用いた研究によると、胸腔内を陽圧にすることで左室機能が悪化し右室機能が改善するということである。つまり、定常流によってもたらされる右室仕事量の増加分が相殺されるということである。それゆえ、抜管後には右心機能が悪化する患者がいるかもしれない。

◎ 私見
 LVAD装着後の患者の集中治療について抜粋。まずは呼吸と循環について。独特の血行動態となるので、見るべき事項や対処の仕方がいつもと異なってくる。患者さんに関わる人全員がこれを共有している必要があると思うのだけど… 
 

2016年3月2日水曜日

乳酸値を指標とした蘇生は有用か?-We are not sure

Lactate-guided resuscitation saves lives: we are not sure.
Bakker J, de Backer D, Hernandez G.
Intensive Care Med. 2016 Mar;42(3):472-4. PMID: 26831675


 敗血症性ショック患者の蘇生の目的は組織灌流を迅速に回復させることである。しかし、全身ないし局所の低灌流や細胞低酸素を緊密に反映し、正確な組成の指標として用いることのできる臨床的な指標が特定されていないことが問題である。
 高乳酸血症は組織低酸素によって起きると考えられてきた。実験的にも臨床的にも、酸素供給量が減少すると最終的には酸素消費量の減少を起こし、この酸素消費量が減少する閾値において組織低酸素が生じ、乳酸値が急上昇することが分かっている。
 しかし、乳酸は糖代謝の結果として正常でも作られるものであり、適切な酸素供給があっても多くの因子で乳酸値は上昇しうる。おそらくもっとも寄与する因子はストレス環境下でのアドレナリンによる好気的解糖の促進であろう。循環不全により交感神経系が刺激され、エネルギー源として筋肉から乳酸が放出される。つまり、高乳酸血症の持続は、組織低灌流/酸素化不良ではなく、ショックの重症度やストレスの強さを反映しているといえる。
 ほかにも、適切な灌流があっても乳酸クリアランスそのものが低下していると高乳酸血症が持続するかもしれないが、エビデンスは一定していない。Levrantらは安定した敗血症患者において、クリアランスの低下が乳酸値上昇の原因となったことを報告しているが、Revellyらは高乳酸血症の原因ではないと報告している。Tapiaらは早期敗血症モデルの検討で、乳酸クリアランスは無視できるレベルであるとしている。
 まとめると、高乳酸血症の持続は乳酸産生増加とクリアランス低下の不均等によって生じていると考えられる。よって、組織低灌流のほかの徴候が無くなっているのに輸液や昇圧剤を用いて乳酸値を低下させようとすると過剰蘇生となり有害かもしれない。つまり、ショック蘇生におけるジレンマの一つ、組織低灌流が適切かどうかという問題に逆戻りしてしまうのである。この問題に言及した組織灌流の評価に基づくいくつかのアルゴリズムがある。高乳酸血症が持続していたとしても、ScvO2、静脈血動脈血炭酸ガス分圧較差(Pcv₋aCO2)、末梢循環が正常であれば、組織低灌流はほとんどないと判断できるかもしれない。
 この考え方を裏付ける研究が近年報告された。これによると、乳酸値は正常化の過程で二相性の変化をするとされており、それぞれ、早期迅速反応(流量反応相)とこれに引き続く後期の緩徐な回復(流量に依存しない相)からなる。興味深いのは、いくつかの流量反応性の指標(ScvO2、Pxc-aCO2、CRT)は6時間までは乳酸よりも早く正常化することである。これらの指標が早期に正常化した患者群の半数近くは24時間後も乳酸値は正常化していなかった。
 乳酸値を指標とした蘇生戦略は、蘇生早期において、灌流評価法と組み合わせて用いるべきとするデータがある。De Backerらはドブタミンによって早期に微小循環が改善すると、乳酸値も急激に減少することを示している。ICU入室8時間までの乳酸値を指標とした蘇生が予後を改善させるという報告もある。メタアナリシスでも、早期の蘇生が予後を改善するが、遅れると予後を改善しないことが示されている。
 ただ、問題が複雑になるが、Jansenらの報告によると、乳酸値を指標とした群も対照群も乳酸値の経過が同等であるという点である。血行動態管理の方法は両群で有意差がなかったが、介入群で早期の介入強度が高く、フォローアップ中の介入が少ない傾向があった。介入群で予後が良かったのだが、乳酸値の変化とは関係がなかった。van Genderenらは高乳酸血症や乏尿、低血圧等の問題が持続していても末梢循環が正常なら輸液を制限しても安全で、臓器機能も改善傾向となることを示している。これらの研究結果からは乳酸値を指標とした蘇生に疑問を感じる。
 結論として、臨床研究の結果をみても、乳酸値のみを循環の指標とするには単純化しすぎだろう。早期の流量反応期ではいくつかの微小循環や組織灌流のモニタが迅速に変化することが知られており、これらを指標とした蘇生が有効だろう。その後も乳酸値が高値ならば、低灌流を示唆する所見がなければ、持続する敗血症やアドレナリン血症、代謝異常などを鑑別していくことになる。
いくつかの指標の推移(文献より引用)
◎ 私見
 そもそも時相によって評価方法を変えるべきであり、乳酸値は蘇生後期に異常な事態が生じているかどうかを考えるきっかけとして用いる、という意見。全体にScvO2やPcv-aCO2などの指標を推している感じ。中間意見というより乳酸値には否定的な意見ととらえたほうが良いかな。