2016年4月2日土曜日

敗血症性ショックのバイタルサインの調節

Manipulating vital signs in septic shock: which one(s) and how?
Laupland KB, van der Jagt M.
Intensive Care Med. 2015 Nov;41(11):1999-2001. PMID: 26359164

✔ 重症患者の体温上昇と予後の関係は複雑である。神経障害患者においては発熱をコントロールすることの有用性が知られている。また、発熱を抑えて代謝需要を減らすことが有用かもしれない。しかし一方で、発熱は感染に対する防御反応であり、これを抑制すべきではないという意見もある。
 Schortgenらは敗血症性ショックに対するRCTで、発熱を許容した群と対外冷却で調節した群を比較した。それによると、対外冷却はプライマリアウトカムである昇圧剤使用量を減らしただけでなく14日死亡率も優位に減少させたとしている。彼らは二次解析で、心拍数の死亡率に対する影響を調査した。これはβ遮断薬エスモロールによる心拍数コントロール(<95)が敗血症性ショック患者の死亡率を下げたというオープンラベル試験の結果に基づくものである。二次解析の結果、体温コントロールによる死亡率減少効果は心拍数コントロールに媒介されるものではなかった。つまり、発熱そのものが敗血症性ショックにとっては有害であり、コントロールすべきものであるということになる。しかし、考えておかなくてはならないことがいくつかある。
 Schortgenらの最初の報告は説得力があるが、敗血症性患者の発熱を治療することが有益であると結論付けることはできない。何百、何千人もの患者を対象とした観察研究の結果は全く異なる結果を示している。また、今のところ、神経学的に正常な重症患者に対する発熱コントロール療法を調べた多くの研究で有益性を示したものは無い。さらに、敗血症性ショック患者の死亡率を減らしたとする多くの小規模研究の結果が、後の大規模研究では軒並み否定されていることを思い出すべきである。
 Schortgenらの研究を評価する際にもうひとつ重要なのは、心拍数に対する影響のあるなしにかかわらずβ遮断薬を使用したことによる予後への影響がはっきりしていないことが挙げられる。Morelliら(エスモロールの敗血症性ショックに対する有益性を報告)も発熱のコントロールに関しては言及していない。Schortgenらの研究では体温コントロールの有益性は心拍数コントロールとは無関係であるとしているが、体温とβ遮断の真の効果については不明なままである。Factorial RCTが必要である。
 さらに、より一般的なことではあるが、体温や心拍数が上昇したり減少したりした場合に、放っておいてもよいと考えられる有益な代償性機序によるものと、集中治療医が調節すべき非代償性の変化とを区別することが大切である。ただし、背景疾患や関連する臓器機能や生理学的予備力の大きさなどの状況によるため、非代償と代償を区別することは難しい。また、個々の症例間でも異なるし、個人の中でも時間によっては異なる。代償性心不全の低血圧は外来治療でよいが、心原性ショックの低血圧は治療が必要である、などの例を挙げるまでもないだろう。理論的には、臨床研究には生理学的代償機序を示している患者と非代償を呈している患者が含まれるので、お仕着せの治療になってしまう可能性がある。
 集中治療においてバイタルサイン(’血圧、呼吸数、心拍数、体温)をコントロールすることは重要である。なのに敗血症性ショックの患者の予後に対するバイタルサイン調節の効果を調べた研究は非常に限られているので、失望させられるのである。そういう研究がないのは、複雑な重症患者の死亡率に影響を与えるには、あるひとつのバイタルサインを調節するというのは単純に過ぎると考えてしまうからかもしれない。発熱や頻脈を調節することが予後を変えるのか、まだわかっていないと考えるべきである。
バイタルサインの代償・非代償(文献より引用)
◎ 私見
 Schortgenらの報告をもとに、敗血症性ショック患者を冷やしてみてはどうかという意見が出たことがあるが、きっぱり断った。これに限らず、ひとつの研究で臨床を急に変化させるのは危険だろう。重症なのだから可能性のあるものはどんどんやるべき、という意見はわからないではないが、有害かもしれない可能性について目をつぶるのは正当な態度ではないと思う。実際、Schortgenらの報告でも短期の死亡率は変えたが、冷却群で新規感染症併発が増えたりしているし。
 体温は難しい。いまでも悩んでしまう。さらに研究結果が集積されるまでは「ベッドサイドで常に悩む」が正しい態度なのではないだろうか。

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