2016年4月30日土曜日

超音波による肺内シャントの検出

An ultrasonographic sign of intrapulmonary shunt.
Mongodi S, Bouhemad B, Iotti GA, Mojoli F.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):912-3.PMID: 26650053


✔ 肺エコーは低酸素血症をベッドサイドで診断する際に有用なツールである。組織様所見(Tissue like pattern)が横隔膜上に認められた場合、含気のないconsolidationと定義される。含気のない肺組織が酸素化に与える影響は、低酸素性肺血管収縮や肺内シャントの程度によって決まる。Consolidation内にカラードプラで心拍動に一致する血流のある血管を認める場合、これは肺内シャントである。シャント量を定量することはできないが、このような所見を認めた場合は換気を改善させたり血流を含気のある部位に移動させたりする(つまり、気管支鏡で気道分泌物を取り除いたりリクルートメントを行ったり、腹臥位などの体位変換を行ったりNOを用いる)ことで酸素化を改善することができる。

◎ 私見
 肺エコーをする時に時々見られる所見で、前から気になっていた。介入の効果を視覚的に評価できるという利点もありそう。

2016年4月27日水曜日

人工呼吸における吸気から呼気への切り替え

Is the ventilator switching from inspiration to expiration at the right time? Look at waveforms!
Mojoli F, Iotti GA, Arnal JM, Braschi A.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):914-5. PMID: 26690075


✔ 通常の呼吸では吸気から呼気への切り替わりは呼吸筋の完全な弛緩が生じるよりもずっと前に起きる。そのタイミングは呼吸パターンなどによって異なるが、おおむね呼吸筋弛緩開始から完全な弛緩状態となるまでの時間の半分くらいである。人工呼吸における吸気から呼気への切り替わりもこのタイミングに一致することが望ましい。吸気筋によって生じる圧をモニタすることでこのタイミングを評価し、呼吸器の圧波形との関係を示す。
 A) 正しいサイクルオフ(吸気から呼気への切り替わり)が行われると、吸気フローの急激な減少からスムーズに呼気へ切り替わってフローのピークを形成し、指数関数的に減速していく波形が得られる。B) サイクルオフが早いと吸気努力の途中で呼気へ切り替わるため呼気波形が変形しピークが平坦になり、同時に気道内圧の落ち込みが見られる。吸気が終了すると通常通りの呼気フローが観察される。C) サイクルオフが遅いと吸気フローの減少が途中から急に遅くなり、自発吸気終了後に受動的膨張が認められる。人工呼吸器に表示される標準的な波形モニタを観察することで、サイクルオフのタイミングを適切に設定することができる。
サイクルオフのタイミングと波形モニタ(文献より引用)
◎ 私見
 いろいろな医療従事者に出会ってきたが、こういうところをしっかり見ることができるかどうかで人工呼吸に対する親和性を評価できるのではないかと思ったりしている。

2016年4月24日日曜日

ARDSの疫学・治療・予後(LUNG-SAFE study)

Epidemiology, Patterns of Care, and Mortality for Patients With Acute Respiratory Distress Syndrome in Intensive Care Units in 50 Countries.
Bellani G, Laffey JG, Pham T, Fan E, Brochard L, Esteban A, Gattinoni L, van Haren F, Larsson A, McAuley DF, Ranieri M, Rubenfeld G, Thompson BT, Wrigge H, Slutsky AS, Pesenti A; LUNG SAFE Investigators; ESICM Trials Group. Collaborators (843)
JAMA. 2016;315(8):788-800


✔ 背景
 ARDSは血管透過性亢進、肺重量増加、含気減少を伴う急性炎症性肺障害である。ベルリン定義に基づいて診断されるが、その疫学、管理内容、予後については調査されていない。ARDS診療においてはいくつかの臨床的疑問がある。すなわち、頻度と重症度、地域差、用いられる治療法(低一回換気量、高PEEP、腹臥位、筋弛緩、VV-ECMOなど)、自然経過などである。
✔ 方法
 冬季の任意4週間にICUに入室して陽圧換気をうけた16歳以上の患者を対象とした。毎日「低酸素性呼吸不全」(P/F≦300、新規浸潤影、PEEP/CPAP/EPAP≧5㎝H2O)の発症がないかチェックし、発症した日をDay 1として経過を追った。「ARDS」の診断はベルリン定義にしたがって自動的に行われる。すなわち低酸素性呼吸不全、侵襲より1週間以内、両側浸潤影、心不全の除外である。また、各施設の調査者もARDSを発症したかどうかを問われる。なお、調査者は本研究に参加する前にWebで診断トレーニングを受けた。データ不備、非侵襲的陽圧換気、低酸素性呼吸不全発症から48時間以上経過したものは除外した。
✔ 結果
 50か国、459施設が参加。期間中29,144例がICUに入室し、13,566例が人工呼吸管理を受けたが、そのうち、データ不備のない12,906例を解析対象とした。「低酸素性呼吸不全」4,499例のうち3,022例がICU在室中に「ARDS」の診断基準を満たした。「ARDS」発症のタイミングは、Day 1:2,665例、Day 2;148例、Day 3~:209例であった。このうちDay 1・2で「ARDS」を発症し、かつ非侵襲的換気を使用していなかった2,377例を解析した。
 「ARDS」は全ICU入室患者の10.4%、人工呼吸管理患者の23.4%でみられた(0.42例/Bed/Month)
。地域差を見てみると、北米:0.46、南米:0.31、アジア:0.27、アフリカ:0.32、オセアニア:0.57であった。「ARDS」の診断基準を満たしたことを調査者が最終的に(入室期間中に)認識できたのは60.2%に過ぎず、タイムリーに認識できたのは34.0%に過ぎなかった。高い看護師/医師-患者比、若年、P/F低値、肺炎、膵炎では「ARDS」を正しく診断できていた。「ARDS」と認識すると、一回換気量は変わらないが高PEEP、腹臥位、筋弛緩薬を多用する傾向があった。
 「ARDS」の重症度はMild 30.0%、Moderate 46.6%、Severe 23.4%であり、重症度が高くなると補助療法を行う比率と死亡率が高くなっていた。「ARDS」例において、一回換気量が8ml/kgPBWを超えていたものが35.1%、PEEPが12 ㎝H2O未満であったものが82.6%いた。プラトー圧は40.1%で測定されており、重症度があがるにつれてプラトー圧が高くなっていた。肺保護換気設定(一回換気量≦8ml/kgPBW+プラトー圧≦30㎝H2O)は3分の2だけであった。一回換気量はピーク圧、プラトー圧、肺コンプライアンスと関係がなかった。ピーク圧やプラトー圧が高い例でPEEPも高い傾向があった。PEEPはP/F、FIO2、肺コンプライアンスと関係がなく設定されており、FIO2とSpO2に逆相関が認められたことから、低酸素血症に対してはPEEPではなくFIO2で対処していることが分かった。
 補助療法ほとんど用いられないが、重症度が高くなると多く使用される傾向があった。「ARDS」のICU死亡率は35.3%、院内死亡率は40.0%であった。重症度があがるほど死亡率が高くなり、人工呼吸管理期間とICU在室日数が長くなるが、在院日数は不変であった。プラトー圧と換気駆動圧が高いほど院内死亡率が高くなった。
✔ 結論
 ARDSはICU入室患者の1割に認められるが、見過ごされているうえに治療的介入も不十分であり、死亡率も高い。その管理には改善の余地がある。

◎ 私見
 当施設も参加したLUNG-SAFE研究。同じ月にSepsis-3が発表されていて、なんとなく影が薄いけど、かなり重要な意味があるのではないかと思っている。意外とPEEPは低いし、一回換気量は制限できていないことがわかった。日頃から悩んでいること(一回換気量の制御など)が、他の施設でも同じような傾向になっていて面白い。一回換気量の制御~換気駆動圧の制御をどのようにモニターしてどのように行うのか、が今後の課題だろう。

2016年4月21日木曜日

イオン化カルシウム③


Ionized Calcium in the ICU: Should It Be Measured and Corrected?
Aberegg SK.
Chest. 2016 Mar;149(3):846-55. PMID: 26836894

イオン化カルシウムに関するReview。

✔ カルシウム補正の理論的背景
 ICU以外の状況においては、重篤な低イオン化カルシウム血症は凝固障害、心原性ショック、うっ血性心不全、房室ブロック、けいれん、喉頭痙攣などと関連して報告されている。しかし、これらの報告は慢性的な、もしくは重篤なカルシウムホメオスタシス異常の存在に基づくものであることに注意が必要である。より程度の軽い敗血症などにみられる低カルシウム血症に一般化すべきではない。
 ルーチンの測定と補正が正当化されるには、低カルシウム血症が死亡率上昇や予後悪化の原因であることを示す必要がある。しかし、現状では因果関係は明らかではない。低カルシウム血症は重症患者における適応反応のひとつであるとする意見もあるが、よくわかっていない。これが本当なら、より重篤な患者ではより強い適応反応が起きることを反映してカルシウムがより低下することになる。入院患者のカルシウム値の分布は健常者とほぼ一緒だが平均値は低い。つまり、重症患者でみられる低カルシウム血症は”Sick eucalcemia syndrome”とでもいうべきものである(Sick euthyroid syndromeと同様に)。要約すると、まだ証明されているわけではないがあり得る仮説としては、健常者と患者ではイオン化カルシウムのホメオスタシスのセットポイントが変化するということである。
 カルシウムを補正する行為は、正常値への固執、過剰な異常値への恐怖を示しているにすぎないように見える。もし、カルシウムが低値になることが正常な適応反応であるとすると、カルシウムの補正は有害である可能性もあるのである。似たような正常値への固執の有害性を示す例としては、ヘモグロビンと輸血、血糖値、発熱などが挙げられる。
 さらに、カルシウム投与が有害であることを示す報告もある。Collageらは敗血症マウスにカルシウムを投与すると炎症を悪化させ、血漿漏出を増やし、死亡率を上昇させることを示している。また、ICU患者を対象とした後ろ向きコホート研究でもカルシウムを投与された患者の死亡率が高いことが報告されている。また、頻回の採血に伴う貧血や投与に伴う静脈炎といった問題もある。

✔ 特殊な状況
 低マグネシウム血症は低カルシウム血症の原因となり、補正に抵抗性となるため、低栄養、アミノグリコシド投与、化学療法、PPI投与中は注意が必要である。多くの観察研究では輸血を擁した患者を除外しているが、赤血球輸血におけるキレート剤の影響を除外するためである。大量輸血に伴う低カルシウム血症への対応はよくわかっていないが、この場合は補正するほうが良いとする意見が多い。周術期におけるカルシウム補正についてもよく分かっていない。

◎ 私見
 カルシウムが敗血症モデルマウスの死亡率を上昇させることは知らなかった。勉強不足。低血圧+低カルシウム血症で輸液や昇圧剤などを組み合わせてもうまくいかないときは低カルシウム血症を補正するとよいと考えていたのだが、一から考え直さなくてはならないようだ。

2016年4月18日月曜日

イオン化カルシウム②



Ionized Calcium in the ICU: Should It Be Measured and Corrected?
Aberegg SK.
Chest. 2016 Mar;149(3):846-55. PMID: 26836894

イオン化カルシウムに関するReview。

✔ 現状
 イオン化カルシウムの正常範囲は施設や研究によってばらばらであり、異常値をどのように定義するかもばらばらである。このような状況では約50%で一度は異常値を呈するといわれるICU患者のカルシウム異常の疫学を知ることはできない。
 多くの施設で積極的にカルシウムは測定され、低カルシウム血症は補正されている。この”ホメオスタシス維持”のアプローチは原因を特定して治療するというより値を正常範囲にすることを主目的としていることがいくつかの研究から読み取れる。さらに、ICUにおけるカルシウム投与は値を正常範囲にすることだけが目的であり症状を改善させることを目的としていないという問題も指摘できる。
 このような状況では重症患者においてカルシウムをルーチンに計測して補正することを正当化することはできない。Cochrane ReviewによるとICUにおけるカルシウム投与の死亡率・臓器不全・在室日数・コスト・合併症をアウトカムとした比較試験をひとつも見出すことができなかった。以下の章では、どのようなデータに基づいて現在のような臨床が行われるようになってきたのかをみていく。

✔ 観察研究
 1980年代初頭より、重症患者では低カルシウム血症を呈するような疾患、例えば副甲状腺機能低下症やビタミンD欠損症が極めてまれであるにもかかわらず、イオン化カルシウム濃度が低いことが報告されるようになっている。さらに、低カルシウム血症が死亡の危険因子であることも報告されている。一方で、APACHEⅡスコアに代表されるような重症度とも強く挿管することが知られており、多変量解析を用いると死亡予測に対するカルシウムの有意性は消失することも報告されている。通常、1週間で正常になるが、死亡群は生存群ほど早く正常にならないというカルシウム濃度の変化に関する研究もみられる。
 低カルシウム血症に対するカルシウム投与については4つの観察研究がある。頻回に検査され、約50%で低カルシウム血症が見つかり、大量のカルシウム製剤が消費されている。興味深いのは、カルシウムを投与してもイオン化カルシウム濃度はわずかにしか改善しないということである。標準検査項目からイオン化カルシウムを除くことで(つまりルーチンにしないことで)イオン化カルシウム検査数が75%減少し、カルシウム投与量も減少したという報告もある。これによって死亡や心停止が増えた証拠はなく、痙攣はむしろ減ったとしている。これらの研究からは、イオン化カルシウムを測定してカルシウムを投与しても、そもそも値をほとんど改善させることができず、アウトカムも変えないということが言えそうである。

◎ 私見
 カルシウムの投与に関しては質の高い研究はなく、観察研究でも特別有用とは言えないということであった。カルシウムは昇圧剤であるとイメージして使用しているが、これにも意味はないのだろうか。低カルシウム血症の程度の問題もあるし、もうすこし研究がされてもいい分野なのではないかという気がする。

2016年4月14日木曜日

イオン化カルシウム①

Ionized Calcium in the ICU: Should It Be Measured and Corrected?
Aberegg SK.
Chest. 2016 Mar;149(3):846-55. PMID: 26836894


✔ カルシウムの生理
 カルシウムは神経伝達や筋収縮、凝固系などで重要な役割を担っている。生体のカルシウムの99%が骨に存在し、残りは細胞外にあり、細胞内にはほとんどない。細胞外カルシウムの量は厳密にコントロールされており、血清検体で計測することができるが、およそ半分は陰性に荷電したアルブミンなどに結合して存在しており、残り半分がイオン化カルシウムとして存在している。このイオン化カルシウムが生理活性を持っており、アルブミン濃度や酸塩基平衡の状態に影響されないためICUでよく計測される。カルシウムのホメオスタシスは副甲状腺ホルモン、ビタミンD、影響は少ないがカルシトニンによって調整されている。摂取量の減少、血管内でのキレート化、細胞外への沈着によってバランスは崩れる。バランスが崩れるとテタニー、筋力低下、不整脈、けいれんなどの症状が出現する。

✔ ICUにおけるイオン化カルシウムの異常
 腎不全や低マグネシウム血症を除けば、カルシウムのホメオスタシスに影響する疾患は一般的にはまれであり、通常テタニーや筋力低下といった症状があったり、副甲状腺手術後、骨粗鬆症、シスプラチンのようなカルシウムの異常を容易に予測できる臨床状況であったりするため、カルシウムの異常の存在を想起することは難しくない。それゆえ、特殊な臨床状況によってカルシウム異常の検査前確率が高まったときのみカルシウムを測定することになると考えられている。反対にICUではイオン化カルシウムの異常は頻繁にみられるが、カルシウムのホメオスタシスに影響するような背景疾患があるということはほとんどない。また、ICUでは無症状であったり鎮静などの影響でマスクされたり、他の疾患の影響を受けたりするため、低カルシウム血症の症状が議論になることはほとんどない。つまり、ICUにおいてはイオン化カルシウムをルーチンに計測することは診断的検査の原則に沿うとは思われない。ICUではむしろスクリーニングや恒常性の維持、異常の検出のために計測されている。このような目的で行われる検査は、イオン化カルシウムの異常を検出して治療的介入を行うことが患者の利益になる場合によってのみ正当化される。本論文では①ICUでイオン化カルシウムを計測すべきか? ②異常値を補正すべきか? という2点について述べる。なお、本論文では低カルシウム血症について特に述べる。

◎ 私見
 イオン化カルシウムは血液ガス検査装置でルーチンに表示されるようになっている。血行動態が悪かったり凝固機能に不安がある状況では補正してしまっていたが、それが本当に正しいことなのかどうかを考えたことはなかったのでこの論文を読んでみた。その行為に本当に意味があるのか、という視点は確かに重要。でも、根拠に縛られすぎても身動きできなくなってしまうのではないかと思ったりする。

2016年4月11日月曜日

ARDSをどのように治療するか

How ARDS should be treated.
Gattinoni L, Quintel M.
Crit Care. 2016 Apr 6;20(1):86. PMID: 27048605

✔ 様々な病因で肺実質に炎症がおきるが、時にその炎症が肺全体に広がってびまん性の肺水腫をきたすことがあり、これをARDSという。肺重量が増加するに従い、下側の肺は虚脱し、上側の肺は歓喜によって開放され続けるようになる。換気のない領域が生じて、肺容量が小さくなるため、ARDSのふたつの主要な症状が引き起こされる。すなわち、酸素投与に抵抗性の低酸素血症と肺コンプライアンスの低下である。
 ARDSではその原因となった疾患を治療しなくてはならない。病態生理を参考に、ステロイド、スタチン、抗メディエータ薬が試されたが、明らかに予後を改善するものはない。一方でガス交換に対する治療は原因疾患とは関係がなく、非特異的である。なぜなら、その治療目標や治療合併症は浮腫の程度によるからである。
 したがって、ARDSに対しては、まず特異的な治療の対象となりうる原因疾患を特定し、ARDSの重症度を判定するという二つのステップから始まることになる。重症度を評価するために、CTやそのほかの画像検査を用いて浮腫の量を測ったり、肺外水分量を測定したりする。ベルリン分類はPEEP5㎝H2Oをかけた状態で行うが、浮腫や肺のリクルート可能領域を評価するうえで有用であるため推奨できる。
 人工呼吸管理をのものはARDSを治癒させないが、生存に必要なガス交換を維持して時間を稼ぐことができる。これは呼吸筋の機能を肩代わりすることで得られる利益である。ARDSでは呼吸筋はいくつかの理由により換気に十分なパワーを供給することができなくなっている。人工呼吸管理の酸素化に与える影響はふたつある。すなわち、FIO2を厳密に調整できるということと、吸気時に虚脱した肺領域を開放するのに十分な圧を供給してこの領域を灌流する血液を酸素化することである。しかし、PEEPが十分でないと呼気時にこの肺領域は再度虚脱してしまう。PEEPが十分でないと、一回換気が酸素化に与える影響は限定的となる。一方で換気は炭酸ガスの排出に必要である。ARDSでは呼吸仕事量の増大と死腔の増大のため、正常より多い分時換気量が必要となるが、ある程度の高炭酸ガス血症は許容してよい。Baby lungという考え方は応力(換気駆動圧)とひずみ(一回換気量)が残存肺領域にとって過剰であることを意味している。これはARDSの重症度が高くなるほど問題となる。したがって、酸素化を改善しようとする時よりも換気を改善しようとする時に人工呼吸に関連する危険性が生じることになる。実際、ARDSの重症度が高くなると人工呼吸に伴う応力によって肺の細胞外組織にさらなる炎症が引き起こされることが示されている。
 人工呼吸管理に伴う損傷はVentilator-induced lung injury(VILI)と言われるが、自発呼吸時にも生じる可能性があるため、正確にはVentilation-induced lung injuryというべきである。VILIは一回換気量、換気駆動圧、呼吸数、ガス流量が過剰な時に起きる。肺に過剰な力(単位時間あたりに肺に加えられるエネルギー)が過剰な時にVILIが起きると考えられる。ここで、過剰とはBaby lungにとって過剰であるという意味である。また、Meadらが指摘したように、不均一な肺に力が加わると、ある局所では加えられるエネルギーが何倍にも大きくなる。
 したがって、ARDSの呼吸療法においては加えられる機械的力をできる限り小さくすべきであると考える。機械的力は一回換気量、換気駆動圧、呼吸数の総和である。なお、PEEPは換気量の変化を生み出さないのでエネルギー負荷をもたらさない。一回換気量、換気駆動圧、呼吸数を減らすアプローチはVILIを減らす。HFOが失敗に終わったのも、換気駆動圧と非常に大きい呼吸数によってもたらされる機械的負荷によって説明できる。機械的負荷が一定の時、肺がより均一で応力が大きくなるような要因がなければVILIのリスクは減る。そのためには適切なレベルのPEEPと腹臥位が有用である。PEEPは均一性を増加させ、肺領域を開放したままにできる。腹臥位も解剖学的に生じる重力の影響に拮抗することで肺の均一性を改善することができる。PEEPも腹臥位も中等度から重度のARDSでリクルートされる肺領域が大きい症例にのみ有効性が示されている。

◎ 私見
 Gattiononi先生のARDS治療に関する概説。原因を特定して治療すること、陽圧換気による負荷をできるだけ(特に重症度の高いARDSであればあるほど)減らすことを強調している。ここでは触れられていないが、筋弛緩薬も関係してくるだろう。鎮痛薬や鎮静薬も見直されていくのかもしれない。今後は、いくつかの評価方法(EITや食道内圧を含む)と介入方法(PEEPや腹臥位、VVECMOなど)をどう組み合わせていくのが最も有用なのかが検証されていくのだろうか。

2016年4月8日金曜日

心停止に対する抗不整脈の効果

Amiodarone, Lidocaine, or Placebo in Out-of-Hospital Cardiac Arrest
Peter J. Kudenchuk, M.D., et al  Resuscitation Outcomes Consortium Investigators*
April 4, 2016DOI: 10.1056/NEJMoa1514204


✔ 背景
 院外心停止における除細動に反応しない心室細動ならびに心室頻拍に対し、抗不整脈がよく用いられるが、生存率を改善させるかどうかまではわかっていない。
✔ 方法
 北米で行われた前向き無作為化試験。心室細動もしくは無脈性心室頻拍で少なくとも1回の除細動に反応せず、静脈ラインが確保されている成人を対象としてアミオダロン、リドカイン、プラセボ(生理食塩水)を無作為に投与した。プライマリアウトカムは生存退院率とした。セカンダリアウトカムは退院時の神経学的予後とした。
✔ 結果
 Per-protocol analysisで解析した。3026例がアミオダロン(974)、リドカイン(993)、プラセボ(1059)に無作為に振り分けられた。それぞれ、24.4%、23.7%、21.0%が生存退院した。アミオダロン vs プラセボの生存率の差は3.2%(-0.4~7.0、p=0.08)、アミオダロン vs リドカインは0.7%(-3.2~4.7、p=0.70)であった。退院時の神経学的予後は三群間で差がなかった。心停止の目撃がある場合とない場合とでは治療の効果に差があった。プラセボではなく薬剤が投与された場合、目撃のある心停止では有意に生存退院率が高くなったが、目撃がない心停止の場合では有効ではなかった。アミオダロンを投与された群では蘇生後に一時ペーシングを要する患者が多かった。
✔ 結論
 除細動抵抗性の初期波形が心室細動ないし心室頻拍の院外心停止において、アミオダロンもリドカインも生存退院率や神経学的予後を改善しなかった。

◎ 私見
 心停止における抗不整脈薬の有用性に関する研究。ITT解析ではないとか、目撃のあるなしが均一ではないとか問題はあるものの、かなりインパクトのある結果ではある。目撃のある=心肺停止からの時間が短く、かつ除細動抵抗性があるものに関しては抗不整脈が良い可能性は残されている。心室細動発生からの時間が短いほど除細動成功率は高まるはずなのに除細動に抵抗するような、いわゆるElectrical stormでは抗不整脈が有用ということなのかもしれない。逆に、心停止発症からの時間が比較的長い場合、不整脈を止める・止めないということよりもCPRの質であったり、もともとの病態などが大きく影響してくるということだろう。しかし、この領域でRCTができるなんて、驚きである。

2016年4月5日火曜日

蘇生後のショックにステロイドは無効

Corticosteroid therapy in refractory shock following cardiac arrest: a randomized, double-blind, placebo-controlled, trial.
Donnino MW, Andersen LW, Berg KM, Chase M, Sherwin R, Smithline H, Carney E, Ngo L, Patel PV, Liu X, Cutlip D, Zimetbaum P, Cocchi MN; collaborating authors from the Beth Israel Deaconess Medical Center’s Center for Resuscitation Science Research Group.
Crit Care. 2016 Apr 3;20(1):82.PMID: 27038920


✔ 背景
 心肺停止蘇生後には支持療法と体温コントロール以外には有効な治療は知られていない。副腎不全は重症患者や心肺停止蘇生後に認められることがあり、予後を悪化させる。議論のあるところであるが、敗血症性ショックで治療に反応しないショックを呈する患者ではステロイドを投与することでショックの離脱を促進し、予後を改善させる可能性がある。心肺停止蘇生後の遷延するショックに対してステロイドが有効かどうかを検証した。
✔ 方法
 多施設前向き無作為化試験。18歳以上の院内・院外心肺停止蘇生後で、1時間以上血管作動薬を必要とした患者を対象とした。血管作動薬依存性の定義は、ノルアドレナリン、ドパミン、バゾプレシンを使用しているものとし、ドブタミンや他の昇圧剤は対象としなかった。Hydrocorticortisone 100㎎を8時間ごとに投与するか、プラセボを投与した。ショック離脱までの時間をプライマリアウトカムとした。また、試験薬剤投与前にCosyntropin刺激試験を行い、試験薬剤初回投与から24時間後のIL6とIL10を測定した。
✔ 結果
 各群25例ずつが対象となった。ショック離脱までの時間に有意差はなかった。ショック離脱の有無、神経学的予後、生存退院率にも差がなかった。もともとのコルチゾル値が15μg/dL未満であった例(ステロイド群6人、プラセボ群3人)に限ってみたところ、ステロイド群は全例ショックから離脱したがプラセボ群は1例しか離脱しなかった。また、ステロイド群のうち3人は生存したが、プラセボ群は全例が最終的に死亡した。24時間後のIL10に差はなかったが、IL6はステロイド群で優位に低くなった。
✔ 結論
 血管作動薬に依存する心肺停止蘇生後のショック例ではステロイドの投与が予後を改善するという証拠はなかった。

◎ 私見
 心肺停止蘇生後症候群にステロイドは無効。副腎機能が真に低下している患者ではもしかしたら有用かもしれないが、数が少なすぎて確定的なことは何も言えない。今後、追試されることになるだろうか? 病態から考えると、全く無効というのも信じがたいのだけど…

2016年4月2日土曜日

敗血症性ショックのバイタルサインの調節

Manipulating vital signs in septic shock: which one(s) and how?
Laupland KB, van der Jagt M.
Intensive Care Med. 2015 Nov;41(11):1999-2001. PMID: 26359164

✔ 重症患者の体温上昇と予後の関係は複雑である。神経障害患者においては発熱をコントロールすることの有用性が知られている。また、発熱を抑えて代謝需要を減らすことが有用かもしれない。しかし一方で、発熱は感染に対する防御反応であり、これを抑制すべきではないという意見もある。
 Schortgenらは敗血症性ショックに対するRCTで、発熱を許容した群と対外冷却で調節した群を比較した。それによると、対外冷却はプライマリアウトカムである昇圧剤使用量を減らしただけでなく14日死亡率も優位に減少させたとしている。彼らは二次解析で、心拍数の死亡率に対する影響を調査した。これはβ遮断薬エスモロールによる心拍数コントロール(<95)が敗血症性ショック患者の死亡率を下げたというオープンラベル試験の結果に基づくものである。二次解析の結果、体温コントロールによる死亡率減少効果は心拍数コントロールに媒介されるものではなかった。つまり、発熱そのものが敗血症性ショックにとっては有害であり、コントロールすべきものであるということになる。しかし、考えておかなくてはならないことがいくつかある。
 Schortgenらの最初の報告は説得力があるが、敗血症性患者の発熱を治療することが有益であると結論付けることはできない。何百、何千人もの患者を対象とした観察研究の結果は全く異なる結果を示している。また、今のところ、神経学的に正常な重症患者に対する発熱コントロール療法を調べた多くの研究で有益性を示したものは無い。さらに、敗血症性ショック患者の死亡率を減らしたとする多くの小規模研究の結果が、後の大規模研究では軒並み否定されていることを思い出すべきである。
 Schortgenらの研究を評価する際にもうひとつ重要なのは、心拍数に対する影響のあるなしにかかわらずβ遮断薬を使用したことによる予後への影響がはっきりしていないことが挙げられる。Morelliら(エスモロールの敗血症性ショックに対する有益性を報告)も発熱のコントロールに関しては言及していない。Schortgenらの研究では体温コントロールの有益性は心拍数コントロールとは無関係であるとしているが、体温とβ遮断の真の効果については不明なままである。Factorial RCTが必要である。
 さらに、より一般的なことではあるが、体温や心拍数が上昇したり減少したりした場合に、放っておいてもよいと考えられる有益な代償性機序によるものと、集中治療医が調節すべき非代償性の変化とを区別することが大切である。ただし、背景疾患や関連する臓器機能や生理学的予備力の大きさなどの状況によるため、非代償と代償を区別することは難しい。また、個々の症例間でも異なるし、個人の中でも時間によっては異なる。代償性心不全の低血圧は外来治療でよいが、心原性ショックの低血圧は治療が必要である、などの例を挙げるまでもないだろう。理論的には、臨床研究には生理学的代償機序を示している患者と非代償を呈している患者が含まれるので、お仕着せの治療になってしまう可能性がある。
 集中治療においてバイタルサイン(’血圧、呼吸数、心拍数、体温)をコントロールすることは重要である。なのに敗血症性ショックの患者の予後に対するバイタルサイン調節の効果を調べた研究は非常に限られているので、失望させられるのである。そういう研究がないのは、複雑な重症患者の死亡率に影響を与えるには、あるひとつのバイタルサインを調節するというのは単純に過ぎると考えてしまうからかもしれない。発熱や頻脈を調節することが予後を変えるのか、まだわかっていないと考えるべきである。
バイタルサインの代償・非代償(文献より引用)
◎ 私見
 Schortgenらの報告をもとに、敗血症性ショック患者を冷やしてみてはどうかという意見が出たことがあるが、きっぱり断った。これに限らず、ひとつの研究で臨床を急に変化させるのは危険だろう。重症なのだから可能性のあるものはどんどんやるべき、という意見はわからないではないが、有害かもしれない可能性について目をつぶるのは正当な態度ではないと思う。実際、Schortgenらの報告でも短期の死亡率は変えたが、冷却群で新規感染症併発が増えたりしているし。
 体温は難しい。いまでも悩んでしまう。さらに研究結果が集積されるまでは「ベッドサイドで常に悩む」が正しい態度なのではないだろうか。