2015年12月28日月曜日

腹臥位と筋弛緩薬は重症ARDSの標準治療となり得るか:We are not sure

Prone positioning and neuromuscular blocking agents are part of standard care in severe ARDS patients: we are not sure.
Gattinoni L, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2015 Dec;41(12):2201-3. PMID: 26399892


✔ 過去にARDSの予後を改善することが証明された研究は低一回換気量、腹臥位、筋弛緩薬の三つだけである。機序は若干異なるが最終的には人工呼吸管理に伴う有害事象を減らすことで予後を改善することが共通している。
✔ 腹臥位
 腹臥位の有益性は酸素化の改善である。腹臥位にすることで背側肺が大きくリクルートされ、腹側肺の容量減少を凌駕する。もし換気も改善するのなら予後はもっと良くなるだろう。腹臥位の最も重要な点は解剖学的な観点から、肺全体が均等に換気されるようになり、物理的なストレスが減少するという点である。
 初期の無作為化試験は重症度に関わらずARDSを対象とし、1日6時間の腹臥位としたためか有効な結果では無かった。Guerinらはより重症のARDSのみを対象としてより良い結果を報告した。
 腹臥位の利益をうけるためにはリクルート可能な肺組織が存在し、換気不均等が生じていることが必須である。この点は重症ARDSの特徴でもある。よって長時間の腹臥位換気はP/F<150で考慮ないし試験的に適用してP/F<100では積極的に行うことになるが、腹臥位が有用なARDSの条件となると未だはっきりしていない。
✔ 筋弛緩薬
 筋弛緩薬は酸素化を改善し、酸素消費量を減らすことで換気必要量を減らし、混合静脈血酸素量を増やし、PEEPに対するリクルートメント効果を増強することができる。ARDSで吸気努力が強いときは非同調を減らして機械的合併症を減らす事ができる。過去25年間は筋障害や気道分泌物クリアランスの低下の悪影響が懸念されているうえに自発呼吸をのこす事の有益性が報告されて、筋弛緩薬は使われなくなった。それゆえPapazianらの報告(ACURASYS)は驚きを持って迎えられた。
 いくつかの点が議論になっている。まず、酸素化が極めて悪い群にのみ予後改善効果が認められている。また、高PEEPが有用と考えられる重症ARDSを対象としているにもかかわらず低めのPEEPが使用されている。シスアトラクリウムを投与するのは最初の48時間だけであるにもかかわらず死亡率に差が生じるのはかなり後になってからである。また、予後について確定的なことを言うにはアンダーパワーである、といった点である。興味深いことに、両群間の分時換気量には有意差が無く、呼吸努力を減らす事が予後改善の要因ではないようである。シスアトラクリウムは他の筋弛緩薬(ステロイド骨格を持つ)に比べて安全である、という点も重要である。
 我々は筋弛緩薬を標準的治療とはみなしていない。しかし、重症で呼吸器との非同調が著しく低酸素が継続しているような症例では使用できるかもしれない。
✔ 結論
 腹臥位と筋弛緩薬は重症ARDS患者の一部で適応となりえる。ただし、腹臥位は実験的にも臨床的にも標準的治療に加えることに異論はないが、筋弛緩薬はそこまでではない。腹臥位は長時間の適用が望ましい。筋弛緩薬は鎮静を強めても過剰な吸気努力が生じている(食道内圧計等で評価)で使用を考慮する。

◎ 私見
 Gattinoni先生の中立意見。というか、腹臥位はいいけど筋弛緩薬はそれほどでもという感じ。自分の意見はこの意見に近い。腹臥位が有用な条件…。CTは難しいから肺エコーで評価できるといいのかなあ。

2015年12月26日土曜日

腹臥位と筋弛緩薬は重症ARDSの標準治療となり得るか:NO

Prone positioning and neuromuscular blocking agents are part of standard care in severe ARDS patients: no.
Ferguson ND, Thompson BT.
Intensive Care Med. 2015 Dec;41(12):2198-200. PMID: 26399891


✔ ”標準的治療”とうい言葉の定義は使われる文脈によって異なるものである。我々は最良の治療という意味において腹臥位や筋弛緩薬を”標準的治療”として考えることができるかどうかを論じる。
✔ 腹臥位は三十年以上研究され、酸素化を改善するが一つの例外を除き死亡率を変えないとされてきた。しかし、メタアナリシスで特に重症なARDSに長時間適用することで予後が改善する可能性が指摘れたため、Guerinらは重症ARDSのみを対象として1日17時間という長い時間腹臥位を行うことの有用性を検証した。酸素化が改善し(肺リクルートメントを反映していると考えられる)、死亡率が減少した(肺保護効果を反映していると考えられる)。この結果をもとに標準的治療として腹臥位を導入できるかと言われると、そうではないと考える。
 まず、より高いPEEPが中等症~重症ARDSの予後を改善する可能性があるにもかかわらず、PROSEVAでは低いPEEPが使用されている。つまり、高PEEPによる標準的管理に比較して腹臥位が優れているかどうかが判明していない。また、経験のない施設で腹臥位を行うことの危険性を検証した試験もない。高PEEP・低一回換気量で管理した群との比較試験が行われるまでは重症ARDS患者の初期管理に腹臥位は行わない。高PEEPでリクルートメントが進まない(酸素化が改善しない)場合はPROSEVAで検証されたような低PEEP・腹臥位での管理で管理する。経験のない施設ではスタッフの訓練を行ってから導入すべきである。
✔ 同様の状況が筋弛緩薬に関しても存在する。筋弛緩薬の有用性は人工呼吸器との同調性の改善に依っている。自発呼吸のあるARDS患者は強い吸気努力を呈している事があり、目標とする一回換気量よりも大きい呼吸を頻回に行ってしまい、非同調からVolutraumaやBiotraumaを起こしてしまう。
 2010年にフランスのグループから筋弛緩薬のシスアトラクリウムがARDSの予後を改善するというACURASYS研究が報告された。しかし、この研究結果はいくつかの点で限界がある。まず、死亡率減少についてはベースラインをアジャストして初めて有意差がでており、筆者ら自身がアンダーパワーの可能性について言及している。次に、筋弛緩薬の副作用である筋障害について感度の低い評価方法を用い、過小評価している可能性がある。また、介入群と対照群両方とも高用量の鎮静薬を使用しており、長期間の機能的・神経学的予後を悪化させている可能性がある。つまり、高PEEPで鎮静薬を減らして行う通常の管理と比べて筋弛緩薬が優れているかどうかは判明していない。
✔ 腹臥位も筋弛緩薬も将来性のある治療ではあるがその意義はまだはっきりしていない。

◎ 私見
 トロントのFerguson先生からの意見。最初のパラグラフで「標準的治療」って何?という定義について述べた後に舌鋒鋭くPROSEVAやACURASYSの問題点を指摘していく。ここで挙げられている「高PEEP+低一回換気量+浅鎮静を対照群とした比較がなされていない」という視点は大切だと思う。

2015年12月22日火曜日

腹臥位と筋弛緩薬は重症ARDSの標準治療となり得るか:YES

Prone positioning and neuromuscular blocking agents are part of standard care in severe ARDS patients: yes.
Guérin C, Mancebo J.
Intensive Care Med. 2015 Dec;41(12):2195-7. PMID: 26399890


✔ ベルリン定義策定に関わった専門家により、酸素化の程度に応じた治療戦略が勧められている。低一回換気量戦略は重症度に関わらず適用し、PEEPは重症度に応じて高くする。専門家は重症ARDSでは腹臥位や筋弛緩薬を勧めている。腹臥位の推奨はいくつかのメタアナリシスと、近年行われた多施設無作為化試験であるPROSEVA trialに基づいている。筋弛緩薬の推奨は無作為化試験であるACURASYS trialに基づいている。
✔ 腹臥位と筋弛緩薬が重症ARDSの標準的治療となり得る理由は病態生理、臨床的有用性、安全性の3点から説明される。腹臥位も筋弛緩薬も侵襲的人工呼吸管理における安全なガス交換を達成し、人工呼吸関連肺障害を予防することを目的として行われる介入である。腹臥位では仰臥位に比べて経肺圧と換気が全肺に均等に分布するようになる。肺の過伸展が最小となり、肺容量は大きくなり、BiotraumaやVILIが減少する。筋弛緩薬は呼吸筋を休ませることで部分的な経肺圧増大を抑え、VolutraumaやBiotraumaを減らす。実際、ACURASYSでは筋弛緩薬投与群で有意に気胸が少なくなっており、また、肺の炎症の程度が低くなったとする研究報告も存在する。筋弛緩薬によって危険な呼吸同調(リバーストリガー)も抑制できる。リバーストリガーは肺を過膨張させてしまうので有害である。自発呼吸で生じるPendellufut現象、ダブルトリガーや二段吸気も抑制できる。吸気努力を抑制することで横隔膜損傷も抑止できる。
✔ ARDSの換気戦略のうち、有益であると証明されているのは低一回換気量、腹臥位、筋弛緩薬だけである。しかし、これらの介入はARDSの原因疾患の臨床経過に影響を与えるものではない。これらの介入が有効であるという臨床研究の結果は人工呼吸に伴う有害な作用を抑えることができたから得られたと解釈すべきである。
✔ ACURASYSとPROSEVAの対象患者はどのように選択されていたのだろうか。両試験共に対照群の死亡率が33%前後と同等であった。ARDSと確定されてから介入が行われる時間はACURASYSが16時間であったのに対し、PROSEVAでは32時間であった。ACURASYSでは筋弛緩薬は48時間投与され、PROSEVAでは1日17時間腹臥位を継続していた。
✔ 腹臥位ではさらに循環にもよい影響がある。酸素化が改善してPEEPを減らす事ができれば右心系への負荷を軽減し、ARDSで約50%に起きると言われる肺性心を予防できる。また、前負荷が保たれていれば、腹臥位にすることで心拍出量が増加すると言われている。
✔ 上述の利益は危険性や安全性の問題とバランスがとれているだろうか? 腹臥位については静脈ライン事故抜去や気管チューブの位置異常が考えられる。PROSEVAでは経験豊かなセンターで施行されたこともあってほとんど合併症が起きていない。腹臥位は経験のあるスタッフによって行われれば安全だろう。筋弛緩薬についてはICU acquired neuromuscular weakness(ICUAW)が問題だが、これは喘息患者にステロイドと同時に投与した際に生じたという報告が元になっている事に注意が必要である。ACURASYSでもかなりの数の患者にステロイドが使用されているが筋力低下は対照群と同等であった。
✔ 重症ARDSに対する腹臥位の有用性は再現性を持って報告されており、十分に証明されていると言える。筋弛緩薬のデータはそれほどでもないかもしれないが腹臥位と組み合わせて使用することが病態生理学的観点から有用であろうと思われる。
腹臥位と筋弛緩薬の利点欠点(文献より引用)
◎ 私見
 腹臥位と筋弛緩薬に関するPro-Con。PROSEVAのGuerin先生の意見。ということで腹臥位推しでついでに筋弛緩薬もいいのでは、という論調。
 腹臥位については「経験のある施設ならば」という但し書きが曲者。たくさんやってコツのつかめているところなら合併症が少なくなるのは当然だと思うし。「経験」ってなんでしょう。「やったことない」から「経験豊か」の間にはいくつもの段階があると思うのだけど、どのあたりから安全になるのでしょう。

2015年12月19日土曜日

アシネトバクターはなぜ問題か

Why is Acinetobacter baumannii a problem for critically ill patients?
Kollef MH, Niederman MS.
Intensive Care Med. 2015 Oct 16. PMID: 26474995


✔ 初期治療として投与された抗菌薬が起炎菌をカバーしていないと死亡率が倍になるという報告がなされたのは2000年である。ICUにおいても同様の結果を示した追試がなされた。さらに、抗菌薬投与のタイミングが遅れると死亡率が増えるだけでなく在院日数も増加することも示されている。したがって、できるだけ早期に広域の抗菌薬を投与したうえで起炎菌と感受性判明後に狭域化することになる。しかし、耐性菌の蔓延とともに初期抗菌薬治療の失敗は増えており、特にAcinetobacter baumannii(AB)、Pseudomonas aeruginosa、Carbapenemase-producing Enterobacteriaceaeなどのグラム陰性桿菌が問題である。
✔ ABのカルバペネム耐性は個々10年で倍に、また唯一感受性があることの多いコリスチンへの耐性も2.8%から6.9%まで増えている。さらに多剤耐性ABの検出率も21.4%から35.2%に増加している。多剤耐性ABは介護施設入所患者からの検出が最多で約半数を占め、以下、一般病棟、ICU、外来と続く。
✔ 多剤耐性ABによる治療失敗(抗菌薬のカバーから外れてしまう状態)は死亡の強い危険因子である。どうすれば患者を守ることができるであろうか。まず大切なのは、徹底的に感染防御手技を行うことである。多剤耐性ABの伝播において重要なのは感染源コントロールと宿主因子である。感染源コントロールのために環境や備品を洗浄し、手洗いを徹底し、患者を清潔に保つ。例えばクロルヘキシジン清拭により多剤耐性ABの感染が減ったという報告がある。宿主因子については免疫抑制状態や血液浄化療法、人工呼吸器使用などといった危険因子をできるだけ取り除くことであるが、当然ながらこれは非常に難しい。
✔ 有効な治療が無いことが多剤耐性AB感染の管理を難しくしている。コリスチンが重要であり、これを基本としていくつかの抗菌薬(リファンピシン、カルバペネム、スルバクタム、テトラサイクリンなど)を組み合わせて使用する方法が有効であると報告されている。しかし、まだ結論は出ておらず、コリスチンによる腎障害が問題となる。肺炎ではコリスチン吸入が有効である。新規薬剤もいくつか作られている。エラバサイクリンなどである。しかし、新規薬剤を盲目的に使うのではなく、不必要な抗菌薬の使用を減らす体制作り(スチュワードシップなど)がまずは大切である。
アシネトバクター感染症に対する抗菌薬(文献より引用)
◎ 私見
 いまのところ多剤耐性アシネトバクターに悩まされる状況にはないが、すぐそこにある危機と考えなくてはならないだろう。薬剤に頼るだけでなく、標準予防策が極めて重要であることは論をまたない。しかし、そこが実は一番大変なことも事実。特にOpen ICUで様々な科のスタッフが関わるうえに、医師の異動が半年に1回あったりする大学病院とかだとルールの徹底がなされなかったりで…

2015年12月14日月曜日

敗血症と乳酸アシドーシス③

Lactic acidosis in sepsis: It's not all anaerobic. Implications for diagnosis and management.
Suetrong B, Walley KR.
Chest. 2015 Sep 17. doi: 10.1378/chest.15-1703. PMID: 26378980

✔ 乳酸の臨床応用
1.いつどのように計測するのか
 アニオンギャップが増大していれば乳酸アシドーシスが存在する可能性があるが、アニオンギャップが正常だからと言って乳酸アシドーシスが無いとは言えない。逆に乳酸アシドーシスが存在している時も、他のアニオンギャップを増大させる原因が隠れていないかどうかを探すべきである。多くの場合、静脈血乳酸値は動脈血乳酸値より若干高値であるが、その相関は強い。よって、動脈血と静脈血、どちらも評価に耐えうる。長時間血液サンプルを放置すると赤血球や白血球に由来する乳酸によって値が上昇するので、採血から15分以内に計測すべきであり、それ以上時間がかかるときは氷冷する。
 乳酸値を重症度の指標とし、トリアージに用いることは特に血行動態が安定している患者において有用である。SSCGでも乳酸値>4mmol/Lを重症敗血症の指標の一つとして採用している。発熱性無顆粒球症患者において、血行動態が安定していたとしても高乳酸血症が存在した場合は48時間のうちに敗血症性ショックに進行すると言われている。

2.乳酸による予後予測
 重症敗血症において乳酸値は予後と相関する。敗血症性ショックでは高乳酸血症を呈した患者の方が予後が悪い。多くの研究で乳酸値の初期値が高く、これが持続する場合に予後不良となることが証明されているが、明確なカットオフ値は判明していない。血行動態の安定した敗血症患者では乳酸値>4mmol/Lが予後不良を予測する独立した危険因子であることがわかっているが、敗血症性ショックに至った例では中等度の乳酸値上昇(2~4mmol/L)も有意に予後を悪化させる。

3.乳酸による治療効果判定
 乳酸値が減少してくれば、予後は良好で治療が適切である証拠であるとされている。Jansenらは乳酸値を指標とした治療プロトコルで予後が改善することを示した。しかし、乳酸単独では治療の効果が適切かどうかを判定することはできない。例えば、敗血症性ショックの患者にアドレナリンを投与して乳酸値が増加したケースでは予後がむしろ良いことが報告されている。アドレナリンによって血行動態が改善した半面、解糖系が賦活されて乳酸値が二次的に上昇したのである。

4.乳酸値と中心静脈血酸素飽和度
 Riversらによってプロトコルに従った早期の治療的介入が有効であることが示された。適切な輸液と血圧維持の後に中心静脈血酸素飽和度を治療指標として採用しているのだが、乳酸クリアランスはこの代替指標として用いることができる。Jonesらは乳酸クリアランスを指標とした群と中心静脈血酸素飽和度を指標とした群とで死亡率に差が無いことを報告している。面白いことに、乳酸値が10%以上減少したにもかかわらず中心静脈血酸素飽和度が70%未満の群の死亡率は、中心静脈血酸素飽和度が改善した群に比べて死亡率が低かった。しかし、乳酸値も中心静脈血酸素飽和度も酸素供給の適切性を評価するという観点からは問題がある。心エコーや静脈血-動脈血炭酸ガス分圧較差などと組み合わせて評価すべきである。ベッドサイドで得られる所見(意識レベル、尿量など)はバイオマーカに比べてずっと価値があるということは忘れられがちである。

5.敗血症における乳酸アシドーシスの治療
 乳酸アシドーシスを治療するためには原因を治療しなくてはならない。つまり、早期の抗菌薬投与とソースコントロールが重要である。ショックの患者では酸素供給量の是正も同時に行わなくてはならない。各臓器局所で産生される乳酸についても考慮しなくてはならない。腸管虚血/壊死、循環不全やコンパートメント症候群による四肢末梢壊死、その他の臓器の機能不全なども検索して治療する。
 初期蘇生では酸素供給量を是正して大循環(Macrocirculation)を立て直す事を目標とする。蘇生プロトコルに含まれる大循環の指標としては中心静脈圧、平均血圧、心拍出量、酸素運搬量などがある。効果的な蘇生のためには、これに微小循環(Microcirculation)の状態も考慮に入れるべきである。舌下部の微小循環を可視化する方法がある。これらの高度な機器の結果や臨床所見(斑状皮疹など)で微小循環障害が明らかとなった場合は、微小循環を改善させるような介入(NO、Protein Cなど)を考える。
 カテコラミンの使用量を抑えることは重要である。β刺激が解糖系を刺激して乳酸値を増加させる可能性があるからである。敗血症性ショックの患者ではノルアドレナリンの投与量を減らしてバゾプレシンを併用した方が予後が良いことが報告されている。チアミンを補充することで好気的代謝を増やせる可能性がある。
 不必要な骨格筋仕事量を減らすことも重要である。例えば、喘息発作で強い呼吸窮迫を起こすと高乳酸血症となることがある。
 肝機能の推移と肝毒性のある薬剤の使用には乳酸を高める可能性があるので注意する。例えば、心不全による肝うっ血や循環不全による肝障害、過剰栄養、肝毒性物質などである。
 乳酸値を下げてアシデミアを是正しようという試みもされてきた。炭酸水素ナトリウムは臨床的予後を改善しない。炭酸ガス産生量を増やし、イオン化カルシウムを減らし、心機能や血管平滑筋緊張に悪影響を及ぼし得る。腎代替療法(RRT)は乳酸値を減らして酸塩基平衡を正常化しうる。しかし、良質な臨床試験はない。Dichloroacetate(DCA)はピルビン酸デヒドロゲナーゼ活性を増強し、乳酸値を減少させ、一方で酸素使用を増やす。RCTでは確かに乳酸値を減らしたが予後は改善しなかった。

◎ 私見
 敗血症での乳酸値の意義のまとめ。計測方法など知らなかったことが分かって満足。途中で述べられているとおり、乳酸値に固執するのはかえって危険。数字ばかり見てないで、ベッドサイドで患者さんに触れないといけないということだろう。

2015年12月11日金曜日

敗血症と乳酸アシドーシス②

Lactic acidosis in sepsis: It's not all anaerobic. Implications for diagnosis and management.
Suetrong B, Walley KR.
Chest. 2015 Sep 17. doi: 10.1378/chest.15-1703. PMID: 26378980

✔ 敗血症における乳酸アシドーシス
1.全身の酸素供給量低下
 敗血症における乳酸アシドーシスは酸素需要に見合うような酸素供給が行われなくなることによる組織低酸素が原因であると考えられてきた。実際、初期の研究によると酸素供給量と酸素需要量の関係からCritical pointを下回ったところで嫌気性代謝が行われる、すなわち組織低酸素が起きると報告されてきた。しかし、この結果はアーチファクトによるものであるとされており、その後のヒトを対象とした酸素供給量を増やすアプローチが予後を改善しないばかりか死亡率を増やす結果になっている。しかし、敗血症早期においては血行動態を改善することで組織低酸素が改善して乳酸値が減少することも事実である。これらの結果を理解するためには、早期蘇生相と蘇生後相という時相の違いを区別することが重要である。

 ショック早期では酸素供給量が低下し(まさにこれこそがショックの定義でもあるが)、組織低酸素をきたし、治療しなければ数時間で死に至る。様々な蘇生プロトコルにより(例えばEGDTのような)早期に酸素供給を増大させることが敗血症性ショックの死亡率を減らした。つまり、早期蘇生相における乳酸アシドーシスについては嫌気性代謝が重要であるということである。
 蘇生後相における高乳酸血症については他の原因についても考慮する必要がある。高乳酸血症が続くときに、酸素供給量の減少のみでこれを説明することはできない。Critical pointの3倍の酸素供給量を達成しても高乳酸血症が起きたことが報告されている。さらに、乳酸アシドーシスを起こした敗血症患者における乳酸:ピルビン酸比は正常範囲に保たれていたとも言われている。組織低酸素がなくとも、筋組織、腸管粘膜、心臓、肺、脳において乳酸アシドーシスは起きうる。興味深いことに、エスモロールは酸素供給量を減らすにもかかわらず乳酸値も減少させる事が分かっている。蘇生後相においては高乳酸血症をきたす原因について、組織低酸素以外の要素を検討すべきである。

2.酸素抽出率と微小循環不全
 敗血症によって酸素利用が障害される。正常では嫌気性代謝に切り替わる前に供給された酸素の約70%まで抽出率を増やすことができる。敗血症ではこの酸素抽出率が50%未満に減少する。血管内皮細胞における炎症反応により、微小循環不全が起き、ある局所における酸素供給量が減少するというメカニズムもある。さらに、ミトコンドリアの機能不全のため酸素供給が適切でも嫌気性代謝が起きてピルビン酸が乳酸産生に用いられることもある。つまり、全身の酸素供給量が正常でも局所においては嫌気性代謝が行われうるのである。

3.β2刺激による解糖系とNa-K-ATPase活性増加
 敗血症では安静時代謝率が増大し、糖代謝が増加する。解糖系への糖流入が増えるとピルビン酸をアセチルCoAに変換するPDHのキャパシティを超えてしまい、増加したピルビン酸はLDHによって乳酸に代謝されてしまう。動物実験で、血中アドレナリン、ノルアドレナリン濃度と高乳酸血症に関係があることと、β2刺激によってNa-K-ATPase活性が増大して解糖系への糖流入が増えることが報告された。これは、β2遮断作用のあるエスモロールや、Na-K-ATPase阻害薬であるウアバインによってエピネフリンによる糖代謝が抑制されるという実験結果からも裏付けられている。

4.乳酸クリアランス低下
 血行動態の安定した敗血症患者の高乳酸血症は、乳酸産生の増加というより乳酸排泄の障害が原因である可能性がある。病前の肝疾患や新規の肝障害が起きた場合は乳酸クリアランスが悪くなる可能性があり、余計な輸液負荷などの誘因となり得ることが問題である。
酸素供給と酸素需要の関係・酸素抽出率・Critical Point(文献より引用)
◎ 私見
 初期蘇生がうまくいったにもかかわらず、だらだらと高乳酸血症が続く患者さんを診たことがあり、どうしてなのか常々疑問に思っていたことが解決した。
 β遮断薬は以前に勉強した血管拡張薬と併せて敗血症性ショックの管理において注目している薬剤。さらなる研究を待ちたい。まあ自分でやるべきなのでしょうが…

2015年12月9日水曜日

敗血症と乳酸アシドーシス①

Lactic acidosis in sepsis: It's not all anaerobic. Implications for diagnosis and management.
Suetrong B, Walley KR.
Chest. 2015 Sep 17. doi: 10.1378/chest.15-1703. PMID: 26378980


✔ 乳酸値について
 乳酸アシドーシスは組織酸素供給量を意味し、予後不良に関与すると考えられているが、これは単純に過ぎる考え方である。乳酸値は嫌気的糖利用の結果生じた老廃物というだけではなく、エネルギー"シャトル(=運搬体)"ともいえる意義もある。
 1976年、CohenとWoodsらは高乳酸血症を組織酸素化不全の明らかなType Aと、組織炭素化不全がないType Bとに分類した。Type Bはさらに肝不全などの基礎疾患に関連するB1、薬物や毒物によるB2、先天代謝異常によるB3に分類される。

1.乳酸産生
 正常な状態でも乳酸は大量(およそ1.5モル/日)に産生されている。乳酸シャトル理論によると細胞レベルにとどまらず、離れた組織における酸化的糖新生の基質としても使用されうるとされる。通常、乳酸は骨格筋で産生される。皮膚、脳、小腸、赤血球も乳酸を産生する。肺は急性肺障害において組織酸素化不全が無くても乳酸を産生するし、白血球も貪食や敗血症の際に産生する。
 乳酸は糖の代謝の結果として生じる。解糖系において、糖はEmbden-Meyerhof経路のホスホフルクトキナーゼ(PFK)によってピルビン酸にまで代謝される。ピルビン酸はさらに二つの経路で代謝される。ひとつめは、好気的環境でミトコンドリアに入り、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)によってアセチルCoAとなりKrebs回路に入る経路である。この経路にはチアミンが補酵素として必要となることに注意する。Krebs回路でアセチルCoAは電子の受け渡しを経て大量のATPを生み出す。
 もう一つの経路は細胞質において乳酸に変換される経路である。この経路は乳酸デヒドロゲナーゼによって双方向性に調節されており、乳酸とピルビン酸の比はおよそ10:1になっている。酸素不足ではKrebs回路が使えないので乳酸が増える(Figure 1-A)。補酵素であるチアミンの欠乏でもKrebs回路に入れなくなるので乳酸が増える(Figure 1-B)。ピルビン酸から乳酸への変換にはNADHとH+が必要だが、細胞内にNADHが増えるような病態(ケトアシドーシスやエタノール中毒)でも乳酸が増える(Figure 1-C)。解糖系が活発化しピルビン酸が増えるような状態、例えば敗血症なのでも乳酸が増えるが、乳酸とピルビン酸の比は保たれる(Figure 1-D)。解糖系からの流入が増える状態としては、重度の呼吸窮迫やカテコラミン過剰、敗血症などが挙げられる。
Figure 1(文献より引用)

2.乳酸クリアランス
 乳酸は運搬可能なエネルギー基質であり、局所や離れた組織のミトコンドリア(ピルビン酸に変換されてからKrebs回路に入る)や糖新生(Cori回路)に使われる。乳酸は肝臓で代謝されるが、ある程度の量は腎臓でも代謝される。心筋は運動時やβ刺激やショックの状態で乳酸をエネルギー基質として用いる。脳も代謝需要が増えた際に乳酸をエネルギー基質として用いる。したがって、乳酸クリアランスの低下は単に組織低酸素のみを意味するわけではない。

3.酸
 糖からピルビン酸に代謝される際に生じた水素イオンと同量がピルビン酸から乳酸に変換される際に使用される。よって、乳酸が増えることそのものがアシドーシスを起こすわけではない。それでは、酸がどこからやってくるかというと、ATPの加水分解である。この酸はKrebs回路で消費されるが、組織低酸素状態ではKrebs回路が使われないので水素イオンが消費されず、アシドーシスになるのである。Krebs回路への流入が減ることによって付随的に乳酸が産生されるため、臨床的には乳酸アシドーシスと認識される(Figure 1-A)。乳酸産生の増加(Figure 1-BCD)や乳酸消費の減少(Figure 1-E)による可能性もあり、組織低酸素だけが原因とは言えない。

4.乳酸アシドーシスの病因
 臨床的観点からは、高乳酸血症は乳酸産生の増加や乳酸消費の減少、もしくはその両者によって生じると考えられる。敗血症やショックは高乳酸血症の原因となる。その要因の多くは組織低酸素に伴うものと考えられるが、酸素供給の減少と完全に関連しているかというとそうではない。全身の酸素供給低下が生じると通常数時間で死に至るが、敗血症患者では高乳酸血症が持続することからもそのように考えられる。CohenとWoodsらによる乳酸アシドーシスの分類によると、他の要因も敗血症における高乳酸血症に関連し得ることが理解され、これらも治療の際には考慮する必要があると言える。

◎ 私見
 乳酸は頻繁に評価するが、その正体について真剣に考えてこなかったので勉強してみた。あまりにも自分が不勉強であったことに反省です。
 エネルギーの基質になることは知っていたが、どのように、と言われると説明できなかった。組織低酸素だけでは説明できない高乳酸血症に対してどのようにアプローチするのか、考え直さないといけいないのかもしない。

2015年12月6日日曜日

急性心不全の初期管理③

Considerations for initial therapy in the treatment of acute heart failure
William F. Peacock et al.
Crit Care 2015 19:399

✔ 鑑別のついていない呼吸苦の初期管理
 急性心不全(AHF)患者の主訴として呼吸苦は最も多く認められるものだが、他の疾患(COPDや肺炎)でも呼吸苦を呈する。また、呼吸器疾患と心不全が同時に起きることも珍しくない。呼吸苦を呈する患者の鑑別診断では、病歴、バイタルサイン、胸部X線写真、検査結果を総合的に判断しなくてはならない。BNPでは鑑別が難しいような症例では心エコーが有用である。高体温や低体温は敗血症や甲状腺機能異常を示唆する所見である。頻脈は非代償性心不全を示唆し、徐脈は低カリウム血症、ジギタリス中毒、β遮断薬中毒、房室ブロックを示す。低血圧は重症敗血症、心原性ショック、心タンポナーデ、緊張性気胸、肺塞栓症を考えるきっかけとなる。
呼吸苦を呈する患者の鑑別(文献より引用)
 AHFとCOPDの両方のリスクを持ち、BNPも境界値(100~500)を示している際には治療が難しくなる。この群の患者に対してはAHFとCOPD両者に無害な薬剤を選択して治療する必要がある。表を参考にして選択する。なお、クラリスロマイシンはCOPDや肺炎患者の心血管リスクを増加させることに注意する。
治療薬のAHF・COPD・肺炎に対する有用性と有害性(文献より引用)
 非侵襲的陽圧換気はAHFによる肺水腫に良い適応である。血行動態が安定していて重度の呼吸窮迫を呈しているが診断がついていない場合、非侵襲的陽圧換気に血管拡張薬、気管支拡張薬、ステロイドを組み合わせて使用するとよいかもしれない。非侵襲的陽圧換気は気管挿管率を減らし、呼吸仕事量を減らし、機能的残気量を増やし、ガス交換を改善し、前負荷/後負荷を減らすことで血行動態を改善する。一方、不快感をもたらしたり、皮膚潰瘍、誤嚥のリスク増大、静脈環流量の減少といった問題もある。近年ではHigh flow nasal cannulaの有用性も報告されている。
 近年、バイオリアクタントを使用して座位から仰臥位への体位変換時の胸郭内水分量の変化を非侵襲的に計測することでAHFとCOPD/Asthmaを鑑別できるという報告がなされた。AHF患者ではもともと胸郭内水分量が大きく、体位変換に伴う心拍出量の変化が小さかった。
 肺エコーも有用である。両側のBラインの存在はAHFによる肺水腫を示唆する。肺エコー、心エコー、下大静脈径評価を組み合わせることでAHFとCOPDを感度94.3%、特異度91.9%、正確度93.3%で診断できたとする報告がある。BNPが鑑別には微妙な値の時は左室の拡張末期径が有用である。さらに下大静脈を測定することも有用である。
 埋め込み型除細動器(ICD)がある患者では、場合によっては心拍変動や心インピーダンスの変化を調べることで心不全発症を知ることができる。

◎ 私見
 診断しつつ治療する際に考えるべきポイントがまとめてあって面白かった。呼吸器疾患との鑑別がついていない時に何をどのように使うのかという点をこのように解説したものは多くないので。あと、非侵襲的陽圧換気をどれくらいうまく使えるか、がポイントかなと思う。救急外来に一台買ってもらえないものかな…

2015年12月3日木曜日

急性心不全の初期管理②

Considerations for initial therapy in the treatment of acute heart failure
William F. Peacock et al.
Crit Care 2015 19:399

✔ 急性心不全(AHF)のリスク層別化
 AHF患者の重症度や背景は様々である。リスク層別化を行うことが治療の意思決定に有効である。予後不良の因子として、AHF入院歴、BNP増加(>1000pg/ml)、低ナトリウム血症(<136mmol/L)が知られている。その他、BUN>43、Cre>2.75、収縮期血圧<115mmHg、トロポニン増加などが挙げられる。BUN、Cre、収縮期血圧を組み合わせることで在院死亡率のリスクが高い事を予想できると言われている(OR 12.9)。一方、低リスク群については収縮期血圧>160mmHg、トロポニン正常が独立した予測因子であるという報告がある。

1.血圧
 救急外来を受診したAHF患者の層別化に血圧は古くから用いられてきた。
 大部分のAHF患者は高血圧(収縮期血圧>140mmHg)である。この群の患者は症状が激しく、末梢浮腫はほとんどみられないが急性肺水腫をきたしている事が多い。適切に治療すれば予後はよいことが知られている。治療は降圧に主眼を置き、利尿薬の使用は最小限にとどめる。高用量の硝酸薬と少量の利尿薬の組み合わせがよい。
高血圧のAHF患者管理(文献より引用)
35%のAHF患者は正常血圧である。この群の患者は若年で、EFが低下しており冠動脈疾患の既往を持ち、数日から数週の亜急性の経過で症状が増悪してくることが多い。治療は積極的な利尿薬の使用によりうっ血を取り除き、体重や末梢浮腫を減らすことに主眼を置く。治療の際には血圧が灌流不全を起こすレベルまで低下しないことをしっかり観察しなくてはならない。
正常血圧のAHF患者管理(文献より引用)
低血圧(収縮期血圧<90mmHg)の患者は稀である。この群の患者は不安定な状態であることを反映して初期から積極的な治療介入を要することが多い。治療は血圧を上昇させて臓器灌流を改善することに主眼を置く。正常血圧~高血圧患者に比べて予後が悪い。
低血圧のAHF患者管理(文献より引用)

2.バイオマーカ
 ACCF/AHAのガイドラインによると、BNPはAHFの鑑別と管理に有用であるとされている。BNPのAHF診断における有用性はRED-HOT研究で検討された。医師の見立ては入院を要するかどうかや90日死亡率を予測するには不十分であったが、BNP上昇(>200pg/ml)は90日間の予後悪化を強く示唆するという結果であった。ADHERE研究のデータを解析したところ、BNP上昇は有意に院内死亡を予測した。同様の研究結果がほかにも数編報告されている。
BNPによるリスク層別化(文献より引用)
トロポニンは予後に関する有用な情報となる。ADHERE研究データより、トロポニン上昇は冠動脈バイパス術、IABP、人工呼吸使用を予測する因子であった。より多くの治療的介入を要し、在院日数も延長した。
 バイオマーカを組みあわせて評価に用いるという方法もある。トロポニン陽性かつBNP>840pg/mlでは院内死亡率が上昇し、ICU入室率、在院日数延長とも関係していた。

3.その他の因子
 腎機能不全はAHF患者の予後予測に有用である。慢性腎疾患や入院中の腎機能の悪化(Cre +0.3mg/dl)は短期死亡率上昇と関係している。また、通常治療の後に座位の症状は改善したものの仰臥位では呼吸苦が出現するようでは治療が不十分であることを示唆するという報告がある。

◎ 私見
 血圧を用いた層別化は有名。これにバイオマーカを組み合わせて急性期管理の方針やDispositionを考えていく、ということになる。救命救急を看板に掲げている以上、”心不全だから利尿薬”では許容されないのである。なかなか聞いてもらえないのだけど…。
 考えながら治療をするという面白さが急性心不全の初療にあると思うのは僕だけだろうか。