2016年1月20日水曜日

ストレス心筋症を理解する

Understanding stress cardiomyopathy.
Hollenberg SM.
Intensive Care Med. 2015 Aug 14. PMID: 26271909


✔ 症例提示
 76歳の女性がしたしい友人を亡くして数時間後に胸痛と発汗、息切れが生じて救急外来を受診した。十二誘導心電図で大きな陰性T波が前胸部誘導で認められた。トロポニンは上昇していた。
 これは心筋梗塞やストレス心筋症の典型的な例である。ストレス心筋症とACSを鑑別することは非常に困難だが病態生理や治療が異なるため重要である。
 ストレス心筋症は急性におきる可逆性の症候群で、心尖部の壁運動障害がある一方で心基部の壁運動は正常であるという特徴がある。最終予後はおおむね良好だが、発症早期に心原性ショック(4%)、心室性不整脈(1~2%)、死亡(1~1.5%)を起こす事がある。ICUにおいて、ストレス心筋症は他の病態(SAHなど)に合併して起きることがある。
✔ 診断
 診断基準をTable 1に示す。神経-心連関によるストレス心筋症は、感情ストレスや他のストレス(カテコラミン等の薬剤、神経障害)に伴って起きるが、明らかな外因性ストレスがなくても除外することはできない。多くの症例は胸痛や呼吸困難を訴える。閉経後の女性に多い。ST上昇は30~50%の症例に認められ、前胸部誘導のT波陰転化は時に劇的に生じる。トロポニンは上昇する。冠動脈閉塞の除外はACSを除外して診断を確定させるうえで有用である。心尖部の膨張と心基部の壁運動が正常であることは心室造影やエコー、MRIで確認できる。また、MRIのガドリニウム造影遅延が心筋に認められなければ心筋壊死を除外できうる。心筋壁運動障害のパターンには他にも心尖部は正常で心基部が障害されるReverse takotsuboなどが報告されている。右室が障害される例も30%ほどある。いずれにしろ最も特徴的なのは、あくまで一過性であり数日から数週間で軽快する点である。
ストレス心筋症の診断基準(文献より引用)
✔ 病態
 当初は血管攣縮が原因ではないかと言われていたが、壁運動障害と冠動脈の分布に解剖学的な一致が認められないことから恐らく違うと考えられる。
 ストレス心筋症はカテコラミン過剰によって生じるとするいくつかの証拠がある。まず、ストレス心筋症患者では血中カテコラミン濃度が上昇している。また、心筋生検の結果が褐色細胞腫などのカテコラミン過剰患者でみられるものと一致しており、心筋梗塞とは異なっている。不動化によってラットにストレス心筋症を実験的に再現できるが、アドレナリン阻害薬で予防できる。
 近年、高濃度のアドレナリンが心筋のG蛋白共役情報伝達系に与える影響が注目されている。ノルアドレナリンはG蛋白(Gs)共役型のβ1受容体に作用して細胞内のcAMP濃度を増加させ収縮力を増大させる。一方、アドレナリンはβ1受容体に作用するのに加え、β2受容体に対する親和性も高い。生理的なアドレナリン量ではβ2受容体を介して収縮力を増大させるだけだが、高濃度ではβ2受容体を介して抑制性のGi蛋白を活性化し、収縮力を弱めてしまう。ヒトの心筋には心基部より心尖部でβ2受容体が多く分布しているので心尖部のみ収縮力が弱まる変化が生じるのである。この仮説は実験レベルでも検証されている。
 このメカニズムは一過性の経過も説明する。β2受容体に共役しているGi蛋白は不整脈を抑制すると共に心筋再生を誘導する。これがアドレナリン量減少に伴う収縮力増大と相まって心機能が改善する。
 その他の機序として、心表面の冠動脈血管攣縮は稀ではあるが、心筋内冠動脈微小血管の攣縮はあるかもしれない。カテコラミン過剰による酸化ストレスも発症メカニズムとして可能性がある。患者によって心筋壁運動障害のパターンが異なることの理由は不明である。遺伝学的な差異がこれを生み出しているのかもしれない。女性に多いことの理由も不明である。
ストレス心筋症のメカニズム(文献より引用)
✔ 治療
 基本的には支持療法である。ACSを疑い抗血小板療法が開始された場合は中止してよい。動かなくなった心尖部に血栓ができたと報告されているが、ルーチンで抗凝固をする必要はないと思われる。カテコラミン拮抗薬による再発予防は動物実験では支持されるがヒトを対象としたRCTは存在しておらず、血行動態が不安定な患者では推奨できない。薬物学的な血行動態サポートが必要な場合は、カテコラミン以外の例えばミルリノンやレボシメンダンがよいかもしれない。IABPやECMOが必要になることもあり得るが非常に稀である。比較的迅速に改善していくので、画像所見などを頻繁にフォローしておく。
 再発が報告されているが稀(2~10%)である。もし禁忌がなければβ遮断薬を使用してもよい。QT延長がある場合は正常化するまでは不整脈の危険がある。ストレス心筋症と神経障害に起因する心機能障害はオーバラップがある。

◎ 私見
 よくまとまっていて読みやすいShort review。忘れたころにやってくるストレス心筋症。でも、気付かないだけでたくさん生じているのかもしれない。蘇生後(アドレナリン投与+神経障害)の患者さんとか、もっとしっかり調べてみてもよいのかも。

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