2016年5月28日土曜日
第63回麻酔科学会
急性期医療にかかわる内容を一通りチェック。それよりも気になるのは新専門医制度。来年から始まるわけだが、なんとなく準備不足の感が否めない。単位認定のある講演の入退室も管理されていて、学会の雰囲気そのものが少し変わったような気がした。しかし、あの長蛇の列はどうにかならないものだろうか・・・
2016年5月24日火曜日
胸骨圧迫フィードバック装置は有用
Effect of the Cardio First Angel device on CPR indices: a rondomized controlled clinical trial
Amir Vahedian-Azimi et al
Crit Care 2016;20:147
✔ 背景
胸骨圧迫の質と持続性を改善するために多くの心肺蘇生補助器具が開発されてきた。CPRフィードバック装置がCPRの質を改善し、患者予後を変えるかどうかを検討した。
✔ 方法
4つの大学病院の混合ICUで行われた無作為化試験。心肺停止状態になった患者を通常のCPRを行う群とフィードバック装置(Cardio FIrst Angel)を使用する群とに割り付けた。ガイドライン適合性、CPRの質、自己循環再開率、CPR関連合併症発生率を調査した。
✔ 結果
229例が無作為化されたが149例が除外され、80例が解析対象となった。フィードバック装置を用いると、ガイドライン適合性が有意に改善し、自己循環再開率も高くなった(72% vs 35%)。合併症については、肋骨骨折が有意に減ったが(57% vs 85%)、胸骨骨折の減少効果は有意ではなかった(5% vs 17%)。
✔ 結論
フィードバック装置を用いることでガイドライン適合性が高まり、患者予後が改善する。この結果が他の状況でも再現できるかどうか、検証が必要である。
◎ 私見
CPRの質が重要であることは論を待たないが、実際の現場でそれを達成することは実は難しい。そこで、フィードバック装置を用いて質の管理をするとどうか、という研究。結果は「ものすごく有用」ということになったが、ICUという特殊な状況下での患者を対象としていること、盲検化できないことなどの問題がある。胸骨圧迫装置との比較もみてみたいところ。
Amir Vahedian-Azimi et al
Crit Care 2016;20:147
✔ 背景
胸骨圧迫の質と持続性を改善するために多くの心肺蘇生補助器具が開発されてきた。CPRフィードバック装置がCPRの質を改善し、患者予後を変えるかどうかを検討した。
✔ 方法
4つの大学病院の混合ICUで行われた無作為化試験。心肺停止状態になった患者を通常のCPRを行う群とフィードバック装置(Cardio FIrst Angel)を使用する群とに割り付けた。ガイドライン適合性、CPRの質、自己循環再開率、CPR関連合併症発生率を調査した。
✔ 結果
229例が無作為化されたが149例が除外され、80例が解析対象となった。フィードバック装置を用いると、ガイドライン適合性が有意に改善し、自己循環再開率も高くなった(72% vs 35%)。合併症については、肋骨骨折が有意に減ったが(57% vs 85%)、胸骨骨折の減少効果は有意ではなかった(5% vs 17%)。
✔ 結論
フィードバック装置を用いることでガイドライン適合性が高まり、患者予後が改善する。この結果が他の状況でも再現できるかどうか、検証が必要である。
◎ 私見
CPRの質が重要であることは論を待たないが、実際の現場でそれを達成することは実は難しい。そこで、フィードバック装置を用いて質の管理をするとどうか、という研究。結果は「ものすごく有用」ということになったが、ICUという特殊な状況下での患者を対象としていること、盲検化できないことなどの問題がある。胸骨圧迫装置との比較もみてみたいところ。
2016年5月21日土曜日
腎代替療法を開始するタイミング(AKIKI study)
Initiation strategies for renal-replacement therapy in the intensive care unit
Stephane G, Daved H, Frederique S et al
N Engl J Med. 2016
✔ 背景
生命に直接危険を及ぼさない程度の急性腎傷害に対して、腎代替療法どの時期に始めればよいのかはまだ分かっていない。
✔ 方法
多施設無作為化試験。人工呼吸管理ないしカテコラミン投与をうけており、かつ生命に直接危険を及ぼすような合併症をきたしていないKDIGO分類でStage 3の急性腎傷害患者を対象とした。早期群は無作為化直後に腎代替療法を導入した。晩期群は、高カリウム血症(>6mEq/L)、代謝性アシドーシス(pH<7.15)、肺水腫、BUN>112、72時間以上の乏尿のうち少なくともどれか一つを認めるまで腎代替療法導入を見送った。両群とも、自尿が500ml/dayを超えたときに腎代替療法中止を考慮し、利尿剤を使用せずに1000ml/dayもしくは利尿剤を使用せずに2000ml/dayを超えたときは中止を強く推奨した。プライマリアウトカムは60日生存率とした。
✔ 結果
620人が無作為化された。Kaplan-Meier曲線の分析からは両群間で60日生存率に有意な差はみられなかった。(早期群311例中150例が死亡、晩期群308例中153例が死亡)。晩期群のうち151例は腎代替療法を要さなかった。血流感染の率は早期群で有意に高かった(10% vs 5%, P=0.03)。利尿、腎機能の改善は晩期群でより早く認められた。
✔ 結論
腎代替療法開始のタイミングでは生存率に影響しなかった。晩期に開始する戦略をとればかなりの割合の患者で腎代替療法を避けることができる。
◎ 私見
腎代替療法をどのタイミングで始めるかに関して調べた研究。カンファレンスでもよく議論になるところなので結果が出るのが楽しみだった。これまでは「高カリウム血症などの適応が生じたら」腎代替療法を導入するという戦略を用いてきたので、これは本研究の晩期群の戦略とほぼ同じ。ということで、少なくとも自分の診療方針に変更を加える必要はなさそう。
Stephane G, Daved H, Frederique S et al
N Engl J Med. 2016
✔ 背景
生命に直接危険を及ぼさない程度の急性腎傷害に対して、腎代替療法どの時期に始めればよいのかはまだ分かっていない。
✔ 方法
多施設無作為化試験。人工呼吸管理ないしカテコラミン投与をうけており、かつ生命に直接危険を及ぼすような合併症をきたしていないKDIGO分類でStage 3の急性腎傷害患者を対象とした。早期群は無作為化直後に腎代替療法を導入した。晩期群は、高カリウム血症(>6mEq/L)、代謝性アシドーシス(pH<7.15)、肺水腫、BUN>112、72時間以上の乏尿のうち少なくともどれか一つを認めるまで腎代替療法導入を見送った。両群とも、自尿が500ml/dayを超えたときに腎代替療法中止を考慮し、利尿剤を使用せずに1000ml/dayもしくは利尿剤を使用せずに2000ml/dayを超えたときは中止を強く推奨した。プライマリアウトカムは60日生存率とした。
✔ 結果
620人が無作為化された。Kaplan-Meier曲線の分析からは両群間で60日生存率に有意な差はみられなかった。(早期群311例中150例が死亡、晩期群308例中153例が死亡)。晩期群のうち151例は腎代替療法を要さなかった。血流感染の率は早期群で有意に高かった(10% vs 5%, P=0.03)。利尿、腎機能の改善は晩期群でより早く認められた。
✔ 結論
腎代替療法開始のタイミングでは生存率に影響しなかった。晩期に開始する戦略をとればかなりの割合の患者で腎代替療法を避けることができる。
◎ 私見
腎代替療法をどのタイミングで始めるかに関して調べた研究。カンファレンスでもよく議論になるところなので結果が出るのが楽しみだった。これまでは「高カリウム血症などの適応が生じたら」腎代替療法を導入するという戦略を用いてきたので、これは本研究の晩期群の戦略とほぼ同じ。ということで、少なくとも自分の診療方針に変更を加える必要はなさそう。
2016年5月18日水曜日
呼吸仕事量の主観的評価の信頼性
The validity and reliability of the clinical assessment of increased work of breathing in acutely ill patients
Aiman Tulaimat, Aiyub Patel, Mary Wisniewski, Renaud Gueret.
J Crit Care 2016;34:111-115
Aiman Tulaimat, Aiyub Patel, Mary Wisniewski, Renaud Gueret.
J Crit Care 2016;34:111-115
✔ 背景
人工呼吸管理は呼吸仕事量を軽減する目的でしばしば用いられる。呼吸仕事量をベッドサイドで簡便に客観的に測定することはできないので、患者の外観や呼吸窮迫、呼吸努力の増大などの代替指標でをもって判断することになる。そのような主観的評価の信頼性について調査した。
✔ 方法
なんらかの呼吸補助を要した急性疾患患者を対象とした。集中治療に携わる医師がお互いの評価の内容を知ることができないようにし、10秒間で対象患者の呼吸窮迫の程度を観察し呼吸仕事量増大の徴候の有無を評価し、重症度を判定した(無し、軽度、中等度、重度)。各医療者の評価手順は以下の通り。
Step 1:呼吸窮迫の程度を主観的に判定
Step 2:呼吸仕事量増大の11の徴候を判定
Step 3:バイタルサインの測定
✔ 結果
主観的に判定された呼吸窮迫の程度は酸素化、呼吸数、呼吸仕事量増大の徴候のうち9つと相関した。低酸素、頻呼吸、呼吸仕事量増大の11の徴候のうち3つ以上があった場合を検出対象としたとき、中等度~重度の呼吸窮迫の主観的判定の感度は70%、特異度は92%、陽性尤度比は8であった。主観的評価、鼻翼呼吸、斜角筋収縮、喘ぎ呼吸、腹筋収縮のカッパ係数は0.53-0.47、胸鎖乳突筋収縮、気管牽引、シーソー呼吸のカッパ係数は0.36-0.23であった。
✔ 結論
主観による呼吸仕事量の評価はおおむね信頼できる。
◎ 私見
学生や研修医には呼吸仕事量を”視て”評価することの重要性を強調している。その信頼性を検証した研究。いまだに呼吸数を計測したり記録したりしていない病棟がある。呼吸はつらそうじゃない?って聞いても酸素飽和度で回答されたりして。ちょっとどうにかならないだろうか。
2016年5月15日日曜日
ARDSの血行動態管理④
Experts' opinion on management of hemodynamics in ARDS patients: focus on the effects ofmechanical ventilation.
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480
✔ ECMO
VV-ECMOは重症ARDSにおける治療抵抗性の低酸素血症や換気に起因する肺障害を避けるために用いられる。酸素化を改善することにより、肺高血圧を改善し右室の負荷を取り除くことができる。VA-ECMOは低酸素を避けるだけでなく治療抵抗性の循環不全を治療するために用いられる。ECCO2RはVV-ECMOやVA-ECMOに比べて少ない血流量とスウィープガス流量を用いて高炭酸ガス血症やアシドーシス、ひいては肺や心臓に負荷の強い換気設定を避けるために用いられる。VV-ECMOは発症から7日以内の重症ARDSで重度の低酸素血症が持続し、支持療法に反応しない場合に適応になる。一方、VA-ECMOはARDSに重度の心原性ショックが合併した場合に使用を考慮する。現時点ではECCO2Rはデータ不足のためARDSには推奨できない。
いずれにしろ、血行動態に与えるリスクを勘案したうえで、専門性や経験、多職種連携が必要になる。ECMO中の血行動態モニタはまだ検討の途上にあるが、観血的動脈圧、心エコー、体外循環血流量が必要である。熱希釈法や動脈圧波形解析によるモニタは推奨されない。輸液バランスが大きくなると予後が悪化することが知られているため、輸液バランスを記録することは重要である。一般鉄器に、血行動態管理においては注意深い輸液と昇圧剤の使用が必要になる。循環血液量減少は静脈を虚脱させ、脱血不良から溶血の原因になる。一方、循環血液量過剰では肺水腫が悪化して予後が悪化する。よって、少量の輸液負荷(250ml)などのバランスを重視した輸液管理や血圧やエコーの所見を繰り返しながら昇圧剤を使用するなどの戦略が必要になる。
ECMO中の血行動態管理における特殊な点は以下のとおりである。まず、全身血管拡張に対して血管収縮薬(ノルアドレナリンなど)を使用し、左室機能不全を認めた場合は強心薬(アドレナリンやレボシメンダン)をを投与、右室機能不全に対しては前負荷を適正化して肺血管拡張薬(プロスタサイクリンなど)やカテコラミン(アドレナリン、ノルアドレナリン)を投与する。早期評価・早期介入が予後を改善する。急性肺性心が原因ならVA-ECMOへの移行を考える。
◎ 私見
ECMOの立ち位置が解説されている。モニタとか管理の原則はわかるのだけど、それを実現することが難しい。型どおりにはいかないので、ベッドサイドから動けなくなることもしばしばある。ECMOに限らず、一部の人の秘術にならないよう、経験を蓄積して共有する工夫が必要なのでしょう。
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480
✔ ECMO
VV-ECMOは重症ARDSにおける治療抵抗性の低酸素血症や換気に起因する肺障害を避けるために用いられる。酸素化を改善することにより、肺高血圧を改善し右室の負荷を取り除くことができる。VA-ECMOは低酸素を避けるだけでなく治療抵抗性の循環不全を治療するために用いられる。ECCO2RはVV-ECMOやVA-ECMOに比べて少ない血流量とスウィープガス流量を用いて高炭酸ガス血症やアシドーシス、ひいては肺や心臓に負荷の強い換気設定を避けるために用いられる。VV-ECMOは発症から7日以内の重症ARDSで重度の低酸素血症が持続し、支持療法に反応しない場合に適応になる。一方、VA-ECMOはARDSに重度の心原性ショックが合併した場合に使用を考慮する。現時点ではECCO2Rはデータ不足のためARDSには推奨できない。
いずれにしろ、血行動態に与えるリスクを勘案したうえで、専門性や経験、多職種連携が必要になる。ECMO中の血行動態モニタはまだ検討の途上にあるが、観血的動脈圧、心エコー、体外循環血流量が必要である。熱希釈法や動脈圧波形解析によるモニタは推奨されない。輸液バランスが大きくなると予後が悪化することが知られているため、輸液バランスを記録することは重要である。一般鉄器に、血行動態管理においては注意深い輸液と昇圧剤の使用が必要になる。循環血液量減少は静脈を虚脱させ、脱血不良から溶血の原因になる。一方、循環血液量過剰では肺水腫が悪化して予後が悪化する。よって、少量の輸液負荷(250ml)などのバランスを重視した輸液管理や血圧やエコーの所見を繰り返しながら昇圧剤を使用するなどの戦略が必要になる。
ECMO中の血行動態管理における特殊な点は以下のとおりである。まず、全身血管拡張に対して血管収縮薬(ノルアドレナリンなど)を使用し、左室機能不全を認めた場合は強心薬(アドレナリンやレボシメンダン)をを投与、右室機能不全に対しては前負荷を適正化して肺血管拡張薬(プロスタサイクリンなど)やカテコラミン(アドレナリン、ノルアドレナリン)を投与する。早期評価・早期介入が予後を改善する。急性肺性心が原因ならVA-ECMOへの移行を考える。
治療戦略(文献より引用) |
ECMOの立ち位置が解説されている。モニタとか管理の原則はわかるのだけど、それを実現することが難しい。型どおりにはいかないので、ベッドサイドから動けなくなることもしばしばある。ECMOに限らず、一部の人の秘術にならないよう、経験を蓄積して共有する工夫が必要なのでしょう。
2016年5月12日木曜日
ARDSの血行動態管理③
Experts' opinion on management of hemodynamics in ARDS patients: focus on the effects ofmechanical ventilation.
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480
✔ 血行動態管理
人工呼吸管理中のARDS患者の管理における最初のステップは組織灌流が適切かどうかを評価することである。血管内容量、つまり前負荷が適切かどうかを調べるためには3つの方法がある。すなわち超音波による下大静脈径の観察、PPV、治療介入によるCVPの変化である。尿量と代謝性アシドーシスも標準的な組織灌流評価法である。輸液蘇生は等張晶質液を用い、ヘモグロビンが8g/dL以下では赤血球輸血も考える。敗血症性ARDSや重度の低アルブミン血症ではアルブミン投与も考慮する。ただし、肺水腫と肺性心を増悪させて酸素化が悪化することがあるので注意深く輸液すべきである。逆に輸液の制限はWest zone 2領域を増やす可能性がある。リスクと利益を注意深く考慮しなくてはならない。組織灌流や酸素化、CVPなど様々なパラメータを考慮しなくてはならないため、輸液反応性をみる単一のアプローチがすべてにおいて正しいということはない。肺血管閉塞による右心不全におけるいくつかの実験的研究により、ノルアドレナリンに比べて過剰輸液は心拍出量、血圧、右心機能を悪化させるとされている。さらに、右心不全は組織灌流を回復されるために投与される輸液の有効性を制限する主因であると報告されている。
ARDSネットワークによるFluid And Catheter Treatment Trial(FACTT)では、血管作動薬を必要としない患者を対象としていたにもかかわらず、多くのARDS患者ではショックが回復していれば輸液を制限した管理が優れていることが示された。輸液制限プロトコルにより人工呼吸管理を必要としない日数が増えたが死亡率には有意な差がなかった。輸液制限プロトコルは複雑なため、ARDSネットワークはショックではないARDS患者に対する単純化した輸液管理を示した。この単純化した輸液管理法はCVPと尿量に基づいて行われ、FACTT-liteと命名された。FACTT-liteとFACTTのプロトコルを比較した試験では同等の非人工呼吸管理日数であった。興味深いことに、FACTT-liteでは新規のショックが少なく、AKIの頻度は同等であった。
次のステップはARDS患者で20~25%に合併するといわれる急性肺性心を見つけることである。肺性心がある場合、優先されるのは右室機能を最適化することである。大事なことなので繰り返すが、さらなる輸液負荷は無効であるばかりでなく有害である。ノルアドレナリンは平均血圧を上昇させて右室からの血液供給を増加させ、有意に右室機能を改善することが報告されている。右室機能(強心作用)と肺循環(血管拡張作用)の両者を併せ持つため、このような状況ではカルシウム感受性改善薬であるレボシメンダンは有用である可能性があるが、この薬剤を使用した試験もある。しかし、低血圧をきたすため、推奨するにはさらなるデータが必要である。
選択的肺血管拡張薬の吸入も治療抵抗性の低酸素血症を呈する患者に用いられる。この薬剤は右室機能も改善すると考えられるが、それを適応としてARDSに使用されたという試験はない。ふたつ薬剤があり、NO(5-10ppm)やプロスタサイクリン(20-30ng/kg/min)が酸素化を改善することが示されているが、予後を改善することは証明されていない。両者とも肺血管抵抗を減少させ、換気血流費を改善するが体血圧は下げないとされる。これらの薬剤は使い始めは有効であってもすぐに効果が減少していくことがある。全身血管の血管拡張薬はARDSにおいて有益性を示せていない。いくつかの研究では抗凝固療法が有用性についてその可能性を報告しているが、臨床研究では有益性を示せていない。実際、活性化プロテインCをARDSに対して用いた第二相試験では有益性を証明できなかった。
血行動態管理の要は、右室への負荷を減らすような呼吸器設定を行うことである。輸液の過負荷は、肺の虚脱、肺の過膨張、低酸素や高炭酸ガス血症による肺血管収縮によって起きる。重度の右心不全は独立した死亡予後の規定因子であるため、心機能に配慮した呼吸管理戦略が行われるべきである。近年、右心不全を助長する4つの危険因子が報告された。肺炎によるARDS、P/F<150、換気駆動圧>18㎝H2O、PaCO2>48mmHgである。すべてが揃うと右心不全のリスクは60%を超え、すべてが無いと10%を下回る。最初の一つの因子を除けば呼吸器設定で調節可能である。リスク因子を避けることが血行動態を適正化し、既に存在する右心機能不全を改善し、予後を改善する助けになる。理想的にはPEEPは肺胞の開通性を維持できると同時に肺循環への悪影響を避けられる設定にすべきである。一方、PEEPは肺の虚脱を避けることで右心系への負荷を減らすために十分なレベルに設定すべきともいえる。豚を用いた研究によると、高PEEP(15㎝H2O以上)を健常肺に適用すると過膨張をきたし、右室の収縮機能を悪化させ、全身の血行動態を悪化させることが示されている。平均気道内圧を上昇させたり肺過膨張をきたすような設定は避けるべきである。これにはHFOVが含まれている。血行動態の観点からも、高度の自発呼吸窮迫も避けるべきである。強い吸気努力は経血管圧を変化させ、肺水腫が形成されやすくなる。肺胞や漏出しやすい血管を覆う間質の圧は胸膜表面で測定された圧と同等であると考えられてきたが、不均質に障害された肺ではそうではない。換気圧は胸膜で生じるため、血管にかかる圧も強い自発吸気があると高くなる。
最後に、非同調や振り子現象(Pendelluft)も肺循環と右室機能を悪化させる可能性がある。腹臥位は換気を均質にすることでVILIを減らすと考えられているが、右室負荷を減らす可能性もある。二つの研究で、腹臥位は実際に負荷のかかった右室機能を改善させることが示されている。
◎ 私見
血行動態を実際にどのように管理するかが解説されている。まずは血管内容量を適正化し、その後に右心機能に重点を置いた薬剤投与や人工呼吸器設定をする。この領域にはとても興味があって。たとえば敗血症性ショックのように重篤な循環不全がすでにあるような場合、ARDSを合併したらどのような管理をするとよいのだろうといつも悩んでいた。右心機能に焦点を当てることで、その答えが出そうな気もする。
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480
✔ 血行動態管理
人工呼吸管理中のARDS患者の管理における最初のステップは組織灌流が適切かどうかを評価することである。血管内容量、つまり前負荷が適切かどうかを調べるためには3つの方法がある。すなわち超音波による下大静脈径の観察、PPV、治療介入によるCVPの変化である。尿量と代謝性アシドーシスも標準的な組織灌流評価法である。輸液蘇生は等張晶質液を用い、ヘモグロビンが8g/dL以下では赤血球輸血も考える。敗血症性ARDSや重度の低アルブミン血症ではアルブミン投与も考慮する。ただし、肺水腫と肺性心を増悪させて酸素化が悪化することがあるので注意深く輸液すべきである。逆に輸液の制限はWest zone 2領域を増やす可能性がある。リスクと利益を注意深く考慮しなくてはならない。組織灌流や酸素化、CVPなど様々なパラメータを考慮しなくてはならないため、輸液反応性をみる単一のアプローチがすべてにおいて正しいということはない。肺血管閉塞による右心不全におけるいくつかの実験的研究により、ノルアドレナリンに比べて過剰輸液は心拍出量、血圧、右心機能を悪化させるとされている。さらに、右心不全は組織灌流を回復されるために投与される輸液の有効性を制限する主因であると報告されている。
ARDSネットワークによるFluid And Catheter Treatment Trial(FACTT)では、血管作動薬を必要としない患者を対象としていたにもかかわらず、多くのARDS患者ではショックが回復していれば輸液を制限した管理が優れていることが示された。輸液制限プロトコルにより人工呼吸管理を必要としない日数が増えたが死亡率には有意な差がなかった。輸液制限プロトコルは複雑なため、ARDSネットワークはショックではないARDS患者に対する単純化した輸液管理を示した。この単純化した輸液管理法はCVPと尿量に基づいて行われ、FACTT-liteと命名された。FACTT-liteとFACTTのプロトコルを比較した試験では同等の非人工呼吸管理日数であった。興味深いことに、FACTT-liteでは新規のショックが少なく、AKIの頻度は同等であった。
ARDSの輸液管理(文献より引用) |
選択的肺血管拡張薬の吸入も治療抵抗性の低酸素血症を呈する患者に用いられる。この薬剤は右室機能も改善すると考えられるが、それを適応としてARDSに使用されたという試験はない。ふたつ薬剤があり、NO(5-10ppm)やプロスタサイクリン(20-30ng/kg/min)が酸素化を改善することが示されているが、予後を改善することは証明されていない。両者とも肺血管抵抗を減少させ、換気血流費を改善するが体血圧は下げないとされる。これらの薬剤は使い始めは有効であってもすぐに効果が減少していくことがある。全身血管の血管拡張薬はARDSにおいて有益性を示せていない。いくつかの研究では抗凝固療法が有用性についてその可能性を報告しているが、臨床研究では有益性を示せていない。実際、活性化プロテインCをARDSに対して用いた第二相試験では有益性を証明できなかった。
ARDSの血行動態管理(文献より引用) |
間質の圧と血管内にかかる圧(文献より引用) |
◎ 私見
血行動態を実際にどのように管理するかが解説されている。まずは血管内容量を適正化し、その後に右心機能に重点を置いた薬剤投与や人工呼吸器設定をする。この領域にはとても興味があって。たとえば敗血症性ショックのように重篤な循環不全がすでにあるような場合、ARDSを合併したらどのような管理をするとよいのだろうといつも悩んでいた。右心機能に焦点を当てることで、その答えが出そうな気もする。
2016年5月9日月曜日
ARDSの血行動態管理②
Experts' opinion on management of hemodynamics in ARDS patients: focus on the effects ofmechanical ventilation.
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480
✔ VILIと血管系
VILIは肺組織に対する静的・動的ストレスによって生じる。肺胞ではガスと血液は脆弱な膜で隔てられており、換気によって生じた力が十分に高いと血管内の圧や血流そのものがVILIの重症度に影響するようになる。肺水腫により肺サーファクタントは減少し、肺胞の虚脱と開放によるストレスが増加する。実験的には毛細血管前の血圧が高いとVILIの重症度は高くなるが、毛細血管後の血圧を下げても同様の現象が生じる。この原因はよくわかっていないが、West zone 2領域の形成が微小血管内の圧較差を増大させ、ずり応力や血管内皮におけるエネルギー損失を大きくするとする仮説がある。ARDSにおいて心拍出量が増大すると、減少している血管床を通過するために血管内流速が増大することになる。実験的には気道内圧と呼吸数を大きくすることで血流を制限し毛細血管障害を減じることが示されている。逆に気道内圧や血管内圧を変化させないで呼吸数を減らすと障害が減少するという現象も報告されている。含気のある部位だけでなく血管もVILIにおいて重要だとはいえるだろう。この領域の臨床データは少ないが、現時点では、換気と酸素の需要を減らす(呼吸仕事量を減らす)ことに意義があると示唆されている。
✔ 血行動態モニタ
血流とガス交換を改善し、VILIのリスクを最小にするために血行動態のモニタは重要である。観血的動脈圧モニタを用いることで血圧をリアルタイムに測定し、脈圧変動(PPV)を調べることができる。注意深く用いれば、PPVによって輸液反応性を評価できる。すなわち、陽圧換気によって一回拍出量が影響を受けやすいのであれば輸液反応性があるとするのである。しかし、自発吸気努力があったり、低一回換気量の設定になっていたり、低肺コンプライアンスの状態では信頼性が低下する。これらの所見はARDSにおいてよくみられるものである。とはいうものの、低一回換気量や低肺コンプライアンスでもPPVが12~13%を超えていたら輸液反応性があるとしてよい。その場合輸液により心拍出量は増えるがPEEPによっては心拍出量が下がる。重篤な右心不全がある患者では、PPV高値は輸液反応性ではなく右室後負荷依存性を示唆する。このような場合、Passive leg raising(PLR)を行いつつ心エコーで右室機能を評価するべきである。PLRによってPPVが減少するなら輸液反応性があると考えられるが、変化しないのなら右室後負荷依存性の存在を考える。
中心静脈カテーテルはARDS患者に対して心血管作動薬の投与、CVPやScvO2の測定のために挿入されることが多い。CVPは前負荷に対する反応性をほとんど予測しないが、治療に対する右室機能の変化を評価する際には助けになる。食道内圧はPplを推定するために測定されるが、右房の壁内外圧較差(右房圧ーPpl)を計算して、換気が血行動態にどのように影響するかを評価することができるようになる。
心エコーは心室の大きさや機能に関する情報を収集したり、治療に対する心拍出量の変化を評価したり、換気に対する大静脈径の変化を測定したり、PLRのような輸液反応性試験に対する前負荷の適切性を調べるために治療開始の早期に行うべき検査である。多くの場合経胸壁心エコー(TTE)で十分だが、経食道心エコー(TEE)のほうが急性肺性心の評価には有用である。ARDSにおいて、右室拡張末期面積(RVEDA)と左室拡張末期面積(LVEDA)を測定して比較することで右室のサイズを簡単に評価できる。RVEDA/LVEDAが0.6~1.0では中等度の右室拡張があると判定され、1を超える場合は重度の右室拡張があると判定される。急性肺性心はRVEDA/LVEDA>0.6に加えて心室中隔の収縮末期における奇異性運動の存在によって診断される。心エコーを行う際にはLVEF、LVEDA、心拍出量、LV充満圧を測定すべきである。
重度のARDSや敗血症で初期治療に反応しない場合はさらなる血行動態モニタを考えるべきである。このような場合、肺動脈カテーテル(PAC)が有用である。肺動脈圧(PAP)、肺動脈閉塞圧(PAOP)、肺/体血管抵抗を測定できる。高PEEPを用いて人工呼吸管理をしている場合、PAOPの壁内外圧較差を計算することで左室の充満圧を正確に評価できる。PACによって心拍出量や混合静脈血酸素飽和度を測定でき、この二つの指標は重要な治療(PEEP、輸液、薬剤)に対する反応を評価する際に用いられる。右室拡張に伴って三尖弁逆流がある場合、心拍出量測定に誤差が生じる。ARDSでは、特に輸液が多い場合、経肺圧(TP)増大に伴ってWest zone 1と2の領域が異常に拡大している。よって、PVRは真の肺血管抵抗より低く計算されてしまう。その場合は経肺圧較差(平均PAP-PAOP)を肺血管の異常を評価する際に用いることができる。
経肺熱希釈法も用いることができるが、ARDSでは心拍出量よりも肺外水分量や肺血管透過性係数といった指標が重要である。輸液過負荷の害を評価することができる。さらに経肺熱希釈法による心拍出量測定で動脈圧波形解析による心拍出量推定を補正できる。前負荷反応性の指標であるPPVやSVVも用いることができる。しかし、卵円孔開存しているARDS患者では測定値に誤差が生じることが報告されている。多くの侵襲的・非侵襲的波形解析法に基づく心拍出量測定が開発されてきたが、敗血症や大量の血管作動薬を使用している際には信用性が低下する。
◎ 私見
VILIについては換気メカニクスだけでなく血流も考えないといけないこと、ARDSにおける血行動態モニタの使い方について解説してある。右心機能や肺血管抵抗、肺(外)水分量などは今後もっと注目されるようになるのではないだろうか。評価がすんだら治療を、ということで管理方法についての解説に続く。
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480
✔ VILIと血管系
VILIは肺組織に対する静的・動的ストレスによって生じる。肺胞ではガスと血液は脆弱な膜で隔てられており、換気によって生じた力が十分に高いと血管内の圧や血流そのものがVILIの重症度に影響するようになる。肺水腫により肺サーファクタントは減少し、肺胞の虚脱と開放によるストレスが増加する。実験的には毛細血管前の血圧が高いとVILIの重症度は高くなるが、毛細血管後の血圧を下げても同様の現象が生じる。この原因はよくわかっていないが、West zone 2領域の形成が微小血管内の圧較差を増大させ、ずり応力や血管内皮におけるエネルギー損失を大きくするとする仮説がある。ARDSにおいて心拍出量が増大すると、減少している血管床を通過するために血管内流速が増大することになる。実験的には気道内圧と呼吸数を大きくすることで血流を制限し毛細血管障害を減じることが示されている。逆に気道内圧や血管内圧を変化させないで呼吸数を減らすと障害が減少するという現象も報告されている。含気のある部位だけでなく血管もVILIにおいて重要だとはいえるだろう。この領域の臨床データは少ないが、現時点では、換気と酸素の需要を減らす(呼吸仕事量を減らす)ことに意義があると示唆されている。
✔ 血行動態モニタ
血流とガス交換を改善し、VILIのリスクを最小にするために血行動態のモニタは重要である。観血的動脈圧モニタを用いることで血圧をリアルタイムに測定し、脈圧変動(PPV)を調べることができる。注意深く用いれば、PPVによって輸液反応性を評価できる。すなわち、陽圧換気によって一回拍出量が影響を受けやすいのであれば輸液反応性があるとするのである。しかし、自発吸気努力があったり、低一回換気量の設定になっていたり、低肺コンプライアンスの状態では信頼性が低下する。これらの所見はARDSにおいてよくみられるものである。とはいうものの、低一回換気量や低肺コンプライアンスでもPPVが12~13%を超えていたら輸液反応性があるとしてよい。その場合輸液により心拍出量は増えるがPEEPによっては心拍出量が下がる。重篤な右心不全がある患者では、PPV高値は輸液反応性ではなく右室後負荷依存性を示唆する。このような場合、Passive leg raising(PLR)を行いつつ心エコーで右室機能を評価するべきである。PLRによってPPVが減少するなら輸液反応性があると考えられるが、変化しないのなら右室後負荷依存性の存在を考える。
中心静脈カテーテルはARDS患者に対して心血管作動薬の投与、CVPやScvO2の測定のために挿入されることが多い。CVPは前負荷に対する反応性をほとんど予測しないが、治療に対する右室機能の変化を評価する際には助けになる。食道内圧はPplを推定するために測定されるが、右房の壁内外圧較差(右房圧ーPpl)を計算して、換気が血行動態にどのように影響するかを評価することができるようになる。
心エコーは心室の大きさや機能に関する情報を収集したり、治療に対する心拍出量の変化を評価したり、換気に対する大静脈径の変化を測定したり、PLRのような輸液反応性試験に対する前負荷の適切性を調べるために治療開始の早期に行うべき検査である。多くの場合経胸壁心エコー(TTE)で十分だが、経食道心エコー(TEE)のほうが急性肺性心の評価には有用である。ARDSにおいて、右室拡張末期面積(RVEDA)と左室拡張末期面積(LVEDA)を測定して比較することで右室のサイズを簡単に評価できる。RVEDA/LVEDAが0.6~1.0では中等度の右室拡張があると判定され、1を超える場合は重度の右室拡張があると判定される。急性肺性心はRVEDA/LVEDA>0.6に加えて心室中隔の収縮末期における奇異性運動の存在によって診断される。心エコーを行う際にはLVEF、LVEDA、心拍出量、LV充満圧を測定すべきである。
重度のARDSや敗血症で初期治療に反応しない場合はさらなる血行動態モニタを考えるべきである。このような場合、肺動脈カテーテル(PAC)が有用である。肺動脈圧(PAP)、肺動脈閉塞圧(PAOP)、肺/体血管抵抗を測定できる。高PEEPを用いて人工呼吸管理をしている場合、PAOPの壁内外圧較差を計算することで左室の充満圧を正確に評価できる。PACによって心拍出量や混合静脈血酸素飽和度を測定でき、この二つの指標は重要な治療(PEEP、輸液、薬剤)に対する反応を評価する際に用いられる。右室拡張に伴って三尖弁逆流がある場合、心拍出量測定に誤差が生じる。ARDSでは、特に輸液が多い場合、経肺圧(TP)増大に伴ってWest zone 1と2の領域が異常に拡大している。よって、PVRは真の肺血管抵抗より低く計算されてしまう。その場合は経肺圧較差(平均PAP-PAOP)を肺血管の異常を評価する際に用いることができる。
経肺熱希釈法も用いることができるが、ARDSでは心拍出量よりも肺外水分量や肺血管透過性係数といった指標が重要である。輸液過負荷の害を評価することができる。さらに経肺熱希釈法による心拍出量測定で動脈圧波形解析による心拍出量推定を補正できる。前負荷反応性の指標であるPPVやSVVも用いることができる。しかし、卵円孔開存しているARDS患者では測定値に誤差が生じることが報告されている。多くの侵襲的・非侵襲的波形解析法に基づく心拍出量測定が開発されてきたが、敗血症や大量の血管作動薬を使用している際には信用性が低下する。
PPVに基づく血行動態管理(文献より引用) |
VILIについては換気メカニクスだけでなく血流も考えないといけないこと、ARDSにおける血行動態モニタの使い方について解説してある。右心機能や肺血管抵抗、肺(外)水分量などは今後もっと注目されるようになるのではないだろうか。評価がすんだら治療を、ということで管理方法についての解説に続く。
2016年5月6日金曜日
ARDSの血行動態管理①
Experts' opinion on management of hemodynamics in ARDS patients: focus on the effects ofmechanical ventilation.
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480
Vieillard-Baron A, Matthay M, Teboul JL, Bein T, Schultz M, Magder S, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2016 May;42(5):739-49. PMID: 27038480
✔ 背景
ARDS患者の約6割が循環不全を合併し、約65%で心血管作動薬を要する。循環不全は死亡の原因となりやすく、低酸素を原因とする死亡よりも多い。ARDS患者のショックは以下の三つの因子によって生じる。すなわち、①肺高血圧(肺動脈の微小血栓、リモデリング、低酸素性肺血管収縮、アシドーシス、炎症性メディエータ)、②人工呼吸管理による右心機能不全、③組織需要増大である。
✔ 人工呼吸管理が血行動態に与える影響
胸腔内圧(Ppl)と経肺圧(TP)の変化によって説明される。Pplの変化は右室への血液流入と左室からの拍出に影響する。一方TPの変化は右室からの拍出と左室への血液流入に影響する。Pplの変化が重要である。生体は変化のない大気圧の影響下にあり、肺血管はPplの影響下にあるため、大気圧とPplの差が呼吸サイクルの間に変化することになる。非人工呼吸患者において自発吸気努力によってPplが低下すると、静脈系における圧較差が大きくなるため右室への静脈灌流が増加する。次の数拍動で左室に血液が流入し、吸気終了とともにPplが増加して呼気時に動脈圧が増加することになる。Pplが減少すると心腔内圧は大気圧に比べて相対的に低下し、左室の後負荷は増加する。大きな陰圧吸気努力が繰り返されると、左室後負荷増大と右室充満が生じて肺血流量が増加し、左室機能不全や血管透過性亢進と相まって肺水腫を形成する。
陽圧換気では逆の現象が生じる。陽圧換気によってPplが増大すると左室後負荷は減少するが、同時に静脈灌流量が減るため心拍出量にはほとんど影響しない。右心系の上流にある静脈系からの圧較差は4~8㎜Hgしかないため、右心系の圧が上昇すると心拍出量に大きな影響を及ぼすことになる。PEEPをかけると静脈灌流は呼吸サイクル中ずっと制限されることになる。正常では肺胞内にかかる圧の約半分がPplに伝わる。一方、病的肺は固いため、それほど多くは伝わらないとされる。右心系のコンプライアンスは高いため、前負荷よりも後負荷の影響を受けやすい。
TPは肺胞内圧とPplの差である。Pplが肺静脈圧を上回ると微小血管が虚脱するためWest Zone 2の状態となる。Pplや間質圧が肺動脈圧よりも高ければ肺血流は閉塞してWest zone 1の状態となる。いずれにしろ、肺胞内圧は右室に対する抵抗になり、後負荷を増加させることになる。
傷害を生じた肺は炎症や虚脱、微小血栓のために血液が流れにくい状態となっており、静水圧の上昇によってガス交換の場に血漿が漏出する。全肺血管抵抗の大部分が微小血管を通過する際に消失するので、ARDSにおいて血流量が増加すると血漿漏出も増加するということになる。さらに、毛細血管そのものの減少によって血管内圧が増加し、心拍出量増加に対する反応も過剰になる。調節換気状態では一回換気とPEEPによってPVRとPplが増加し、肺胞内圧を直接的に増大させるが、これは平均気道内圧で近似される(mPaw)。PEEPはmPawの最大の規定因子ではあるが、mPawは呼吸サイクルが占める割合が大きかったり換気駆動圧が高い場合、すなわち分時換気量が大きい場合も高くなる。平均気道内圧が高いと肺容量が大きくなるだけではなく胸壁も外に向かって押すため、Pplが高くなる。高いmPawにより既に開放されている肺胞をさらに押し広げるため微小血管は閉塞する。ARDS患者ではリクルート可能な肺領域を開放し、すでに広がっている部位はそのまま維持することで肺血管抵抗が改善することになるが、実際は、高いmPawによる正味の作用はWest zone 2を増やすように働き、含気のある部位の肺血管抵抗を高めてその部位の血流を含気のない部位へ誘導してしまい、死腔と右室後負荷を増加してしまう。右室の圧上昇はそのまま左室のコンプライアンスを低下させる。もし心拍出量が変わらないとすれば、左室の低コンプライアンスに対応する形で左房や肺静脈の圧が上昇していることを意味し、これにより肺水腫が形成されやすくなってしまう。右心系の圧上昇はそのまま静脈系の圧上昇をもたらし、輸液負荷の効果を減じ、心拍出量を減らしてしまう。ARDS患者ではmPawが上昇してもPplはさほど大きくはならないが、PVRは大きく上昇する。肺の拡張で胸郭に入る部分で大静脈が圧迫されて静脈灌流が阻害されるとする報告もあるが、この影響は通常小さい。腹腔内圧が選択的に上昇した場合は腹部の血液を胸郭内に押し出すことになるので肺水腫は形成されやすくなる。
◎ 私見
ARDSに限らず、人工呼吸が血行動態にどのように影響を及ぼすのかを正確に理解することは難しい。毎日のようにショック患者の人工呼吸を扱うのだから、この領域は極めて重要なのではないかと思っている。
2016年5月3日火曜日
リバーストリガーをグラフィックモニタで診断する
Does this ventilated patient have asynchronies? Recognizing reverse triggering and entrainment at the bedside.
Murias G, de Haro C, Blanch L.
Intensive Care Med. 2016 Jun;42(6):1058-1061. PMID: 26676866
✔ A) 従量式で換気されている患者の気道内圧と流量、換気量の波形を示してある。吸気開始時に気道内圧の変化がほとんどないため、machine trigger(自発呼吸がなく、設定された時間で自動的に吸気が始まる状態)の状態であるとわかる。一見、全く正常に見えるが、よくみると矢印で示した流量波形はほかの吸気と異なっているように見える。気道内圧波形を見ると吸気時のプラトー部分に陰圧側へのへこみを認める。エアリークがないとすると、呼吸回路内のガス量は一定となり、気道内圧の低下はコンプライアンスの増加を意味することとなる。調節換気中にコンプライアンスの上昇を説明できるのは肺胞のリクルートメントである。自発呼吸のある機械換気中の患者においてはこのコンプライアンスの上昇は吸気努力によって説明される。
Murias G, de Haro C, Blanch L.
Intensive Care Med. 2016 Jun;42(6):1058-1061. PMID: 26676866
✔ Reverse triggering(RT)は受動的肺膨張によって呼吸中枢が刺激されるという非同調の一種で、しばしば見逃されているが、気道内圧と流量波形をみることで診断できる。
(文献より引用) |
調節換気においてmachine triggerであったとしても、吸気努力の存在を除外できない。呼吸中枢は延髄に存在するが、その律動的な出力(呼吸筋への運動神経出力)は様々な要素によって修飾されている。肺胞換気の増加はPaCO2を減少させ、呼吸中枢を抑制する。機械換気もまた呼吸中枢を刺激する(Entrainment)。PetrilloやGravesらは受動的肺膨張が吸気努力を起こさせることを報告していたが、近年、Akoumianakiらが調節換気中の重症患者に同じような現象が生じることを報告し、RTと名付けた。Entrainmentの最中、調節換気と吸気努力が同じ比率で同調する現象が観察される。通常、そのパターンは短期間しか続かず、7~15回の呼吸サイクルごとに中断される。1:1が最も多いわけではないが、最も安定したパターンであるとはいえる。Gravesらは麻酔状態の人を対象としてEntrainment現象について系統的に調べたところ、呼吸数や一回換気量の変化は様々なリズムの受動的肺膨張と吸気出力の組み合わせをもたらすことを報告している。PaCO2を上昇させたり麻酔レベルを浅くしたりするほど定常状態になりづらくなる。このため、Entrainmentは深鎮静でのみ生じると考えられている。調節換気の開始と自発吸気努力の開始の遅れは全換気時間の中で一定の割合を占めている(Phase angle)。受動的肺膨張だけでなくほかの刺激もEntrainmentを起こすことが分かっている。例えば、呼吸と歩行のリズムのEntrainmentはよく知られている。よって、この気道内圧の低下はリクルートメントかRTかどちらかであるといえる。RTでは吸気努力は調節換気開始から遅れて始まり、調節換気終了後も続く。つまり、調節換気の呼気開始時には吸気筋力がまだ刺激されていることになり、弾性に基づく呼気に抵抗となり、肺胞内圧が上昇し、呼気フローのピークが小さくなる。この図では呼気フローが小さくなっているのでリクルートメントというよりはRTであるといえる。もし十分に深く、かつ長く吸気努力が続けば気道内圧がさらに低下してダブルトリガー(B)をきたす。
C) 従圧式における同様の現象を示してある。肺胞がガスで充満すると肺胞内圧と気道の圧較差が小さくなるので、機械による換気の吸気流量は次第に減少していくパターンとなる。しかしこの図では二峰性の吸気フローを認めている。吸気フローの上昇は肺胞内圧と気道内圧に圧較差が生じたことを示唆するであり、通常はコンプライアンスの改善を示す。呼気開始時のフローが平たん化していることより、コンプライアンスの改善というよりかはRTを示唆する所見である。また、先に示した通り、十分に深く、かつ長く吸気努力が続けばダブルトリガーとなる(D)。
Entrainmentは遅順応性受容体の進展刺激とHering-Breuer反射による持続的迷走神経刺激が原因となって生じる。実際、動物実験において、迷走神経を不活化することでEntrainmentが生じなくなることが示されている。しかし人においては移植肺においても生じることが報告されている。
RTの頻度は不明である。流量や圧波形の微細な変化をみなくてはならないので、特別に注意しないと見逃されてしまう。一般的に呼吸器との非同調は良くない所見だが、RTの意義についてはまだわかっていない。しかし、RTによるダブルトリガーは肺を傷害すると考えられる。RTを理解し、調査する必要がある。
◎ 私見
個人的に興味のあるRTに関する論文。RTはグラフィックモニタを使って診断できるとのこと。自分も波形を見ながら「これはRTだろう」と言ってみたりすることがある。診断するからには何らかの意義が存在しなくてはならないわけだが、それがまだないのがRTの問題。疫学調査をして予後への影響を調査し、治療的介入の効果を測定する必要がある、、、と思われるのだが。
登録:
投稿 (Atom)