2016年6月28日火曜日

ICUにおける身体診察①

Bedside Diagnosis in the Intensive Care Unit. Is Looking Overlooked?
Metkus TS, Kim BS.
Ann Am Thorac Soc. 2015 Oct;12(10):1447-50. PMID: 26389653


You can observe a lot just by watching. 
-Yogi Berra


✔ 緒言
 64歳男性。大動脈弁置換術後5日目で心房細動を合併している。「混乱しているようだ」とのこと。診察してみると、左顔面の弛緩、左上下肢の脱力、左空間無視があった。3時間前の診察時には神経学的異常なし。画像所見で右中大脳動脈閉塞が判明し、緊急血栓除去が行われた。症状は改善し、最終的には軽微な後遺症のみで退院した。
 73歳女性。ショック状態でICU入室。尿中白血球陽性で尿路感染症による敗血症と診断。診察したところ、脈圧が狭小化しており頚静脈圧が20㎝H2Oであった。大腿動脈ならびに橈骨動脈拍動は吸気時に消失する奇脈を呈していた。経胸壁エコーを行ったところ心嚢液が貯留しており、心タンポナーデと判断した。心嚢ドレナージが行われ、ショックから離脱した。

 身体診察は患者評価の要であり、医学部教育や卒後教育においても重要な要素である。前述の症例のように重症患者においてもベッドサイドでの診察が救命につながることがある。しかし、ICUにおける身体診察の有用性に関するデータはほとんどなく、ガイドラインもない。
 ICUでの身体診察をどのように行っているかについては施設間でのばらつきが大きく、医学教育や患者予後への影響、診断的検査の過剰使用や過少適用が存在することを示唆するものである。

✔ 身体診察の有用性
 身体診察の有用性については様々な意見がある。Vergheseらは診断的価値だけでなく医師患者関係の構築にも有用と報告している。しかしICUにおける身体診察を支持する研究はほとんどない。クリティカルケアの場では身体診察は有用ではないと考えられがちで、教科書でも特別に章をさいて解説してあるものはない。
 これには、身体診察所見が有用ではないと報告されていることが関係しているのだろう。例えば、頚静脈圧は充満圧が高いことは予測できるが輸液反応性を予測できない。同様に、超音波検査と比較して聴診では胸水や浸潤影を正確に診断できず、両肺の呼吸音聴取だけでは片肺挿管を否定できないということが示されている。
 身体診察の有用性を評価する研究の問題は、診察者の経験である。Sapiraもショパンの法則(わたしはショパンを全く弾けないが、上手に弾ける人はいる)と言っている。もし経験豊かな診察者が関与していたら、臨床研究の結果は全く違ったものになっていたかもしれない。
 反対に身体所見が有用であると報告している研究もある。バイタルサインの異常が重大なイベント発生を予測することが示されている。これは自明のことのように思われるが、計測の正確性に依存することに注意が必要である。例えば、3分の1の症例で記録された呼吸数と実際の呼吸数とが異なっていたことが報告されている。呼吸音が肺炎発症を予測したりベッドサイドにおける呼吸窮迫のゲシュタルトが気管挿管の必要性を判定できたりすることも示されている。せん妄は予後悪化因子であるが、CAM-ICUなどによる正確な判定が必要である。
 身体診察と予後を調べた研究はないが、小規模な研究で100人中26人の診断や治療を変更させたというものがある。

◎ 私見
 冒頭の「たくさんしっかり見れば観察できる」というYogiの言葉は深いのか浅いのかよくわからないが・・・。
 身体診察は有用だと思う(思いたい)。有用だと言えるような医師になりたいし、そのような技術を身につけたい。少なくとも、ローテートしてきた研修医が患者評価をモニタの数字を見ることだと誤解してしまうようなことのないようにしなければならないと思っています。
 

2016年6月25日土曜日

重症低酸素血症の治療戦略③

Severe hypoxemia: which strategy to choose.
Chiumello D, Brioni M.
Crit Care. 2016 Jun 3;20(1):132. PMID: 27255913

✔ 筋弛緩薬
 筋弛緩薬は呼吸器の同調性を改善して呼吸筋の酸素消費量を最小にし、呼吸努力を消失させるためにしばしば用いられる。さらに、自発吸気努力によって生じる胸腔内陰圧とそれによってもたらされるストレス/ストレインを減らすことができる。しかし、筋弛緩薬はICU acquired weaknessや横隔膜機能不全、人工呼吸期間延長の原因となる。ARDSにおける意義を調べるため、いくつかの臨床研究が行われた。2004年にGainnierらは重症ARDSを対象とし、深鎮静に48時間の筋弛緩薬を追加する意義を調査した。両群間で気道内圧やPEEP、鎮静薬投与量には差がなかったが、筋弛緩薬投与群では投与開始48時間、96時間、120時間後の酸素化が良好であった。さらに小規模なRCTによると、48時間の筋弛緩薬投与によって肺局所ないし全身性の炎症性サイトカイン(IL-6、IL-8)が有意に低値となり、PEEPを低くでき、酸素化が良好であった。340人の重症ARDSを対象とした大規模多施設RCTでは48時間の筋弛緩薬持続投与によって90日死亡率が有意に減少し、人工呼吸管理期間が短縮され、気胸発生率が低値であったことが報告された。ICU退室時の筋力低下には両群間に有意差はなかった。引き続いて発表されたメタアナリシスでは、筋弛緩薬投与によって死亡率が低下し(RR 0.71)、人工呼吸管理期間が短縮し、圧損傷が減ることが示された。
 現状の研究結果に基づくと、筋弛緩薬は重症ARDSの急性期の数時間において、同調性を改善して危険な経肺圧が生じないようにするために用いるべきである。ただし、人工呼吸器の設定や筋弛緩薬の必要性については毎日評価すべきである。

✔ 腹臥位
  30年以上前の観察研究で、腹臥位が急性呼吸不全患者の酸素化を改善することは知られており、腹臥位は重度低酸素血症におけるレスキュー治療として位置づけられるようになった。肺における含気の再分布と背側肺のリクルートメント、胸壁エラスタンスの改善、肺内シャントの減少、換気血流日の改善、換気の均質化によるVILI予防、右心不全の改善がそのメカニズムである。これに基づき、1996年からARDSを対象としたRCTがいくつか行われた。肺保護換気をしていない中等度~重度ARDSを対象として検討したところ、短時間(1日8時間まで)の腹臥位は予後を改善しなかった。より重度の低酸素血症をきたしている症例を対象としてより長時間(1日20時間)の腹臥位の効果を検討したところ、やはり有効ではなかった。しかし、これらの研究のメタアナリシスではP/F<140のような重度低酸素血症においては生存率を改善するかもしれないという結果であった。このような背景のもと、Guerinらは重度ARDSを対象とし、少なくとも1日16時間という長時間の腹臥位換気の効果を多施設無作為化研究で検討した。PEEPはALVEOLI研究のLow PEEP群で用いられた表を参考にして設定し、一回換気量は理想体重当たり6mlで厳密に管理した。28日死亡率は腹臥位換気群で有意に低く(16% vs 32%)、抜管成功率が高かった。その腹臥位換気時間の平均値は17時間であった。
 人工呼吸器の有害作用を腹臥位換気と筋弛緩薬は減じることができるが、この両者を組み合わせると相乗的に作用して酸素化を改善し、人工呼吸管理期間を短縮し、最終予後を改善する。
 ベルリン定義によると、腹臥位は重度ARDSの急性期(肺水腫や無気肺が多く、リクルートメント可能な肺容量も大きい)において長時間行うべきとされる。酸素化が改善しない患者もいないわけではないが、VILIを減らすという利点があることを考えるべきである。技術的には難しい点もあるが、よく訓練されたチームで管理すれば、合併症に伴う不利益を腹臥位の利益が上回る。腹臥位を行う前には妊娠、不安定な骨折、Open abdomen、循環動態不安定などの禁忌がないことを評価すべきである。

✔ ECMO
 標準的には、上大静脈ないし下大静脈から脱血し、右房に送血するというVV回路で行われる。人工肺によって酸素化と換気が適正化されるため、人工呼吸器の設定を弱め、VILIを予防できる。当初、ECMOを用いても急性呼吸不全患者に利益があることを示すことができなかったが、1985年ころからいくつかの研究で死亡率を減らす可能性が報告されるようになった。しかし、無作為化研究で検討したものはCESAR試験しかない。この研究ではARDS患者はECMO管理ができる単施設に紹介され、通常治療群とECMO治療群に無作為に割り付けられた。ECMO中の人工呼吸器の設定は”Lung rest”の設定とされた。6か月後の生存率はECMO治療群で有意に高かった。ただし、通常治療群の呼吸器設定が厳密に標準化されておらず30%は肺保護換気の設定となっていなかったことや、全症例を熟練した単施設に転送しているという問題点が批判の対象となっている。よって、ECMOが通常治療に比べて優っていると断言はできない。にもかかわらず、その理論的背景からECMOは全世界で使用が増えている。まだ明らかなエビデンスとは言えないことに注意が必要である。例えば、スカンジナビアの臨床ガイドラインによると、ARDSに対する治療戦略にECMOは考慮されていない。
 限られた医療資源を適切に適用するため、SchmidtらはECMOによって生存できるかどうかを正確に予測するための因子を、2355人の大規模データベースを用いて抽出した。
 VILIはECMOによっても完全に予防はできないため、通常換気を行っている状態と同じように、腹臥位を組み合わせるべきである。ECMOと腹臥位の併用についてはデータがほとんどないが、KimmounらはARDSに対してECMO使用中に、24時間の腹臥位が合併症を増やすことなく酸素化を改善したことを報告している。
治療選択フローチャート(文献より引用)
◎ 私見
 より高度な管理方法について解説。筋弛緩薬は日本では難しいと思うが、根拠は全くないものの使いようによってはもしかしたら有用かもしれないとは思う(筋弛緩モニタを用いた軽度筋弛緩など)。腹臥位とECMOはどうか。気のせいかもしれないが、腹臥位をわき目にECMOに飛び付いてしまう人が多いような気がする。腹臥位は泥臭く、ECMOは洗練されているように感じるのかもしれないが、エビデンスの強度が違う。そういうところに真摯な態度をとれる人なら「ECMOをやるなら腹臥位ももっとやるべき」となるはずで、そうでなければちょっとどうなのかなと思ってしまう。

2016年6月22日水曜日

重症低酸素血症の治療戦略②

Severe hypoxemia: which strategy to choose.
Chiumello D, Brioni M.
Crit Care. 2016 Jun 3;20(1):132. PMID: 27255913

✔ 一回換気量
 VILI発生の規定因子には非生理的なストレス(圧)とストレイン(歪み)があるが、これは換気量と安静時の肺容量の両者の関係によって決まる。換気量が小さく安静時の肺容量が大きいほど、高炭酸ガス血症とは関係なく肺を傷害するストレスやストレインは小さくなる。ARMA研究によると、一貫換気量を理想体重当たり12mlに設定した群に比べて6mlに設定した群では死亡率が22%小さくなった。Cochraneのメタアナリシスによると、一貫換気量を大きくした場合に比べて、換気量を小さくしてプラトー圧を30㎝H2O以下にすると死亡率が低下することが示されている。その筆者らは、低一回換気量をARDSの換気設定のルーチンにすべきで、これ以上の研究は行われるべきではないと結論づけている。しかし、ARMA研究から20年経過し、鎮静薬や筋弛緩薬を増やす必要もなく臨床的にも安全であると証明されているにもかかわらず、低一回換気量がルーチンに用いられているとは言い難い状況が続いている。
 一回換気量は理想体重に基づいて決定されるが、理想体重は安静時肺容量とほとんど相関せず、同じような体格の患者を同じ換気量で換気しても異なるストレス/ストレインが生じることが分かっている。肺の含気と関係のある呼吸器系コンプライアンスと換気量から求められる換気駆動圧は、より正確にストレス/ストレインを反映する。Amatoらは換気駆動圧が最もARDSの予後と関係する因子であったことを報告している。つまり、換気駆動圧はVILIのリスクを勘案するにあたって有用なツールであるといえる。

✔ 人工呼吸のモード
 現在最もよく用いられる人工呼吸のモードは従圧式換気(PCV)と従量式換気(VCVである。PCVでは換気量は呼吸器系のパラメータで修飾され、流量パターンは漸減波となる。VCVでは換気量は一定となるが気道内圧は様々となり、流量パターンは矩形となる。PCVは漸減波の流量パターンであるとともに疾患の程度によって換気量が変化するため、VILI予防に有利であると考えられてきたが、PCVとVCVを比較したChackoらのメタアナリシスでは死亡率や圧損傷の頻度に有意差はなかった。
 自発呼吸のない強制換気に比べて自発呼吸のある補助換気では、鎮静レベルを減らし、呼吸金活動を維持し、より均質なガスの分布を期待できると考えられる。中等度ARDSを対象とした小規模なクロスオーバ研究では、PSV、PCV、NAVAにおいて換気量や肺にかかる圧は同等であったと報告されている。しかし、NIVと同様、重症ARDSに補助換気を不適切に用いると、経肺圧上昇や呼吸仕事量増加、浅く速い呼吸の出現によりVILIが増えてしまう。重症ARDSにおけるPSVやNAVAの意義を明らかにするにはさらなる研究が必要である。

✔ 酸素化と換気の目標
 酸素飽和度の目標値は88~95%と言われているが、実際にはより安全であろうという考えから96%以上の高い値が維持されていることが多い。このような管理方法の有用性を検証するために、PanwarらはARDS患者を酸素飽和度96%以上に維持する群と88~92%に維持する群とに無作為に振り分けて予後を検討したが、臓器不全数や予後には有意差がなかった。
 低一回換気量戦略を用いると高炭酸ガス血症となりうるが、大きな副作用もなく許容することができる。しかし、高炭酸ガス血症は吸気努力を増大させ、筋弛緩薬投与の独立した因子となる。適切な二酸化炭素分圧の値はよくわかっていないが、右心不全や頭蓋内圧上昇がなければ70㎜HgでpH 7.20までは安全であるといわれる。

◎ 私見
 ARDSの人工呼吸管理では自発吸気努力をどのように制御するのが良いのかが難しい。よい筋弛緩薬がないので鎮静薬を増やしたり鎮痛薬を増やしたりするのだが、血圧が低下したりゆっくりとした深呼吸になってしまったり。Amato先生はPEEPを増やして対処する方法を示していたけど、実臨床でうまくいったと感じたことはあまりない。やり方が悪いのかな?
 

2016年6月19日日曜日

重症低酸素血症の治療戦略①

Severe hypoxemia: which strategy to choose.
Chiumello D, Brioni M.
Crit Care. 2016 Jun 3;20(1):132. PMID: 27255913


✔ 背景
 ARDSはその診断の正確性を期するために診断基準の改定が数回行われているが、そもそもARDSの最も重要なポイントはシャントによる酸素投与抵抗性の低酸素血症である。重症低酸素血症には二つの閾値が提唱されているが(P/F<150 or 100)、どちらも死亡率は極めて高く(45%)、人工呼吸管理期間やVILIのリスクも高い。
 ベルリン定義において、ARDSは陽圧換気を要する炎症性肺水腫と定義されている。肺水腫(肺重量)の増加により静水圧が上昇して含気量が減少し、含気のない部位が背側に生じる。
 肺保護換気戦略と酸素投与量の調節を行うことでVILIを減らすことができるとされる。しかし、完全に安全な肺保護換気設定は存在せず、個々の患者の呼吸メカニクスやリクルート可能な部位の量、ガス交換能、血行動態に応じて最善と思われる方法を選択することになる。

✔ 非侵襲的換気
 肺内シャントを減らして呼吸仕事量も減らすが、ARDSにおいては失敗のリスクや侵襲的換気の遅れにつながる可能性があり、結論が出ていない。NIVを標準的な治療に加えることで気管挿管を避けることができるかどうかについては大規模な臨床研究が必要である。近年報告されたメタアナリシスの13研究を見てみると、気管挿管率は30~86%、死亡率は15~71%とばらつきが大きく、無作為化されておらず、対象が不均一であり、気管挿管との直接比較もなかったため、結論を出すことができない。失敗のリスクを考えると、肺以外の臓器不全がなく、ICUで緊密にモニタできる状況下でのみ選択するべきであろう。数時間施行してもガス交換や呼吸数が改善しない場合はNIVをやめて侵襲的換気を開始すべきである。
 NIVの代替手段としてHigh flow nasal cannula(HFNC)がある。HFNCは呼気終末の肺容量を増やし、呼吸仕事量を減らし、炭酸ガスの排泄を促進して酸素化も改善する。NIVとは異なり特別な(密着を要するような)インタフェイスを要さない点も特徴である。ARDSを対象とした研究ではHFNCを導入したものの40%は気管挿管に移行している。気管挿管の理由は、低酸素血症の進行、血行動態や意識レベルの悪化であった。この気管挿管率はAntonelliらのNIVをARDSに用いた研究の気管挿管率(46%)とほぼ同等である。現時点においては、HFNCとNIVと標準的な酸素投与法を比較した研究は一つだけある。気管挿管率に有意差はないものの、ICU死亡率はHFNC群で最も低かった。HFNCを使用する際の患者モニタリングは、現在のところNIVと同様である。

✔ PEEPと肺リクルートメント
 肺保護換気においてPEEPとリクルートメント手技(RM)は別々に議論されることが多いが、両者は密接に関係している。肺領域を解放してその状態を維持するためには、肺組織と胸壁によって生じる圧に打ち克たなければならない。肺をリクルートする方法には、Sigh(高一回換気量を間歇的に行う)、Sustained inflation(静的高気道内圧を20~40秒維持する)、Extended sigh(PEEPを階段状に上昇させる)などがある。その目的は、つぶれている肺領域を高い経肺圧を適切な時間適用することで再開放することである。RMは大部分の患者の酸素化を一定期間改善することができるが、RM単独では死亡率を減らすことができない。
 ここ数十年でPEEPの哲学は変化した。人工呼吸の歴史の始まりにおいては酸素化を改善する単純なツールであったものが、ここ数年で肺保護換気の枠組みにおいて、換気サイクル中の肺胞の開放・虚脱を避けて肺領域が不均質となるのを抑止するという役割を担うとみなされるようになった。肺水腫の程度によってリクルート可能な肺容量は0~70%と様々になる。患者移送とX線被曝の問題があるもののCTがその評価のゴールドスタンダードである。低線量プロトコルを用いた肺リクルートメントの視覚的評価は有用と思われる。さらに、CTによって約半数の患者の診断に寄与して治療方針を変えたとする報告もある。代替手段としては肺エコーの正確性が高いとされるが、さらなる研究が必要である。
 いくつかの実験的研究や観察研究では、ARDSに対して高PEEPが有用であることを報告しているものの、無作為化試験(ALVEOLI、EXPRESS、LOV)では低PEEPと高PEEPで予後に有意差は認められなかった。しかし、重症患者群(P/F<200)のみに対象を絞ってメタ解析すると、高PEEPは死亡率を減らすことが分かった。つまり、重症度が高い(肺水腫の程度が強い)ほどPEEPのVILI減少効果が大きくなることを示している。リクルート可能な領域が大きい患者でのみ高PEEPは肺胞開放・虚脱サイクルを抑制できるとする近年の観察研究結果とも合致する。しかし、Cressoniらは肺の開放を維持するPEEPレベルとリクルートメント可能な肺領域の程度とは関係がないことを示し、肺水腫の程度とリクルートメント効果との相関関係に疑義を呈している。これらのことを合わせて考えると、肺水腫の程度だけでなく、発症からの時間、病変の分布などにもリクルートメントの効果は影響を受けるといえるだろう。
 PEEPの調節にはいくつかの方法がある。一般的なのはPEEP/FIO2表を用いる方法である。他には、換気メカニクスに基づき、一回換気量を一定にして気道内圧が安全域を超えないように(26~28㎝H2O)PEEPを上昇させたり、RMの後にコンプライアンスを見ながらPEEPを減らす方法などがある。呼気終末の食道内圧が胸腔内圧を正確に反映するかどうかはよくわかっていないが、Talmorらは呼気終末の経肺圧が0~10㎝H2OとなるようにPEEPを設定すると、酸素化や肺コンプライアンスが改善することを報告している(絶対値法)。PEEPや一回換気量による食道内圧の変化から吸気終末の経肺圧を計算する方法もある(エラスタンス法)。Grassoらはこの方法を用いることで、通常の気道内圧を用いる方法に比べて酸素化を改善し、ECMOを避けることができたと報告している。しかし、この両者(絶対値法とエラスタンス法)を比較したところ、結果として得られた推奨PEEPの値にはばらつきが大きく、30%の症例ではPEEP変化の方向が逆になったとされている。
 ガス交換、換気メカニクス、経肺圧に基づくPEEP設定と、リクルートメント可能な肺領域の量、重症度を比較したところ、ガス交換を参考にする方法(LOV試験のFIO2/PEEP表)のみが重症度に応じたPEEP設定となった一方、ほかの方法(換気メカニクス、経肺圧を参考する方法)ではほぼ同等のPEEPレベルとなり、これは患者の重症度やリクルート可能な肺領域の量とは相関しなかった。興味深いのは、肥満患者においては肺の含気は非肥満患者に比べて小さいものの、リクルートメントの効果や胸壁エラスタンスはほぼ同等であったことである。
 現時点のデータを参照する限り、完璧なPEEP(酸素化、コンプライアンス、VILI減少効果が最大になるPEEP)は存在しないと言わざるを得ない。よって、急性期ではPEEPを決める前にARDSの重症度を層別化することから始める。これはPEEP 5㎝H2Oで淳酸素を用いて換気することで容易に行える。重度ARDSではリクルートメント可能な肺容量ををCTや肺エコーを用いて計算し、LOV試験のPEEP/FIO2表を用いて高PEEP(>15㎝H2O)を設定すべきである。一方、軽度~中等度ARDSでは10㎝H2O未満の低PEEPを安全に使用できる。 
 酸素化の改善は肺リクルートメントではなく血行動態への効果(心拍出量の減少や右左シャントの減少)によるかもしれない。PEEP設定を行う前に患者の血行動態を安定化しておくべきであり、評価中は血行動態の変動を最小限にすべきである。さらに、肺への過剰なストレスを避けるため、経肺圧をモニタすべきである。

◎ 私見
 ARDSに代表される重症低酸素血症に対する呼吸管理戦略について解説してある。自分は少なくともARDSに関してはNIVはあまり期待できないのではないかと思っている。ヘルメット型のインタフェイスがよいのではという報告はあるにはあるけれど。PEEPとリクルートメントについては、肺エコーと食道内圧に注目。食道内圧、測ってみたいな。

2016年6月16日木曜日

末梢循環の状態から臓器灌流を推測できるか

Changes in peripheral perfusion relate to visceral organ perfusion in early septic shock: A pilot study
Andreas Brunauer, et al 

J Crit Care 2016;35:105-109

✔ 背景
 重症敗血症・敗血症性ショックでは大循環のパラメータは微小循環の状態とほとんど相関しないことが知られている。末梢循環を評価する身体所見が臓器灌流と相関するかどうかを検討した
✔ 方法
 単施設前向きパイロット研究。連続した30例の重症敗血症・敗血症性ショックを対象とした。毛細血管再充満時間(CRT)、斑状皮膚スコア(Mottling score; MS)、触診で評価した末梢温(Peripheral temperature; PT)を入室24、48、72時間目に評価した。同時に、ドプラエコーを用いて肝臓、脾臓、腎臓、小腸の灌流をPerfusion index(PI)で評価した。
✔ 結果
 CRT、MS、PTは相互に強い相関を示した。同様に各臓器のPIも相互に強い相関を示した。CRTは小腸のPIと、MSは腎臓のPIと有意に相関したが、PTはどの臓器のPIとも相関しなかった。時間経過に伴う各末梢循環指標の推移と臓器PIの推移を比較したところ、CRTと肝臓・小腸のPIの推移が、また、MSと腎臓のPIの推移が有意に関連していたが、PTはやはりどの臓器とも関係しなかった。
✔ 結論
 CRTとMSは敗血症性ショック早期の臓器PIと相関する可能性がある。

◎ 私見
 パイロット研究なので結論は出せないが、身体所見で臓器の灌流状態を推測できるとするというのは興味深い。消化器の状態を知るために指を触り(CRT)、腎臓の状態を知るために脚を見る(MS)。末梢温は主観による「温かい」「冷たい」の2分類しかないので、このパイロット研究では有意差が出なかっただけの可能性もあり、今後の研究では何らかの有意義な所見となる可能性もある。ベッドサイドに行ったらまず手と足を触ることにしている(もちろん意識のある人では声もかけますが)自分としては、とても気になる研究でした。

2016年6月13日月曜日

輸液反応性はエビデンスに基づいているか

Is the concept of fluid responsiveness evidence-based?
Saleh AS.
Intensive Care Med. 2016 Jul;42(7):1187-8. PMID: 27143023

✔ 近年発表された二つのメタアナリシスで、MonnetらはPassive leg raising(PLR)は輸液反応性の正確な指標と報告し、EskesenらはCVPは輸液反応性を反映しないと報告している。ここ30年ほど全盛となっている輸液反応性は、輸液治療における聖杯(至高の目標)であり、モニタはこれを正確に評価できるかどうかという点において有用性を判定されてきた。しかし驚くべきことに、輸液反応性の生理学的前提を支持する臨床的エビデンスはない。
 前負荷と心拍出量に関するFrank-Starling曲線に基づき、輸液反応性は輸液負荷によって10~15%心拍出量が増加することと定義されている。しかし、そもそもFrankの原著では単離したカエルの単心室を用いた観察であり、一方、ヒトは二つのそれぞれ異なる特性を持った心室が様々な後負荷や収縮力をもって心拍出量が規定されている。つまり、様々な個人の様々な状況下における様々な心拍出量の変化の割合にどのような意義があるのかと考えなければならない。例えば、健康な脱水のないボランティアではPLRに対して、心拍出量変化のばらつきが大きく(-12%~19%)、10%以上心拍出量が増えたものは45%存在した(輸液反応性あり!)という報告がある。
 Monnetらの報告の”輸液負荷を行う唯一の理由は心拍出量を増やすことである”という序文には、近年のショック状態における大循環と微小循環の矛盾の観点から異議がある。輸液負荷によって微小循環が改善すれば、心拍出量の変化とは関係なく臓器灌流不全も改善すると報告されている。また全身の血行動態とは無関係に輸液が腎血流量を変化させることも報告されている。
 Eskesenらは”輸液過剰が死亡率を上昇させるため輸液反応性のある症例とない症例を明確に区別することは重要である”と述べている。注意すべきは、輸液反応性のない患者に輸液をすることは有害であっても、輸液反応性を利用することで輸液過剰を減らせたとする臨床的証拠はないことである。輸液負荷によって増加した心拍出量は90分後には元に戻る、という近年の報告からもわかる通り、心拍出量を増やしておくためには繰り返し輸液を負荷しなくてはならず、これにより輸液量は多くなる。FACTT研究の後ろ向き解析によると、無作為化の前までの水分バランスは4.5Lほどであり、23%の症例が輸液反応性ありと判定されていたが、輸液反応性の有無と予後には有意な関係はなかったとのことである。
 Monnetらの報告でもPLRや輸液反応性は生存率を有意に改善させていない。しかし、”これは診断学的ツールであり、予後を変化させないからといって有用ではないとは言えない”としている。これには賛成できない。診断的ツールを使おうとするとき、臨床医はその正確度だけを考えるのではなく、その臨床的有用性、使いやすさ、コストを考えるのである。臨床的有用性とは、診断的検査によって、患者予後を改善させるために引き続き行われる介入をどのように変化させればよいのかという情報が提供されることであり、輸液反応性においては輸液をするかしないかという点である。
 輸液反応性検査ではコストのかかる心拍出量測定機器や超音波検査の専門家が必要であり、どこでも利用できるわけではない。これをゴールドスタンダードとする前に乳酸クリアランスや輸液耐性、血圧などのような簡単な指標と比べて予後を改善するかどうかということを検証したエビデンスが必要である。

◎ 私見
 輸液反応性は大流行だが、臨床的に有用だとする証拠はまだそろっていないという意見。ちなみに、このCorrespondenceにはCVPに関するメタアナリシスを行ったEskessenらの論文の共著者であるPerner先生から返事があって、そこには「仰ることはごもっとも。でも、我々の研究はあくまで”輸液反応性”の文脈でのみ見てね」という趣旨のことが書いてある。

2016年6月10日金曜日

敗血症にはビタミンS(ステロイド)とビタミンC

"Vitamin S" (Steroids) and Vitamin C for the Treatment of Severe Sepsis and Septic Shock!
Marik PE.
Crit Care Med. 2016 Jun;44(6):1228-9. PMID: 27182850


✔ 重症敗血症や敗血症性ショックは免疫反応の不均衡によって起きると考えられている。NF-κβの過剰な活性化により”サイトカインの嵐”が敗血症早期で生じる。糖質コルチコイドは様々な遺伝的・非遺伝的機序を通じてNF-κβを抑制することから、内因性糖質コルチコイドによるNF-κβの調整がうまくいかなくなることで敗血症早期の免疫不均衡が生じると考えられる。コルチゾルの分泌不全(相対的副腎不全)や糖質コルチコイドに対する組織の反応性の低下が糖質コルチコイド活性低下の原因であると推測されており、Critical illness related corticosteroid insufficiency(CIRCI)という概念が提唱されるに至った(これをビタミンS欠乏ともいう)。CIRCIには様々な病態学的機序が関与している。敗血症性ショックにおいて、副腎細胞はACTHに対する反応性を失う可能性がある。IL10のような抗炎症サイトカインは副腎におけるステイロイド新生を抑制する。基質(高濃度リポ蛋白)の欠乏は不適切なコルチゾル新生を起こす。さらに、ACTH受容体の多型性によりストレスに対するコルチゾル反応性が低下する可能性もある。組織における糖質コルチコイド反応性低下は慢性炎症疾患ではよく知られた現象である。敗血症や急性肺障害のような急性疾患でも、糖質コルチコイド耐性を呈する可能性がある。糖質コルチコイド受容体(GR)の分子学的メカニズムの変化によりシグナル伝達や感受性が変化する。敗血症モデルを用いた研究で、BergquistらはGR-αの発現低下とGR複合体の核内以降を報告している。糖質コルチコイドの抗炎症作用は男性で強い。エストロゲンはGRのリン酸化を阻害して糖質コルチコイドの作用に拮抗すると考えられている。敗血症ではGRのβ-isoform(GR-β)の発現増加が報告されており、GR-βはコルチゾルと結合しないためGR-αに抑制的に作用すると考えられる。
 Cohenらは敗血症性ショックにおける糖質コルチコイド感受性を検討した。糖質コルチコイド感受性はin vitroでLPS刺激に対するサイトカイン産生能を測定することで評価した。健常者と敗血症患者で有意差はなかったものの、敗血症群で感受性のばらつきが大きくなっていた。また、感受性が特に低い患者で重症度が高く死亡率も高い傾向があった。GR-βや11β-HSD-2の発現は敗血症群で有意に高かったが、感受性とは相関しなかった。この研究では両群間に有意差を見いだせなかったわけだが、これは測定系の感度が低かったからかもしれない。糖質コルチコイドのNF-κβシグナル伝達に対する抑制作用を代替指標として用いている。GR標的遺伝子の発現を直接計測するほうがより正確だろう。しかし、この研究は敗血症のような急性炎症疾患の早期に糖質コルチコイド耐性が生じうることを示すものである。重要なのは、視床下部-下垂体-副腎の経路を評価する方法では、このような相対的副腎機能不全や糖質コルチコイド耐性を評価できないということである。
 実験モデルによる検討で、糖質コルチコイドを投与することで糖質コルチコイド耐性に打ち克つことができることが示されているが、これは時間依存性である。炎症促進反応や抗炎症反応の修飾を抑制することに加え、糖質コルチコイドはアドレナリン感受性を増加させ、内皮細胞の結合を回復し、グリコカリックスを維持するという点でも有益であると考えられる。
 敗血症におけるNF-κβのシグナル伝達を抑制するには糖質コルチコイド単独では不十分である。活性酸素種(ROS)もNF-κβの活性化に重要である。サイトカインやLPS刺激でROSは増加するが、抗酸化物質でこれを抑制できる。実験的研究や臨床研究で、大量ビタミンCがNF-κβ活性を抑制し、炎症マーカを減少し、臓器不全も減らすことが知られている。糖質コルチコイドと同様、ビタミンCも内因性ノルアドレナリンやバゾプレシン産生を増加することで血管作動薬の反応性を増加させる。糖質コルチコイドはNa依存性ビタミンC輸送体を増加させて細胞のビタミンC取り込みを増やすので、両者は相乗的に作用すると考えられる。ビタミンCを内服させることでぜんそく患者のステロイド必要量を減らすことができるという報告もある。重症敗血症ないし敗血症性ショックにおいてはステロイド(ビタミンS)とビタミンCを早期に投与することが有用であると考えられる。これを検証するための臨床研究が必要である。

◎ 私見
 NF-κβからみたステロイドとビタミンCの可能性を論じたもの。Marik先生らしい文章。ビタミンCか・・・。ClinicalTrilals.govをみると、いくつかのRCTが予定されている様子。
 「より重症の敗血症ではこのようなアプローチが有用となりうる」、つまり重症度による層別化の考え方と、「従来の方法では副腎機能不全を評価することにはなりえない」という点は重要。特に重症度による層別化は、今後重要になってくるのではないかと思っている。

2016年6月7日火曜日

このAKIに腎代替療法は必要?

Does this patient with AKI need RRT?
Schetz M, Forni LG, Joannidis M.
Intensive Care Med. 2016 Jul;42(7):1155-8. PMID: 26690077


✔ 症例
右上葉切除術後5日目の65歳の患者が乏尿+低血圧となりICUに入室した(0.17ml/kg/hr×24hrs、AKI stage 3)。クレアチニンはベースラインである1.36㎎/dlから3.78mg/dlに上昇(AKI stage 2)。イレウスとなり嘔吐している。CRPが上昇したので抗菌薬が投与されている。術後の内服薬はACE阻害薬、NSAIDsである。ICU入室後に輸液を投与し、ノルアドレナリン(0.15㎎/kg/min)と広域抗菌薬を投与した。翌朝、クレアチニンは4.53㎎/dl(AKI stage 3)となっており、尿量は過去12時間が0.1ml/kg/hと減少しており、輸液バランスはプラス3300mlとなっていた。動脈血液ガスではpH 7.39、PaO2 87、Bicarbonate 25、K 3.9、Urea 128であった。酸素2Lを吸入し呼吸数は20回、胸部X線写真で両側に浸潤影と切除した部位に胸水を認めている。この患者に腎代替療法(RRT)は必要か?

1.RRTを直ちに開始すべき絶対的な適応があるか? 
 一般的に受け入れられている緊急RRTの古典的適応は、輸液過剰、電解質・酸塩基平衡異常、重症尿毒症(脳症や心外膜炎合併例)であるが、これらの閾値は決まっていない。本症例ではこれらの適応は生じていない。

2.古典的適応が生じるまで待つべきか/早期にRRTを始めることで予後が改善するか?
 過去15年間で3つの小規模なRCTが行われており、死亡率には有意差はないものの適応を待った方が最終的なRRTを17~37%で避けることができたとしている。遅く始める群で実際に古典的適応が生じたのは1/3に過ぎなかった。観察研究では古典的適応が生じてからRRTを始めたほうが予後が良いとするものと、全く反対の結果を示したものがある。いくつかの観察研究は後ろ向きの定義を用いており、これは実際にRRTを開始した根拠とは言えないが、大部分は早期開始の有用性を示している。しかし、これらの研究はバイアスが大きいことに注意しなくてはならない。すなわち、RRTを用いない対照群が存在せず、多くの症例(特に早期群)で不必要なRRTを受ける可能性があることである。近年のRRTを要さなかった患者を含めた研究では傾向分析スコアを用いた解析でRRTは予後を悪化させることを示した。VaaraらはPre-emptive RRTの有用性を報告しているが、傾向スコアでマッチさせることのできた省令は非常に少なかった。

3.敗血症はRRTを早く始める理由になるか?
 理論的にはRRTは炎症性メディエータを除去することができるため、敗血症は早期RRTの適応となりえると考える医師もいる。しかし、臨床データの裏付けはない。重症敗血症を対象にCVVHと標準的治療を比較したRCTではCVVH群で予後が悪化した。

4.全体的管理の助け(臓器支持療法の考え方)となるか?
 もしくは、RRTをしないことで、例えば経腸栄養や薬剤/抗菌薬投与が輸液過剰のために適切に行えなくなるかと考えればわかりやすい。実際、利尿薬に反応しない乏尿を呈している場合、輸液過剰がしばしばRRTの適応となっている。輸液過剰と予後悪化の関係は疑いようがないのに対し、両者の因果関係まではまだわかっていない。早期RRTによる輸液過剰の予防ないし改善の有用性を証明した前向き研究は存在しておらず、重症患者で早期から水分量を管理することの有用性は不明である。しかし、ある患者群(ARDSやうっ血性心不全)では水分管理によって輸液過剰を避けることが有用であると報告されている。腎機能改善を見込めるかということ以外にも、輸液過剰に対する耐用性も重要な因子であると考えられる。

5.腎機能改善が見込めるか?
 AKIの早期でRRTが必要となるかどうかは予測できないが、ループ利尿薬への反応をみることはバイオマーカよりは有用かもしれない。実臨床においては腎機能の推移や腎臓以外の因子(重症度、疾患改善までの時間)が非常に有用である。

6.不必要なRRTによる有害性とRRTが遅れることによる有害性の比較
 まず害を与えないこと。AKIは独立した予後悪化予測因子であるという事実が早期RRT開始が予後に影響するのではないかという考え方を助長している。AKIは全身性に多くの影響を及ぼしているが、RRTはその一部しか補正しない。RRTを積極的に行っても予後は改善せず不必要なRRTを害悪を与えることなく行うこともできない。RRTは低血圧を起こしうるし、必要な基質(栄養や薬剤)を除去し、電解質バランスを変化させて不整脈の原因となり、抗凝固薬による出血、不均衡症候群、感染症、機械的合併症、低体温、生体不適合、輸液バランスの間違い、コストなどが問題となる。

7.無益な治療となるのであればRRTは行わない


✔ 症例のその後
 本症例は病前の状態は健康であった。手術は治療的なものであったため、RRTを始めることは適当である(治療の差し控えを考えなければいけない状態ではない、ということ)。古典的適応は生じていないが、乏尿であり、酸素化は正常である。最近まで腎機能を悪化させうる薬剤(NSAIDs、ACE-I)を内服しており、このAKIは少なくとも部分的には輸液反応性がありそうである(イレウスと嘔吐)。結局、RRTは開始しなかった。翌日、クレアチニンは5.2まで上昇したがその後は改善した。

◎ 私見
 RRTを始めるかどうかを考えるとき、どんなポイントを押さえておけばよいのかということが示されている。症例ベースなので、研修医とディスカッションするのにも使えそう。
 RRT開始のタイミングに関する研究(AKIKI; NEJM、ELAIN; JAMA)が発表され、敗血症性ショックを対象としたIDEAL-ICU studyも進行中。いまのところはNEJMに掲載されたAKIKIがもっとも信用できそう。

2016年6月4日土曜日

敗血症性DICにATⅢは無効か

Is antithrombin III for sepsis-associated disseminated intravascular coagulation really ineffective?
Iba T, Thachil J.
Intensive Care Med. 2016 Jul;42(7):1193-4. PMID: 27143022


✔ Allingstrupらは重症患者に対するATⅢの効果に関するシステマチックレビューを報告した。彼らは敗血症だけでなく、敗血症性DICにも的を絞っている。バイアスの小さい4つのRCTを用いたメタアナリシスでATⅢは敗血症ならびに敗血症性DICの予後を改善しないと結論づけた。一方、Umemuraらは同様のメタアナリシスを3つのRCTで行い、ATⅢが死亡率を有意に減らすと結論づけている。なぜこのような違いが生じるのだろうか。両分析に含まれる最も大きな臨床研究はKyberSept試験である。Allingstrupらはこの研究の全症例を解析したが、UmemuraらはDICを合併しヘパリンを投与されていないものを抽出している。Kienastらの報告によるとKyberSeptに参加した2314例のうち、563例がヘパリンを使用しておらず、このうち40.7%(229例)がDICを合併していたと信頼するに足るデータがある。確かに無作為化されているとは言えないが、114例がATⅢを投与され、115例がプラセボを投与されており、ATⅢを投与された群のほうが死亡率が低かった(22.2% vs 40.0%、P<0.01)。
 出血はDICをもともと合併していない症例においてATⅢ製剤を投与された群で有意に多かった(9.8% vs 3.1%)が、DICを合併している症例においては両群間に有意差はなかった。Tagamiらは日本における大規模データベースを利用した研究で、ATⅢの低用量投与が28日死亡率を有意に下げることを報告している。このような研究は実臨床におけるATⅢの効果を真に示すものではないかと考えられる。敗血症性DICにおけるATⅢ製剤の効果については結論はだせず、大規模なRCTが必要である。

◎ 私見
 臨床研究やReviewだけでなく、EditorialやCorrespondeceも読むようにしている。今回は、ATⅢ製剤に関するAllingstrupらのメタアナリシスに対するコメント。
 自分は「ATⅢは足りなければ補う」というスタンス。凝固と炎症は密接にかかわっている(というより、コインの表と裏の関係)なので、凝固に作用する薬剤は炎症にも何らかの作用を及ぼすと考えるのが自然だと思っているが、かといって無闇に投与するのも考えもの。
 薬剤を投与する場合、①重症度/緊急度を加味した適応、②タイミング、③投与方法/投与量、④効果判定、⑤合併症/相互作用、⑥コストといった点を考えなければならない。DIC治療薬とされる薬剤では、①、②、③、⑤のあたりがまだ整理されていないと感じている。

2016年6月1日水曜日

β遮断すべきか否か

To beta block or not to beta block; that is the question.
Ince C.
Crit Care. 2015 Sep 24;19(1):339. PMID: 26400614


✔ 敗血症は管理が難しいが、これはその病態生理が完全には解明されていないからである。敗血症は過剰な炎症とそれに引き続く心血管系の異常により細胞機能が低下し、臓器不全に陥るという特徴がある。病因は速やかに変化していくだけでなく、通常のモニタでは微小循環や細胞の状態を知ることはできず全身の血行動態を評価するにすぎないため、状態を把握することが困難である。新しいモニタが開発されれば、新しい治療を探索することの助けになるだろう。

 Jacquet-Lagrezeらは敗血症モデルを用いた研究で短時間作用型のβ遮断薬であるエスモロールが舌下ないし腸管の微小循環を改善することを示した。心拍数減少とアドレナリン過剰による弊害を遮断するという理論的背景があるが、どのようなメカニズムで利益をもたらしたのかという点がはっきりしない。Morelliらは血行動態や炎症、代謝、凝固などに様々な効果があるのではないかとしている。β遮断薬のもっとも明らかな利点は心拍数を減らして拡張期時間を延ばし、一回拍出量を維持ないし改善することである。しかし、多くの研究が心拍数減少効果を示しているにもかかわらず、心血管系に与える効果に関しては結果が一貫していない。Morelliらは心拍数が減少した患者では一回拍出量が増加したと考えられることを報告した。しかし、引き続いて行われた研究では舌下微小循環は改善しているものの一回拍出量は増えていないという結果であった。Aboabらは敗血症モデルを用いた研究で、エスモロールは一回拍出量の増加と心拍数の減少をもたらすことを示した。しかし、Jacquet-Lagrezeらの研究では心拍数減少効果が見られたにもかかわらず一回拍出量は増えていない。つまり、エスモロールが敗血症患者の血行動態にどのような影響を与えるのかはよくわからないといえそうである。しかし、重症患者にみられる頻脈は予後を悪化させるため、β遮断薬などでこれを減らすことには魅力がある。実際、530人のICU患者を対象とした多施設国際研究では頻脈は単独で最も感度の高い予後悪化予測因子であった。頻脈に加えて微小循環障害の兆候がある場合は、さらに80%予後が悪化した。
 Jacquet-Lagrezeらの研究では敗血症モデルを肺動脈圧を指標として菌を注入することで作成している。この方法では体血圧や代謝のパラメータをほとんど変えないため、正常血圧の敗血症モデルということになる。このような正常な体血圧と血行動態パラメータを示しつつ舌下微小循環障害と腸管循環障害を呈する状況は、いくつかの臨床研究でも実際にあり得ることが示されており、合併症や死亡率が高くなることも報告されている。エスモロールがわずかながらも微小循環を改善することは示されたが、正常になっているわけではない。血行動態パラメータが正常範囲内で心拍数を減らしても微小循環が改善するわけではないことが示唆されている。にもかかわらず、「エスモロールは循環に負の効果をもたらすが微小循環を維持する」と結論づけているのは驚きである。エスモロールは心拍数を減らすが、微小循環障害を伴う正常血圧の敗血症モデルでは有益性を証明できなかったするべきではないか。腸管循環に関してもそうである。有意ではないものの腸管の微小循環が改善する傾向があったとしているが、血流の再分布で説明ができる。腸間膜動脈の血流を計測すればよい。エスモロール群でミルリノンの使用が多いことでも説明できる。ミルリノンを除外して検討すべきである。調査されてはいないが、腸管微小循環の改善傾向はエスモロールの抗炎症効果によるものかもしれない。また、舌下微小循環が改善しきっていない点は、これが予後悪化の因子であることを鑑みると、この敗血症モデルの最終的な予後は心配であると言わざるを得ない。ではあるものの、敗血症においてβ遮断を行うことが有用かどうかはまだわからない。

◎ 私見
 Jacquet-Lagrezeらの研究に対する厳しめのコメント。β遮断薬は魅力的な薬剤だが、いったい何が真に有益な効果をもたらしているのかがわからないのが問題。心拍数だけでは説明がつかないとは言えそうだが。なので、現時点ではいわゆる「敗血症」に投与するのは適当ではないだろう。ある特定の状況下(たとえば頻脈や高炎症状態)で効果を測定するような研究が必要なのだと思う。