Monnet X, Delaney A, Barnato A.
Intensive Care Med. 2016 Mar;42(3):470-1. PMID: 26831673
"複雑な問題には、常に明白かつ単純な誤った答えがあるものだ” H.L.Mencken.
重症患者の蘇生のおいて相反する事柄が生じると、単純な指標に飛びつくのも理解できる。乳酸クリアランスがそれである。重症患者、特に敗血症患者における蘇生の適切性の指標とされるが、蘇生の指標として用いるにはエビデンスが不足している。
乳酸が蘇生に有用だとする理論的背景は、高乳酸血症が組織低酸素によっておきるという誤った認識に基づいている。確かに好気的解糖が妨げられると乳酸値は上昇するが、好気的状況下でも様々な理由で乳酸値は上昇する。
乳酸値上昇のメカニズム(文献より引用) |
乳酸クリアランスに関する最近の二つのRCTについて解説する。乳酸値3mmol/l以上の348人を対象としてJansenらはふたつの血行動態管理法を比較した。ひとつは乳酸値を2時間ごとに20%以上低下させるプロトコルである。乳酸値を指標とした群は最初の8時間の輸液量はわずかだったが血管拡張薬を多く使用されていた。72時間の乳酸値には差がなく、リスク因子をそろえると院内死亡率が減ったが、そろえていないと院内死亡率も28日死亡率も差がなかった。
ふたつめのRCTはJonesらによる300人の重症敗血症患者を乳酸値を指標にする群とScvO2を指標にする群に振り分けて検討したものである。治療の内容には差がなく、アウトカムにも差がなかった。これらの研究とは別に、重症患者におけるアドレナリンとノルアドレナリンの効果を比較したRCTでアウトカムには差がなかったがアドレナリン群で乳酸値が高くなったというものがある。これらの研究から、乳酸値そのものを指標としても予後が改善するかどうかは不明であると言わざるを得ない。
乳酸値を指標とした蘇生が予後を改善しないのには三つの理由が考えられる。ひとつは乳酸値は嫌気性代謝の指標としては不完全であるということである。組織低酸素の指標として用いるには、偽陽性が多すぎる。組織低酸素はScvO2や静脈血動脈血炭酸ガス分圧較差などと合わせて評価すべきである。
ふたつめは乳酸値はショックの重症度を示すにすぎないということである。乳酸値低下を治療の有効性ととらえてもよいが、乳酸クリアランスを指標にすべきではない。これはAKIにおける尿量の考え方と似ている。乏尿はAKIの原因疾患の重症度を反映しているが、尿量を利尿剤などで増やすだけでは治療経過を変えることができないし有害である可能性もある。同様に、高乳酸血症は原因疾患の重症度を反映しているといえるが、乳酸値そのものを変化させる治療は有用性より有害性が上回る可能性もあるのである。
みっつめは乳酸は診断ツールに過ぎず、予後を変えるような治療戦略を提示するものではないということである。これは肺動脈カテーテルにみられる問題に似ている。
◎ 私見
乳酸値そのものを変えても意味がない。AKIにおける尿量、肺動脈カテーテルになぞらえるあたりが面白かった。賛成意見のEditorialと本質的には同じことを言っている(同じ理解をしている)にもかかわらず、結論が真逆になるあたりも面白い。次回は中間意見。