2016年1月30日土曜日

重度肥満患者に対するリクルートメントとPEEPの設定

Recruitment maneuvers and positive end-expiratory pressure titration in morbidly obese ICU patients
M. Pirrone et al
Crit Care Med 2016; 44:300-307  

✔ 背景
 重度の肥満患者は長期間の人工呼吸管理が必要になる可能性が高く、離脱も失敗しがちである。PEEPの調整方法もよく分かっていないが、リクルートメント手技(RM)とPEEP調整を組み合わせることで肺容量と換気メカニクスを改善し、ガス交換を改善できるのではないかと考えられる。筆者らは肥満患者におけるPEEP初期設定は肺容量を維持するには不適切なほど低いのではないかと考えて本研究を計画した。さらに、適切なPEEP設定方法について二つの方法(漸減法と呼気終末経肺圧(Ptpe)法)を比較した。
✔ 方法
 前向きクロスオーバ非無作為化介入試験。MGH単施設で行われた。BMI35以上の人工呼吸管理患者14名を対象とした。食道内圧をモニタし、筋弛緩薬(シスアトラクリウム)を使用して人工呼吸器を従量式に設定した。初期設定PEEP、Zero-PEEP、Lowest PEEP(Ptpe計測)、Lowest PEEP(RM後にPtpe計測)、漸減法Best PEEP、漸減法Best PEEP(頭側挙上)の順番で呼吸管理を行い、呼気終末肺容量(EELV)と換気メカニクスをそれぞれのポイントで計測した
・Lowest PEEP(Ptpe)
 PEEPは階段状に増大させ、呼気終末の食道内圧と同等かわずかに大きいところに設定する。Ptpeは0~+2cmH2Oになる
・漸減法Best PEEP
 Kacmarekらの方法による。PEEPは経肺圧を参考に選択されたPEEPより4cmH2O高く設定する。2分後にプラトー圧とPEEPを計測し、その差(⊿P)を計算する。その後、PEEPを2cmH2Oずつ減らして最も⊿Pが小さくなるPEEPをBest PEEPとする。Best PEEPが判明したら、その値に2cmH2Oを足した値に人工呼吸器を設定する。
・RM
 従圧式換気モードに変更し、PEEP 15cmH2O、呼吸数10、IE比1:1、換気圧15cmH2Oとする。30秒ごとにPEEPを5cmH2Oずつ増やす。PEEPは30cmH2Oまで増加させる。したがってRMは2分かかる。
・EELV
 吸入酸素濃度を変更した際の窒素比の変化率を参考に計算した
✔ 結果
 平均BMIは50.7であった。PtpeによるLowest PEEPも漸減法Best PEEPもほぼ同じ値となった(20.7±4.0 vs 21.3±3.8)。PtpeによってEELVが大きくなり、酸素化が改善し、肺エラスタンスが減少した。RMはEELVを増大させて呼気終末経肺圧を減らしたことから、肺内換気分布が改善し過膨張を減らしたことが示唆された。PEEP初期設定は不適切に低いと考えられた。
EELVの推移(文献より引用)


血行動態の推移(文献より引用)


各パラメータの推移(文献より引用)

✔ 結論
 重度の肥満患者に対するPEEPはもっと高く設定すべきである。RMとPtpe計測を組み合わせることで換気メカニクスとガス交換が改善する。

◎ 私見
 重度の肥満患者14名に、こういう管理はどうかという提案。大変なスタディではあるけど(臨床研究に簡単なものはひとつもないと思うので)、RCTでもないし予後をみているわけでもない。うーん。
 肥満患者じゃなくてもPEEPは低いんじゃないかと思っている。その根拠をと自分の感覚が適切なのかどうかを検証するためにも食道内圧測定はしてみたいところ。

2016年1月27日水曜日

ARDSによる急性肺性心

Acute cor pulmonale and the acute respiratory distress syndrome
Claude Guerin and Michael A. Matthay
Intensive Care Med 2016 

✔ ARDSは急性炎症と含気減少を伴う高蛋白性肺水腫による低酸素血症を特徴とする。ARDSは肺循環も傷害し、肺高血圧と死腔を増やす。肺循環はARDS進行に伴って変化する。まず、肺微小循環障害によって血管透過性が亢進し肺水腫が生じる。次に急性炎症と内膜障害に起因する凝固と線溶のアンバランスから血管内微小血栓が生じる。さらに機能的残気量(FRC)の減少から肺血管抵抗(PVR)が増大する。加えて陽圧換気によるある領域の肺過膨張が肺胞血管を圧迫してPVRを増大させる。最後に低酸素性肺血管収縮によってもPVRは上昇する。これらのメカニズムによりARDS発症48時間以内にPVR上昇が生じるのである。このPVR上昇は高炭酸ガス血症やアシドーシスによって助長される。
ACP発症機序(文献より引用)
✔ PVR上昇はARDSの予後不良因子だと考えられてきた。正常では右室が低い肺血管抵抗に抗して肺循環を維持しているが、PVRが増大すると右室は収縮末期容積と拡張末期容積を増やして代償しようとする。右室収縮機能は障害され心室中隔の運動が異常となり、心拍出量減少ならびに急性肺性心(Acute cor pulmonale; ACP)すなわち右室機能不全とショックが生じる。肺保護換気が一般的では無かったころのPVR上昇に起因するACPの頻度は約60%もあった。

✔ Mekontso-Dessapらの報告によると中等度~重度ARDS患者の約22%にACPが認められた。ACP予測スコアとして①肺炎によるARDS、②換気駆動圧18cmH2O以上、③P/F<100、④PaCO2>48mmHgを挙げており、それぞれを1点としてカウントすると、2点、3点、4点の時のACP発症リスクは19%、34%、74%であった。また、ACPが存在すると死亡率が高くなる傾向があった。
 この研究からはいくつかの事が言える。まず、以前にくらべてACPの頻度は低くなっているが、依然として22%は存在しているということ。予測スコアが4点を超えるような場合はTEEを行うというアプローチが良さそうであるということ、それでは侵襲的過ぎるということであればTTEも考慮すべきであるということである。

✔ ACP発症を予防するためには何ができるだろうか。まず、低一回換気量による肺保護換気を徹底すべきである。最適なPEEPを適用して換気駆動圧を低くし、FRC減少を防ぐ。NO吸入や選択的肺血管拡張薬が有用かもしれないが、いくつかの臨床研究があるものの有用性は証明されていない。
 ACPをきたしてしまった場合は輸液と血管収縮薬が必要である。ノルアドレナリンやドブタミンは右室の収縮力を増大させる。前負荷を増大させることも考慮する。前負荷と心拍出量を持続的にモニタするためにPACやPiccoも有用かもしれない。もし前負荷を増やすことによって状態が改善するなら除水はやめて輸液負荷をする。その他、腹臥位やPEEP低減、体外式CO2除去を行いつつさらに一回換気量を減らすなどが考えられる。これらの方法が臨床的に有用かどうかはさらなる研究が必要である。

◎ 私見
 ICMのEditorialから。ACPと思われる患者さんを最近みたのと、絵が分かりやすかったので読んでみた。やっぱりEditorialも面白い。もちろん原著論文を読むのも好きだけど。

2016年1月23日土曜日

ARDSの換気はPCVかVCVか

Prospective randomized trial comparing pressure-controlled ventilation and volume-controlled ventilation in ARDS. For the Spanish Lung Failure Collaborative Group.
Esteban A, Alía I, Gordo F, de Pablo R, Suarez J, González G, Blanco J.
Chest. 2000 Jun;117(6):1690-6.PMID: 10858404


✔ 背景
 Pressure controlled ventilation(PCV)は吸気時間の間一定の圧を気道内に生じさせる。吸気流速は漸減波形を示すが、これにより気道抵抗が一様ではない肺組織においてもほぼ一定の空気を分布させることができる。いくつかのARDSを対象とした研究で、Volume controlled ventilation(VCV)からPCVに変更することで酸素化や換気メカニクスが改善したとする報告がある。本研究ではARDSに対してPCVがVCVに比較して院内死亡率を低減するかどうかを検証した。
✔ 方法
 多施設無作為化研究。AECCの定義によるARDS患者79人を対象とし、無作為にPCVとVCVで換気した。VCVの吸気流速は矩形。両群とも吸気プラトー圧は35cmH2O以下になるように調節した。PEEPとFIO2はSpO2が89~92%となる最小のFIO2とPEEPを採用したがPEEPは5cmH2O未満になることの無いようにした。呼吸数、IE比、VCVにおける一回換気量ならびにPCVにおける吸気圧はPaCO2が35~45mmHgになるように調節した。プラトー圧が高くなるようであれば高炭酸ガス血症を許容した。pHが7.2を下回るようであれば炭酸水素ナトリウムを投与した。IE比は3:1までを許容した。人工呼吸に関するパラメータは毎日記録した。抜管成功(気管チューブ抜去後48時間以上経過)もしくは死亡した場合は記録を中止した。
✔ 結果
 両群間の患者背景に有意な差はなかったが、VCV群で腎不全が多い傾向があり、また研究期間中に腎不全に至る割合もVCV群で多かった。多変量解析によると、肺以外の臓器不全が独立した死亡の予測因子であったが人工呼吸のモードには有意差がなかった。
✔ 結論
 VCV群では臓器不全が多く認められ、それらが死亡に寄与していたが、人工呼吸のモードの影響とは考えられなかった。

◎ 私見
 かなり古いがARDSに対してPCVとVCVを比較したRCT。換気メカニクスや酸素化についても両群間で差がでなかった。人工呼吸のモードそのものには恐らく意味がなくて、患者さんに適用する際に調節したりモニタしたりする様々な要素(換気量やPEEPやプラトー圧)が重要なのだと思う。したがって、”慣れている”モードがベストな換気モードになるのではないかと思う。
 となると疑問なのは、そもそも慣れていない換気モードで行われた臨床試験の結果を自施設に導入しようとする際に問題が生じるのではないかということ。例えばPROSEVAはVCVで行われているが、PCVばかり使っている施設でこれを真似た腹臥位換気プロトコルを導入すると混乱が生じる可能性があると思う。

2016年1月20日水曜日

ストレス心筋症を理解する

Understanding stress cardiomyopathy.
Hollenberg SM.
Intensive Care Med. 2015 Aug 14. PMID: 26271909


✔ 症例提示
 76歳の女性がしたしい友人を亡くして数時間後に胸痛と発汗、息切れが生じて救急外来を受診した。十二誘導心電図で大きな陰性T波が前胸部誘導で認められた。トロポニンは上昇していた。
 これは心筋梗塞やストレス心筋症の典型的な例である。ストレス心筋症とACSを鑑別することは非常に困難だが病態生理や治療が異なるため重要である。
 ストレス心筋症は急性におきる可逆性の症候群で、心尖部の壁運動障害がある一方で心基部の壁運動は正常であるという特徴がある。最終予後はおおむね良好だが、発症早期に心原性ショック(4%)、心室性不整脈(1~2%)、死亡(1~1.5%)を起こす事がある。ICUにおいて、ストレス心筋症は他の病態(SAHなど)に合併して起きることがある。
✔ 診断
 診断基準をTable 1に示す。神経-心連関によるストレス心筋症は、感情ストレスや他のストレス(カテコラミン等の薬剤、神経障害)に伴って起きるが、明らかな外因性ストレスがなくても除外することはできない。多くの症例は胸痛や呼吸困難を訴える。閉経後の女性に多い。ST上昇は30~50%の症例に認められ、前胸部誘導のT波陰転化は時に劇的に生じる。トロポニンは上昇する。冠動脈閉塞の除外はACSを除外して診断を確定させるうえで有用である。心尖部の膨張と心基部の壁運動が正常であることは心室造影やエコー、MRIで確認できる。また、MRIのガドリニウム造影遅延が心筋に認められなければ心筋壊死を除外できうる。心筋壁運動障害のパターンには他にも心尖部は正常で心基部が障害されるReverse takotsuboなどが報告されている。右室が障害される例も30%ほどある。いずれにしろ最も特徴的なのは、あくまで一過性であり数日から数週間で軽快する点である。
ストレス心筋症の診断基準(文献より引用)
✔ 病態
 当初は血管攣縮が原因ではないかと言われていたが、壁運動障害と冠動脈の分布に解剖学的な一致が認められないことから恐らく違うと考えられる。
 ストレス心筋症はカテコラミン過剰によって生じるとするいくつかの証拠がある。まず、ストレス心筋症患者では血中カテコラミン濃度が上昇している。また、心筋生検の結果が褐色細胞腫などのカテコラミン過剰患者でみられるものと一致しており、心筋梗塞とは異なっている。不動化によってラットにストレス心筋症を実験的に再現できるが、アドレナリン阻害薬で予防できる。
 近年、高濃度のアドレナリンが心筋のG蛋白共役情報伝達系に与える影響が注目されている。ノルアドレナリンはG蛋白(Gs)共役型のβ1受容体に作用して細胞内のcAMP濃度を増加させ収縮力を増大させる。一方、アドレナリンはβ1受容体に作用するのに加え、β2受容体に対する親和性も高い。生理的なアドレナリン量ではβ2受容体を介して収縮力を増大させるだけだが、高濃度ではβ2受容体を介して抑制性のGi蛋白を活性化し、収縮力を弱めてしまう。ヒトの心筋には心基部より心尖部でβ2受容体が多く分布しているので心尖部のみ収縮力が弱まる変化が生じるのである。この仮説は実験レベルでも検証されている。
 このメカニズムは一過性の経過も説明する。β2受容体に共役しているGi蛋白は不整脈を抑制すると共に心筋再生を誘導する。これがアドレナリン量減少に伴う収縮力増大と相まって心機能が改善する。
 その他の機序として、心表面の冠動脈血管攣縮は稀ではあるが、心筋内冠動脈微小血管の攣縮はあるかもしれない。カテコラミン過剰による酸化ストレスも発症メカニズムとして可能性がある。患者によって心筋壁運動障害のパターンが異なることの理由は不明である。遺伝学的な差異がこれを生み出しているのかもしれない。女性に多いことの理由も不明である。
ストレス心筋症のメカニズム(文献より引用)
✔ 治療
 基本的には支持療法である。ACSを疑い抗血小板療法が開始された場合は中止してよい。動かなくなった心尖部に血栓ができたと報告されているが、ルーチンで抗凝固をする必要はないと思われる。カテコラミン拮抗薬による再発予防は動物実験では支持されるがヒトを対象としたRCTは存在しておらず、血行動態が不安定な患者では推奨できない。薬物学的な血行動態サポートが必要な場合は、カテコラミン以外の例えばミルリノンやレボシメンダンがよいかもしれない。IABPやECMOが必要になることもあり得るが非常に稀である。比較的迅速に改善していくので、画像所見などを頻繁にフォローしておく。
 再発が報告されているが稀(2~10%)である。もし禁忌がなければβ遮断薬を使用してもよい。QT延長がある場合は正常化するまでは不整脈の危険がある。ストレス心筋症と神経障害に起因する心機能障害はオーバラップがある。

◎ 私見
 よくまとまっていて読みやすいShort review。忘れたころにやってくるストレス心筋症。でも、気付かないだけでたくさん生じているのかもしれない。蘇生後(アドレナリン投与+神経障害)の患者さんとか、もっとしっかり調べてみてもよいのかも。

2016年1月17日日曜日

遷延性AKIに対するアプローチ(DAMAGE)

Persistent Acute Kidney Injury.
Kellum JA.
Crit Care Med. 2015 Aug;43(8):1785-6. PMID: 26181122


CCMに掲載されたEditorial

✔ 急性腎傷害(AKI)の臨床研究で難しいのは、そもそもAKIが意味する腎機能障害が多様な臨床状況を反映しているという点にある。生理的反応としての腎機能低下(尿量低下)なのか病的腎機能低下なのかを区別するのは難しい。さらに重要なことは、生理的反応であったとしても良性の経過をたどるとは限らない点である。ちょうど、心機能に問題が無くてもPEAになり得て、しかもこれは心停止であるという点で予後不良であることに似ている。
 AKIの診断基準・分類基準が標準化されてバイオマーカについても検討されたが、いずれも病的腎機能と生理的反応とを明確に区別できない。
 伝統的には腎前性・腎性・腎後性という解剖学的なアプローチが鑑別診断に用いられてきたが、状態を正確に反映しているかというとそうではない。例えば、腎前性は循環血液量減少を意味するが腹腔内圧上昇による灌流圧低下でも同様の病態となる。また、腎性も糸球体腎炎を意味するかもしれないし尿細管壊死を意味しているのかもしれない。また、腎前性に対して輸液をするのか除水(右室不全に対して)をするのかが分からないというように治療のガイドとならない点も問題である。そこで、一過性AKIないし遷延性AKIという考え方がより有用ではないかと考える。
 AKIの重症度ではなく時間の概念が重要であると最初に示したのはCocaらの研究である。彼らは術後のクレアチニン上昇が遷延すると予後が悪いことを報告した。また、我々は32,000のICU入室患者を対象とした8年間の観察研究で、AKIが遷延すると予後が悪化することを見出した。本誌に掲載されたPerinelらの研究は遷延性AKIを3日間のうちに腎機能が回復しない状態と定義したとき、62%が遷延性AKIの定義に合致し、一過性AKI患者に比べて重症で院内死亡率が高い傾向にある事を示した。これからの臨床研究では遷延性AKIをエンドポイントに含めるべきである。
遷延性AKIに対するアプローチ(文献より引用)
◎ 私見
 DAMAGE(Table 1)という遷延性AKIに対するアプローチが興味深かった。何かを知る(勉強する)こと、それを咀嚼して臨床に応用することはできても、それを系統的に伝えること(示すこと)は難しいことが多い。こういうふうな提示の仕方ができる人になりたいものである。

2016年1月15日金曜日

敗血症性ショックに対する内分泌学的補充療法の副作用

The impact of endocrine supplementation on adverse events in septic shock.
Bissell BD, Erdman MJ, Smotherman C, Kraemer DF, Ferreira JA.
J Crit Care. 2015 Dec;30(6):1169-73. PMID: 26404956


✔ 背景
 カテコラミンは敗血症性ショックの治療に必要だが、不整脈などの合併症が問題になる。SSCG2012では灌流圧上昇を目的にVasopressinもしくはHydrocortisoneの使用を推奨しているが、これらの薬剤の効果を直接比較した研究はない。
✔ 方法
 後向きPropensity-matched cohort研究。2012年から2015年までの3年間にICUに入室した敗血症性ショックを対象とし、低血圧に対してノルアドレナリンに加えてVasopressinもしくはHydrocortisoneを投与した124症例を抽出して検討した。
✔ 結果
 Matched cohortにおいて、重度の副作用(新規不整脈(AfやVTなど)、高血糖(>180mg/dL)、低ナトリウム血症(<130mEq/L)、重感染)はHydrocortisone群でVasopressin群より3倍高率に認められたが有意ではなかった。Secondary outcomeでは、Vasopressin群において有意差をもって血行動態が早期に安定化して循環サポートを終了できていたが、ICU在室日数、在院日数、人工呼吸管理期間、在院日数には有意差が無かった。
✔ 結論
 副作用が少なく血行動態が安定化しやすいという点において、VasopressinはHydrocortisoneよりも優れている。
重度の副作用の頻度(Matched-cohort)(文献より引用)
◎ 私見
 Matched cohortでもベースラインでノルアドレナリン投与量に有意差があったりするし、治療的介入のタイミングなどの問題もあるので一概には言えないがVasopressinの方が使いやすいのかもしれないことを示した研究。重度の副作用をComposit outcomeで検討している点に注意が必要。有意ではないものの差を生み出しているのはHydrocortisone群の高血糖や重感染のようなので管理の仕方によってはたいして差が無くなる可能性もあるのじゃないだろうか。

2016年1月12日火曜日

無作為化試験に参加しなかった患者の予後

Characteristics and Outcomes of Eligible Nonenrolled Patients in a Mechanical Ventilation Trial of Acute Respiratory Distress Syndrome.
Arabi YM, Cook DJ, Zhou Q, Smith O, Hand L, Turgeon AF, Matte A, Mehta S, Graham R, Brierley K, Adhikari NK, Meade MO, Ferguson ND; Canadian Critical Care Trials Group.
Am J Respir Crit Care Med. 2015 Dec 1;192(11):1306-13. PMID: 26192398


✔ 背景
 無作為化試験の候補者は様々な理由で試験に参加しないことがある。このような研究不参加は臨床研究の一般化を妨げ、研究期間を延長させる可能性がある。そこで、候補者となりながらも研究に不参加となった患者(Eligible nonenrolled; ENE)の特徴を調査した。
✔ 方法
 ARDSに対するHFOと通常換気(Conventional ventilation; CV)の比較を行った多施設無作為化試験であるOSCILLATE試験のデータを用いた二次解析。適合患者(Screened)のうち除外基準に相当しないものが候補者(Eligible)となり主治医と患者(ないしその代諾者)の同意を得て研究に参加することとなる。このなかで候補者となりながらも同意を得られずに研究不参加となった患者をENEとして抽出した。ENEのうちHFOを使用したものをENE-HFO、使用しなかった者をENE-CVとした。
✔ 結果
 548人が研究に参加した一方で546人がENEとなっていた。ENEの最多の理由は代諾者の同意を得られなかった(42%)ということであり、以下、主治医の拒否(24%)、無作為化が可能な期間を過ぎた(15%)、既にHFOを使用していた(14%)であった。研究に参加した患者に比べ、ENE-HFO群は若く、肺傷害の程度が強かった。また、ENE-CV群は重症度が低かった。ENEは死亡率増加の独立した危険因子(1.39)であった。
✔ 結論
 ENEは半数の候補者で起きていた。研究に参加することで人工呼吸管理患者の予後が改善することがわかった。研究におけるENE患者の管理については再考の余地がある。
ENEは死亡の危険因子(文献より引用)
◎ 私見
 まず、研究参加者とENE群の重症度の違いについて。HFOの有用性を評価するための試験なので、HFOを使用していても重症すぎる患者(HFO群に組み込まれてもすぐに死亡する可能性が高い)やHFOに割りつけられたときに必要となる深い鎮静がかえって問題になりそうな軽症の患者(HFO群に組み込まれて深鎮静すると予後が悪化する可能性が高い)は主治医が断ったのでは?などと考察されていた。主治医の意向は大きく影響するのは当然だろうし、まあそうなんだろうなと思う。
 驚きなのは、ENEの通常呼吸管理群(ENE-CV)の予後が研究に参加していた通常呼吸管理群(つまり対照群)より悪いということ。臨床研究プロトコルに従って「徹底的に」低一回換気量+高PEEPを維持することが有用だったのではないかという考察。
 さて。ICUの名前たるIntensity(強度)がどれくらい発揮できているのか。普通の事をしっかり、徹底的に行えているのだろうか。もういちど考え直す時期がきている気がする。派手な手技や新しいモニターやマーカーに気をとられるのではなく。

2016年1月9日土曜日

敗血症性ショックに対する輸液制限戦略は安全

Targeted Fluid Minimization Following Initial Resuscitation in Septic Shock: A Pilot Study.
Chen C, Kollef MH.
Chest. 2015 Dec 1;148(6):1462-9. PMID: 26291900


✔ 背景
 輸液は敗血症性ショックの基本である。しかし、合併症を起こさずに患者予後を最大とする適切な輸液量についてはほとんど分かっていない。過剰輸液が予後を悪化させることは分かっており、また、動的指標を用いた輸液反応性の評価についてもいくつか報告がされている。そこで、毎日輸液反応性を評価し、反応性がなくなった場合に輸液量を最小にする輸液戦略(Targeted Fluid Minimization; TFM)が安全に行えるかどうかを検証した。
✔ 方法
 少なくとも12時間の輸液蘇生に加えて昇圧剤投与を要した敗血症性ショックの患者を対象とし、通常管理群とTFM群に無作為に割り付けた。
 TFM群では、毎日Passive leg raisingないし輸液負荷試験を行って輸液反応性があるかどうかを判定した。その結果PPV<13%、IVC distension index<18%、Stroke volume index difference>10%のうちふたつの所見が陽性となった場合に輸液反応性があると判定した。輸液反応性が無いものではTFMを開始する。TFMとして、持続注入する薬剤の濃度を上昇させる、維持輸液を行わない、キャリア輸液は最小とする、利尿薬もしくは腎代替療法による除水を積極的にすすめるという管理を行った。
✔ 結果
 82例の患者が対象となり、41例ずつ二群に割りつけられた。TFM群では3日目、5日目の水分バランスが小さくなった。在院死亡率、人工呼吸管理期間、腎代替療法施行率、昇圧剤使用日数に差が無く、安全と考えられた。
✔ 結論
 TFMは安全に行い得る。その効果を調査するための無作為化試験が必要である。

◎ 私見
 PLRに基づく輸液制限戦略が安全がどうかを検証したパイロットスタディ。
 輸液を極限まで切り詰めようという意見はほとんど出ないことが多い。水がひけなくて困る、と言いながらも抗菌薬などで結構な量の輸液量になっていたりするのをみることがあるので、こういう極端な介入もあってもいいかなと思う。

2016年1月6日水曜日

敗血症と輸液③

A rational approach to fluid therapy in sepsis.
Marik P, Bellomo R.
Br J Anaesth. 2015 Oct 27. PMID: 26507493

✔ 過剰輸液の害
 敗血症に対する過剰輸液が有害であることは実験的研究やいくつかの臨床研究で報告されており、輸液バランスが大きいほど死亡率が高くなる傾向が示されている。輸液過剰が有害であることを示した臨床研究としてFEAST研究がある。これは南サハラの3141名の重症敗血症小児を対象とし、輸液量が大きいと死亡のリスクが高まることを示したものである。また、EGDTの検証のために行われたいくつかの臨床研究をみても、輸液量と死亡率の両者が時代とともに減少していることがわかる。全ての研究が適切な抗菌薬の早期投与を強調している一方で、72時間の輸液量が次第に減少しているのは注目に値する。さらに、それぞれの臨床研究で最初の6時間の輸液量と目標としたCVPの間に強い相関関係があることも重要である。ARISEやProMISeの通常治療群のCVPはEGDT適用群とほぼ同様の10mmHg以上で、輸液量も同等であった。担当医はCVPが8mmHg未満だと輸液せざるを得ないと考えがちであり、すでに蔓延しているこの問題を解決する唯一の方法はCVPを測ることをやめることである。

✔ 血行動態に基づく輸液管理
 血行動態に基づく輸液管理が必要である。循環血液量過多ではなく、循環血液量減少を扱うという観点に立たねばならない。過剰な輸液は重症患者の止血機構を破綻させ、死亡のリスクを上げる。低血圧や頻脈が過剰ではない輸液蘇生によって改善する患者がいるのも事実である。これらの患者は経口摂取不良や医療機関受診の遅れによって脱水を合併していたのであり、重症敗血症においては輸液そのものは血管拡張や血漿漏出・組織浮腫を悪化させるのみである。したがって、敗血症性ショックの初期蘇生としては500ml程度、多くても20ml/kgまでの細胞外液負荷にとどめるべきである。理想的には輸液蘇生は輸液反応性を指標にして行うべきである。生理食塩水は”生理的ではない”ので、急性脳損傷の患者以外は避けるべきである。生理食塩水は高Cl性アシドーシスの原因となり、腎血流を減少させ、腎不全を増やす。敗血症では細胞外液に比較して生理食塩水は死亡率を上昇させる。同様に、合成膠質液も腎不全や死亡を増やすので避けるべきである。
 緊急手術を要するような腹腔内感染症による敗血症はより積極的な輸液を要する患者群であると考えられている。しかし、過剰輸液は腹腔内圧上昇の原因となり、死亡に結びつく。これらの患者群では一回拍出量の持続モニタとミニ輸液負荷に対する反応評価が有用である。さらに、腹腔内圧モニタが必要になる。
 初期の制限された輸液蘇生の後も低血圧(MAP<65)ならノルアドレナリンを使用する。ノルアドレナリンは動脈血管に作用して血圧を上昇させ、臓器血流量を増やす。静脈容量血管は動脈抵抗血管よりも交感神経刺激に対する感受性が高い。すなわち、低用量のα1作動薬は動脈よりも静脈の方をより収縮させる。敗血症においてα1作動薬は内臓や皮膚のUnstressed volumeを移動させるため、静脈環流量が増えて心拍出量も増える。DattaとMagderは敗血症モデルを用いた実験で、ノルアドレナリンがMCFPを増加させ、静脈環流が増えることを示している。同様に、Persichiniらは敗血症患者においてノルアドレナリンを減らすとMCFPと静脈環流量が減少することを報告している。Kozierasらはノルアドレナリンが心係数と末梢血管抵抗と胸腔内血液量・全拡張末期容積を増やす事を示しているし(肺外水分量は不変)、Hamizaoulらは早期ノルアドレナリン投与により前負荷と心拍出量と平均血圧が上昇して血管拡張性ショックを改善したこと、Abidらは早期ノルアドレナリン投与がStressed volumeを増大させ、MCFPと静脈環流と心拍出量を増やしたと報告している。Stressed volumeの増加は血液の移動による結果であり、輸液負荷による一過性の血液量増加によるものではない。したがって、α1作動薬による作用は輸液と異なり長続きし、組織浮腫をもたらさない。ただしα1作動薬は既に末梢血管が収縮している循環血液量減少性ショック合併例(コレラなど)には使用すべきではないが、敗血症による動静脈拡張をきたしている患者では静脈環流量を増やして一回拍出量と灌流圧を増大させる。四肢の虚血は極めてまれだが、大量かつバゾプレシンとの併用しているときに認められることがある。DICが原因となることもある。早期ノルアドレナリンが四肢虚血の原因となるという報告はない。しっかり確保された末梢血管からでも低用量のノルアドレナリンなら安全に投与できる。敗血症モデルを用いた実験で、ノルアドレナリンはアドレナリンやフェニレフリンよりも血行動態安定に有用であると報告されている。ドパミンは不整脈や死亡を増やすので避けるべきである。
輸液量と死亡率・CVP(文献より引用)
✔ 結論
 多くの実験的・臨床的研究データにより、重症敗血症ならびに敗血症性ショックの対しては血行動態に基づく制限輸液管理が支持される。初期輸液は過剰とならないようにし、輸液反応性に基づいて投与すべきである。ノルアドレナリンは前負荷、末梢血管抵抗、心拍出量を増やすので、敗血症性ショックに投与すべきである。超音波検査により心機能をチェックし、血行動態の把握と治療の指標とする。早期ノルアドレナリン投与と制限輸液、血行動態に基づく治療戦略の有用性について臨床研究を行うべきである。

◎ 私見
 輸液を制限し、早期ノルアドレナリン投与を推奨。すでに多くの症例でこのような管理になっているような気もする。ショックの患者に輸液だけしてしばらく待ち、それからおもむろにノルアドレナリンの準備、、、なんてしていないから。
 輸液や抗菌薬、ノルアドレナリンだけでなく、敗血症に対して用いられうる全ての治療的介入は時間の要素が重要なのでしょう。そういったところを検証するために、まずはしっかりとした観察研究(レジストリ)をすべきなのだと思う。

2016年1月4日月曜日

敗血症と輸液②

A rational approach to fluid therapy in sepsis.
Marik P, Bellomo R.
Br J Anaesth. 2015 Oct 27. PMID: 26507493

✔ 輸液反応性
 敗血症における輸液療法の目的は心拍出量と臓器灌流を改善することにより臓器障害を軽減することである。したがって輸液を投与する唯一の理由は一回拍出を臨床的に有意に増加させること、ということになる。輸液負荷(250~500ml)をした後に一回拍出量が10~15%増加した時に輸液反応性があると判断される。Frank-Starling曲線によると、適切な前負荷が達成されるまでは輸液負荷によって一回拍出量は増加するが、”適切な前負荷”を超えると一回拍出量は増えなくなる。また、輸液負荷は有益でないばかりか有害となることがある。Frank-Starling曲線が平坦になる部分において輸液負荷が有害となることの理由は、高い充満圧のために拡張障害をきたすことから説明できる。心房圧は上昇し、静脈圧や肺静水圧も上昇し、ナトリウム利尿ペプチドの産生増加を誘起し、水分は間質に移動して肺や組織の浮腫をきたす。組織浮腫のために酸素や栄養基質は拡散しづらくなり、組織構造が破壊され、毛細血管血流やリンパ流が阻害され、細胞間作用が不可能になる。右房圧(CVP)の上昇は主要な臓器の静脈圧の上昇を意味し、微小循環を傷害して臓器機能は低下する。特に腎臓は静脈圧上昇の影響を受けやすく、腎血流量は減少してGFRが低下する。
Frank-Starling曲線と肺外水分量(文献より引用)

✔ 敗血症における輸液反応性
 いくつかの研究で、血行動態不安定な敗血症患者で輸液に反応するものは50%程度であることが知られている。にもかかわらず、輸液負荷が治療の要とされている。敗血症における静脈容量や心機能に対する影響を鑑みると、低血圧性ショックをきたした敗血症における輸液反応性は40%にも満たないだろう。
 輸液のゴールはStressed volumeを増加させてMCFPをCVPよりも大きくし、静脈還流における圧較差を高くすることである。しかし、晶質液の血管内容量増加作用はわずかである。健康成人を対象にした研究で、晶質液投与3時間後には15%しか血管内に残っておらず、50%は細胞間質の容量となっていたと報告されている。敗血症患者では晶質液投与1時間後に5%しか血管内に残らないとする報告もある。つまり、輸液負荷の効果はごく短時間に限られ、間質浮腫の大きな原因となると言える。Nunesらは輸液反応性のあった患者でも、1時間後には一回拍出量が元に戻ってしまったと報告している。Glassfordらも輸液によって上昇した平均血圧が1時間後には元に戻ってしまったと報告している。FACTT試験のPost-hoc解析をしたLammiらは輸液反応性のあった患者は23%で、平均血圧はわずかに上昇するも尿量は変化しなかったとしている。
 Monge-Garciaらは敗血症性ショックにおける輸液負荷の動脈系への影響を調べている。それによると67%が輸液反応性ありと判定されたが、平均血圧はこれらのうち44%でしか増加しなかった(つまり、心拍出量が増えたが血圧は上昇しないものがあったということ)。平均血圧が上昇しなかった群では動脈エラスタンスとSVRが減少していた。他にも輸液負荷によりSVRが低下したという報告があり、敗血症性における積極的な輸液負荷は血管拡張療法であると考えるべきで、Hyperdynamic stateを助長するだけかもしれない。
 要約すると、重症敗血症ならびに敗血症性ショックの大部分の患者は輸液反応性が無いだけでなく、輸液による血行動態の変化はあったとしてもわずかで短時間しか有効ではなく臨床的には有用ではないといえる。しかも、左室充満圧を増加させ、血管内膜のGlycocalyxを傷害し、動脈系を拡張させ、組織浮腫を引き起こす。つまり、重症敗血症ならびに敗血症性ショックにおける積極的輸液戦略を治療の要とする考え方は再考の余地があるということである。実際、過剰な輸液が死亡率を上昇させることがわかっている。しかし、SSCGの新しいガイドラインでは依然として輸液負荷が推奨されている。これは塩水溺水を引き起こしているにすぎないように思える。そもそも、高乳酸血症は嫌気性代謝や酸素供給量低下を反映しておらず、酸素供給を増やすアプローチは酸素消費を増やさず乳酸値も下げないばかりか死亡率を上昇させることが分かっている。
 これらの研究結果から、輸液反応性のある患者のみに輸液をすべきということが分かる。さらに、輸液反応性があるとしても、利益と危険性の比率を考慮してから輸液負荷すべきである。輸液反応性の効果は短時間しか得られず、大量輸液(20~30ml/kg)は輸液過負荷となりうることから、ミニ輸液負荷(200~500ml)が推奨される。Passive leg raising(PLR)や一回拍出量をリアルタイムでモニタしながら行う輸液負荷なども有用である。施行しやすさや正確性、安全性などを考慮するとPLRが最も望ましい。PLRは下肢を挙上して下半身の静脈血(約300ml)を還流させ、心拍出量の増加の有無をみるもので、下肢を元の戻せば負荷も元の状態に戻る点が優れている。つまり、可逆的輸液負荷といえる。重症患者における有用性はメタアナリシスでも証明されている。重要なのは、心拍出量の変化をみるべきで血圧の変化をみるべきではないということである。PLRは自発呼吸のある患者、不整脈のある患者、低一回換気量で換気されている患者でも行うことができる。
 胸部X線写真、CVP、ScvO2、超音波(IVC呼吸性変動含む)は輸液管理において限られた有効性しかなく、この目的で使用すべきではない。身体所見も同様である。したがって、SSCGでCVPやScvO2を治療の指標としている事には問題がある。CVPが輸液反応性を予測する感度は50%に過ぎない。そもそも、適切な静脈環流と心拍出量を維持するためのCVPの正常値は0~2mmHgである。頸動脈パルスドプラやベッドサイドで行われる超音波検査も輸液反応性を評価するには不正確である。ScvO2は低値も高値も予後不良のサインである。近年の大規模研究でも、ScvO2を70%以上に管理しても予後は改善しないことが示されている。つまり、EGDTは重症敗血症や敗血症性ショックを管理するガイドラインとしては科学的に検証されておらず使用すべきではないということになる。
 さらにSSCGでは乳酸値を組織低灌流の指標として採用しているが、これは誤りである。HotchkissとKarlは20年前に敗血症において細胞低酸素や代謝障害は生じないことを示している。現在、重症敗血症におけるストレス反応のひとつとしてアドレナリンが放出され、Na-K-ATPaseを活性化し、乳酸産生が増加することが原因であるということが分かっている。敗血症では”代謝過剰”となると信じられていたが、酸素消費量やエネルギー消費量はおおむね健常人と同等であり、敗血症の重症度が増加するにつれエネルギー消費量は減少するといわれる。つまり、敗血症だからといって酸素供給を増やす必要はないのである。酸素供給量の最低限の閾値は3.8ml/min/kg(270ml/70kg)とされるが、これは心拍出量にすると約2L/minであり、敗血症においては死亡寸前にしか見られない値である。

◎ 私見
 輸液をすることを戒める内容。EGDTや種々の検査(超音波など)も一刀両断でバツ印をつけている。納得できる内容ではあるが、まあ、ここまで言うこともないかなと思ったりする。
 尖った文章に刺激されたので、最近考えているエビデンス適用のふたつのポイントを述べてみる。ひとつめはエビデンスを自分の中でどのように再構築するかである。敗血症を例にとれば輸液や各種モニタに対する重みづけを勉強しながら変えていくということになる。あくまで重みづけを変えるのであって、個々の研究結果に振り回されてはいけない。その結果として、輸液は”あまり”しなくなったし、ScvO2も”輸液の指標としては”使わなくなった。
 ふたつめは再構築した結果を周りの状態(環境)にどのように適合させるかである。同僚や他科の医師に自分の考えを押し付けるのはよくない。かといって何も言わないで自分の世界に閉じこもるのもよくない。例えば、僕はCVPをあまりみないが、CVPをみたいという意見そのものは否定しない。医学的に正しいかどうかと、意見を否定すべきかどうかは別の問題だと思うからである。

2016年1月2日土曜日

敗血症と輸液①

A rational approach to fluid therapy in sepsis.
Marik P, Bellomo R.
Br J Anaesth. 2015 Oct 27. PMID: 26507493


✔ 緒言
 19世紀、コレラによる循環血液量減少性ショックには寫血が行われていた。21世紀初頭、敗血症性ショックに対しては大量の晶質液(72時間で17Lに達することも)が投与されるようになり、国際的ガイドラインでもこれが標準的治療であるとされてきた。二つの治療法は病態生理学的に正しい治療法とは言えず、有害ですらある。コレラは下痢による体液喪失が主体なので大量輸液が治療となる。一方、敗血症性ショックは水分喪失を伴うわけではない。敗血症は動脈ないし静脈の拡張による微小循環障害と心機能障害を主体とするものであり、輸液には反応が悪い。にもかかわらず、EGDTとしてCVPを指標とした積極的輸液が推奨されてきた。実際、近年の多施設研究(ProCESS、ARISE、PROMISE)やメタアナリシスではEGDTに基づく治療は必ずしも敗血症性ショックの患者の予後を改善しないかとが分かってきた。

✔ 正常の循環生理
 心臓から駆出される血液の量は心臓に還流してくる静脈血の量に等しい。Guytonは静脈環流量が末梢静脈圧と右房圧の圧較差で規定されるとしている。理論的には静脈系はStressed volumeとUnstressed volumeのふたつに分けられる。静脈系に血液を満たしていったとき、圧が上昇しはじめる直前までの血管内容量をUnstressed volume、圧の上昇を伴いながら増加する容量をStressed volumeという。Mean circulatory filling pressure(MCFP)は心臓が停止していると仮定した場合の血管内圧のことだが、Stressed volumeがこのMCFPの最も大きい規定因子となる。MCFPは正常では8~10mmHgだが、静脈環流量の最大の規定因子でもある。
 通常、大量の輸液を行っても静脈系で緩衝されてMCFPはほとんど上昇しない。しかし、拡張障害があると輸液によって心腔内圧(特に右心系)がMCFPよりも速やかに上昇し、MCFPとの圧較差が減少してしまう。臓器灌流は動脈圧と静脈圧の較差(MAP-CVP)によって決定される。すなわち、高CVPでは臓器灌流圧が低下してしまう。静脈圧は平均血圧よりも微小循環に与える影響が大きいため、平均血圧が臓器の自己調節能の範囲内にある場合は、臓器微小循環灌流を規定するのは静脈圧であるということになる。
 Flank-Starlingの法則では左室拡張末期容積(前負荷)が大きくなると一回拍出量(SV)が増加するが、ある点を超えるとSVは前負荷の増加に対して不変となる。輸液が一回拍出量を増やすためには二つの条件を満たしていないといけない。1)輸液がCVPよりもMCFPを増加させ、静脈圧較差が増大する。2)両心室共にFrank Starlingの上行脚に位置する。
 血管内皮細胞は管腔側表面をGlycocalyxという糖蛋白の網で覆われている。Glycocalyxはバリアとしての役割を持ち、大分子が透過するのを防ぎ、白血球や血小板の凝集を防ぎ、組織浮腫が起きないようにしている。大量輸液で心腔内圧が上昇するとナトリウム利尿ペプチドが分泌される。ナトリウム利尿ペプチドは血管内膜のGlycocalyxに存在するプロテオグリカンや糖蛋白を分解して血管透過性を上昇させる。また、ナトリウム利尿ペプチドはリンパ液の排出を減らしてしまう。

✔ 敗血症による血管機能障害
 敗血症性ショックは動脈と静脈の拡張を伴う血管麻痺が本態であり、NO合成酵素(NOS)の増大によるNO増加、KATPチャネルの活性化による血管平滑筋細胞の過分極、ナトリウム利尿ペプチドの産生増加(NO産生に相乗的に作用する)、相対的バゾプレシン欠乏によって生じる。動脈拡張が低血圧を起こすのだが、より重要なのは、静脈拡張によって臓器や皮膚の血管床が拡張し、Unstressed volumeが増加し、静脈環流量が減少して心拍出量が減少する点である。およそ70%の血液が静脈系に存在し、その量の変化が静脈環流量を決定するのである。
 敗血症は血管内皮接着因子の発現、血小板・白血球の活性化により凝固系が活性化する点も特徴的であり、その結果としてびまん性の血管内皮障害、微小血栓、血管内皮細胞間隙の増大、Glycocayxの消失が起きる。これらのメカニズムにより、微小循環が障害され血管透過性が亢進する。

✔ 敗血症による心機能障害
 敗血症性ショックによる心機能抑制は1984年にParkerらによって報告されたのが初めてである。彼らは左室収縮障害が50%の患者で認められたとしている。この報告で興味深いのは、死亡例ではEFや心腔容量が正常で経過中不変であったということであり、これは拡張障害の存在していた可能性がある。重症敗血症や敗血症性ショックでは拡張障害は普遍的な所見であると考えられつつあり、収縮障害の2倍の頻度で認められるという報告もある。Landesbergらは拡張障害が54%、収縮障害が23%に認められたとしている。Brownらは拡張障害の頻度を62%と報告しており、収縮障害ではなく拡張障害が予後規定因子であったとしている。もともと拡張障害は高血圧、糖尿病、肥満、高齢に多いとされている事から、これらの因子を持つ患者が敗血症になった場合は拡張障害の頻度はさらに大きいとみなくてはならない。拡張障害があると輸液負荷に反応しにくくなる。Ognibeneらの1988年の報告によると、敗血症患者に輸液をすると、心充満圧が増大し静脈圧や肺の静水圧も上昇するが、ナトリウム利尿ペプチドの分泌が増加して、心拍出量はわずかしか増加しなかった。過剰輸液そのものも拡張障害を引き起こす点も考えておかなくてはならない。

◎ 私見
 麻酔科系の雑誌に載った敗血症の輸液に関するReview。筆者はMarik先生とBellomo先生。わかりやすくて久しぶりに時間を忘れて読みました。循環評価における静脈系の意義について最近とくに注目しているので、その点からも面白かった。
 まずは正常な循環整理と敗血症におけるその変化が解説されている。次回以降は輸液反応性や過剰輸液についての解説が続く。