2021年12月1日水曜日

急性期の酸素療法

Munshi L, Ferguson ND.
JAMA. 2020 Jan 24. PMID:31977030


 近年の医療は”more is better”から”less is more”に変わりつつあり、酸素療法もご多分に漏れずこの傾向にある。酸素毒性が知られるようになったのは1940年代の未熟児網膜症。1970年代には酸素による肺障害が報告されている。酸素毒性には局所毒性(吸収性無気肺、ROSによる酸素毒性~気道粘膜クリアランス低下、サーファクタント異常、気道刺激、気道細菌叢の変化)と全身毒性(酸化ストレス、炎症、細胞障害、細胞死、NO不活化に伴う血管収縮)がある。Hyperoxia(吸入酸素濃度が高いこと)もHyperoxemia(血中酸素濃度が高いこと)もどちらも有害である。
 1156人の心停止患者を対象とした多施設コホート研究でHyperoxemia(PaO2>300)の患者は院内死亡率が高いことが示されたが、ROSによる二次性脳損傷が原因だと考えられているが、後の観察研究では同様の結果は示されていない。AVOID trialは441人のSTEMI患者を無作為に酸素療法(8L/min)と酸素無しに割り付けて予後を比較しているが、酸素療法群の方が梗塞範囲が大きく再梗塞の頻度が高かった。46人の妊婦を対象とした研究では高濃度酸素を投与すると非妊婦より心係数が大きく減少した。4965人の未熟児を対象としてSpO2 85~89%を目標として酸素投与する低酸素群と91~95%を目標として酸素投与する通常酸素群を5つの無作為化試験のメタアナリシスで検討したところ、低酸素群は未熟児網膜症の頻度が低かったものの壊死性腸炎の頻度が高かった。
 2016年にWHOはSSI予防を目的に術中の酸素濃度を0.80にすることを推奨したが、近年のメタアナリシスでは高濃度酸素の効果はほとんど認められなかったため2018年に推奨を変更している。理論上、頭部外傷や脳卒中患者でも心停止と同様に高濃度酸素は有害だと考えらえるが、これを証明する質の高い研究はない。この疾患群は低酸素が予後を悪化させることがわかっているため、単純に高濃度酸素を避けるのはよくないだろう。
 酸素にはROSによる殺菌作用という利点があると考えることもできる。HYPERS2S trialは442人の敗血症患者を24時間純酸素で換気することの有用性を検証した研究だが、高濃度酸素群で死亡率が高い傾向が認められたため途中で中止されている。反対に、251人の敗血症患者を酸素制限群(SpO2 91~95%目標)と通常酸素群(SpO2 91-100%目標)に無作為に割り付けた研究によると酸素制限群で予後が悪い傾向が認められている(有意差なしだが7%の差あり)。この二つの研究の主な違いは、純酸素を用いているかどうかという点であり、注意が必要である。
 Oxygen-ICU trialは72時間以上ICUに在室すると見込まれる480人の重症患者を酸素制限群と通常療法群に無作為に割り付け、酸素制限群で死亡率の改善を認めていたが(11.6% vs 20.2%)地震の影響によって中断したため効果を過剰評価している可能性がある。ICU-ROX trialは1000人の人工呼吸患者を酸素制限群と通常療法群を比較した研究だが、28日間のVFDや90日の死亡率には有意差が無かった。しかし、虚血性脳障害のある患者に限って言えば酸素制限群の予後が良かった。
 臨床医は酸素制限戦略は低酸素を許容するという意味ではないことは知っておかなくてはならない。低酸素許容は成人で調べられていないし新生児では有害である。しっかりとモニタされた環境ではSpO2の最大値を96%程度に制限しても大丈夫だろう。
 ①酸素毒性をもたらす高濃度酸素曝露期間の閾値、②過剰な酸素曝露状態を適切に評価する方法、③酸塩基平衡やVILI、ショックとの関係、④長期的影響などがまだわかっていない。現在、70を超える臨床試験が酸素療法の有用性/有害性を検証しているので結果を待ちたい。

◎私見
 急性期の酸素療法についてのまとめ。高濃度酸素の有害性だけが独り歩きして、背後にある理論や研究結果がないがしろにされがちなのでこのようなReviewは貴重。