2015年12月28日月曜日

腹臥位と筋弛緩薬は重症ARDSの標準治療となり得るか:We are not sure

Prone positioning and neuromuscular blocking agents are part of standard care in severe ARDS patients: we are not sure.
Gattinoni L, Marini JJ.
Intensive Care Med. 2015 Dec;41(12):2201-3. PMID: 26399892


✔ 過去にARDSの予後を改善することが証明された研究は低一回換気量、腹臥位、筋弛緩薬の三つだけである。機序は若干異なるが最終的には人工呼吸管理に伴う有害事象を減らすことで予後を改善することが共通している。
✔ 腹臥位
 腹臥位の有益性は酸素化の改善である。腹臥位にすることで背側肺が大きくリクルートされ、腹側肺の容量減少を凌駕する。もし換気も改善するのなら予後はもっと良くなるだろう。腹臥位の最も重要な点は解剖学的な観点から、肺全体が均等に換気されるようになり、物理的なストレスが減少するという点である。
 初期の無作為化試験は重症度に関わらずARDSを対象とし、1日6時間の腹臥位としたためか有効な結果では無かった。Guerinらはより重症のARDSのみを対象としてより良い結果を報告した。
 腹臥位の利益をうけるためにはリクルート可能な肺組織が存在し、換気不均等が生じていることが必須である。この点は重症ARDSの特徴でもある。よって長時間の腹臥位換気はP/F<150で考慮ないし試験的に適用してP/F<100では積極的に行うことになるが、腹臥位が有用なARDSの条件となると未だはっきりしていない。
✔ 筋弛緩薬
 筋弛緩薬は酸素化を改善し、酸素消費量を減らすことで換気必要量を減らし、混合静脈血酸素量を増やし、PEEPに対するリクルートメント効果を増強することができる。ARDSで吸気努力が強いときは非同調を減らして機械的合併症を減らす事ができる。過去25年間は筋障害や気道分泌物クリアランスの低下の悪影響が懸念されているうえに自発呼吸をのこす事の有益性が報告されて、筋弛緩薬は使われなくなった。それゆえPapazianらの報告(ACURASYS)は驚きを持って迎えられた。
 いくつかの点が議論になっている。まず、酸素化が極めて悪い群にのみ予後改善効果が認められている。また、高PEEPが有用と考えられる重症ARDSを対象としているにもかかわらず低めのPEEPが使用されている。シスアトラクリウムを投与するのは最初の48時間だけであるにもかかわらず死亡率に差が生じるのはかなり後になってからである。また、予後について確定的なことを言うにはアンダーパワーである、といった点である。興味深いことに、両群間の分時換気量には有意差が無く、呼吸努力を減らす事が予後改善の要因ではないようである。シスアトラクリウムは他の筋弛緩薬(ステロイド骨格を持つ)に比べて安全である、という点も重要である。
 我々は筋弛緩薬を標準的治療とはみなしていない。しかし、重症で呼吸器との非同調が著しく低酸素が継続しているような症例では使用できるかもしれない。
✔ 結論
 腹臥位と筋弛緩薬は重症ARDS患者の一部で適応となりえる。ただし、腹臥位は実験的にも臨床的にも標準的治療に加えることに異論はないが、筋弛緩薬はそこまでではない。腹臥位は長時間の適用が望ましい。筋弛緩薬は鎮静を強めても過剰な吸気努力が生じている(食道内圧計等で評価)で使用を考慮する。

◎ 私見
 Gattinoni先生の中立意見。というか、腹臥位はいいけど筋弛緩薬はそれほどでもという感じ。自分の意見はこの意見に近い。腹臥位が有用な条件…。CTは難しいから肺エコーで評価できるといいのかなあ。

2015年12月26日土曜日

腹臥位と筋弛緩薬は重症ARDSの標準治療となり得るか:NO

Prone positioning and neuromuscular blocking agents are part of standard care in severe ARDS patients: no.
Ferguson ND, Thompson BT.
Intensive Care Med. 2015 Dec;41(12):2198-200. PMID: 26399891


✔ ”標準的治療”とうい言葉の定義は使われる文脈によって異なるものである。我々は最良の治療という意味において腹臥位や筋弛緩薬を”標準的治療”として考えることができるかどうかを論じる。
✔ 腹臥位は三十年以上研究され、酸素化を改善するが一つの例外を除き死亡率を変えないとされてきた。しかし、メタアナリシスで特に重症なARDSに長時間適用することで予後が改善する可能性が指摘れたため、Guerinらは重症ARDSのみを対象として1日17時間という長い時間腹臥位を行うことの有用性を検証した。酸素化が改善し(肺リクルートメントを反映していると考えられる)、死亡率が減少した(肺保護効果を反映していると考えられる)。この結果をもとに標準的治療として腹臥位を導入できるかと言われると、そうではないと考える。
 まず、より高いPEEPが中等症~重症ARDSの予後を改善する可能性があるにもかかわらず、PROSEVAでは低いPEEPが使用されている。つまり、高PEEPによる標準的管理に比較して腹臥位が優れているかどうかが判明していない。また、経験のない施設で腹臥位を行うことの危険性を検証した試験もない。高PEEP・低一回換気量で管理した群との比較試験が行われるまでは重症ARDS患者の初期管理に腹臥位は行わない。高PEEPでリクルートメントが進まない(酸素化が改善しない)場合はPROSEVAで検証されたような低PEEP・腹臥位での管理で管理する。経験のない施設ではスタッフの訓練を行ってから導入すべきである。
✔ 同様の状況が筋弛緩薬に関しても存在する。筋弛緩薬の有用性は人工呼吸器との同調性の改善に依っている。自発呼吸のあるARDS患者は強い吸気努力を呈している事があり、目標とする一回換気量よりも大きい呼吸を頻回に行ってしまい、非同調からVolutraumaやBiotraumaを起こしてしまう。
 2010年にフランスのグループから筋弛緩薬のシスアトラクリウムがARDSの予後を改善するというACURASYS研究が報告された。しかし、この研究結果はいくつかの点で限界がある。まず、死亡率減少についてはベースラインをアジャストして初めて有意差がでており、筆者ら自身がアンダーパワーの可能性について言及している。次に、筋弛緩薬の副作用である筋障害について感度の低い評価方法を用い、過小評価している可能性がある。また、介入群と対照群両方とも高用量の鎮静薬を使用しており、長期間の機能的・神経学的予後を悪化させている可能性がある。つまり、高PEEPで鎮静薬を減らして行う通常の管理と比べて筋弛緩薬が優れているかどうかは判明していない。
✔ 腹臥位も筋弛緩薬も将来性のある治療ではあるがその意義はまだはっきりしていない。

◎ 私見
 トロントのFerguson先生からの意見。最初のパラグラフで「標準的治療」って何?という定義について述べた後に舌鋒鋭くPROSEVAやACURASYSの問題点を指摘していく。ここで挙げられている「高PEEP+低一回換気量+浅鎮静を対照群とした比較がなされていない」という視点は大切だと思う。

2015年12月22日火曜日

腹臥位と筋弛緩薬は重症ARDSの標準治療となり得るか:YES

Prone positioning and neuromuscular blocking agents are part of standard care in severe ARDS patients: yes.
Guérin C, Mancebo J.
Intensive Care Med. 2015 Dec;41(12):2195-7. PMID: 26399890


✔ ベルリン定義策定に関わった専門家により、酸素化の程度に応じた治療戦略が勧められている。低一回換気量戦略は重症度に関わらず適用し、PEEPは重症度に応じて高くする。専門家は重症ARDSでは腹臥位や筋弛緩薬を勧めている。腹臥位の推奨はいくつかのメタアナリシスと、近年行われた多施設無作為化試験であるPROSEVA trialに基づいている。筋弛緩薬の推奨は無作為化試験であるACURASYS trialに基づいている。
✔ 腹臥位と筋弛緩薬が重症ARDSの標準的治療となり得る理由は病態生理、臨床的有用性、安全性の3点から説明される。腹臥位も筋弛緩薬も侵襲的人工呼吸管理における安全なガス交換を達成し、人工呼吸関連肺障害を予防することを目的として行われる介入である。腹臥位では仰臥位に比べて経肺圧と換気が全肺に均等に分布するようになる。肺の過伸展が最小となり、肺容量は大きくなり、BiotraumaやVILIが減少する。筋弛緩薬は呼吸筋を休ませることで部分的な経肺圧増大を抑え、VolutraumaやBiotraumaを減らす。実際、ACURASYSでは筋弛緩薬投与群で有意に気胸が少なくなっており、また、肺の炎症の程度が低くなったとする研究報告も存在する。筋弛緩薬によって危険な呼吸同調(リバーストリガー)も抑制できる。リバーストリガーは肺を過膨張させてしまうので有害である。自発呼吸で生じるPendellufut現象、ダブルトリガーや二段吸気も抑制できる。吸気努力を抑制することで横隔膜損傷も抑止できる。
✔ ARDSの換気戦略のうち、有益であると証明されているのは低一回換気量、腹臥位、筋弛緩薬だけである。しかし、これらの介入はARDSの原因疾患の臨床経過に影響を与えるものではない。これらの介入が有効であるという臨床研究の結果は人工呼吸に伴う有害な作用を抑えることができたから得られたと解釈すべきである。
✔ ACURASYSとPROSEVAの対象患者はどのように選択されていたのだろうか。両試験共に対照群の死亡率が33%前後と同等であった。ARDSと確定されてから介入が行われる時間はACURASYSが16時間であったのに対し、PROSEVAでは32時間であった。ACURASYSでは筋弛緩薬は48時間投与され、PROSEVAでは1日17時間腹臥位を継続していた。
✔ 腹臥位ではさらに循環にもよい影響がある。酸素化が改善してPEEPを減らす事ができれば右心系への負荷を軽減し、ARDSで約50%に起きると言われる肺性心を予防できる。また、前負荷が保たれていれば、腹臥位にすることで心拍出量が増加すると言われている。
✔ 上述の利益は危険性や安全性の問題とバランスがとれているだろうか? 腹臥位については静脈ライン事故抜去や気管チューブの位置異常が考えられる。PROSEVAでは経験豊かなセンターで施行されたこともあってほとんど合併症が起きていない。腹臥位は経験のあるスタッフによって行われれば安全だろう。筋弛緩薬についてはICU acquired neuromuscular weakness(ICUAW)が問題だが、これは喘息患者にステロイドと同時に投与した際に生じたという報告が元になっている事に注意が必要である。ACURASYSでもかなりの数の患者にステロイドが使用されているが筋力低下は対照群と同等であった。
✔ 重症ARDSに対する腹臥位の有用性は再現性を持って報告されており、十分に証明されていると言える。筋弛緩薬のデータはそれほどでもないかもしれないが腹臥位と組み合わせて使用することが病態生理学的観点から有用であろうと思われる。
腹臥位と筋弛緩薬の利点欠点(文献より引用)
◎ 私見
 腹臥位と筋弛緩薬に関するPro-Con。PROSEVAのGuerin先生の意見。ということで腹臥位推しでついでに筋弛緩薬もいいのでは、という論調。
 腹臥位については「経験のある施設ならば」という但し書きが曲者。たくさんやってコツのつかめているところなら合併症が少なくなるのは当然だと思うし。「経験」ってなんでしょう。「やったことない」から「経験豊か」の間にはいくつもの段階があると思うのだけど、どのあたりから安全になるのでしょう。

2015年12月19日土曜日

アシネトバクターはなぜ問題か

Why is Acinetobacter baumannii a problem for critically ill patients?
Kollef MH, Niederman MS.
Intensive Care Med. 2015 Oct 16. PMID: 26474995


✔ 初期治療として投与された抗菌薬が起炎菌をカバーしていないと死亡率が倍になるという報告がなされたのは2000年である。ICUにおいても同様の結果を示した追試がなされた。さらに、抗菌薬投与のタイミングが遅れると死亡率が増えるだけでなく在院日数も増加することも示されている。したがって、できるだけ早期に広域の抗菌薬を投与したうえで起炎菌と感受性判明後に狭域化することになる。しかし、耐性菌の蔓延とともに初期抗菌薬治療の失敗は増えており、特にAcinetobacter baumannii(AB)、Pseudomonas aeruginosa、Carbapenemase-producing Enterobacteriaceaeなどのグラム陰性桿菌が問題である。
✔ ABのカルバペネム耐性は個々10年で倍に、また唯一感受性があることの多いコリスチンへの耐性も2.8%から6.9%まで増えている。さらに多剤耐性ABの検出率も21.4%から35.2%に増加している。多剤耐性ABは介護施設入所患者からの検出が最多で約半数を占め、以下、一般病棟、ICU、外来と続く。
✔ 多剤耐性ABによる治療失敗(抗菌薬のカバーから外れてしまう状態)は死亡の強い危険因子である。どうすれば患者を守ることができるであろうか。まず大切なのは、徹底的に感染防御手技を行うことである。多剤耐性ABの伝播において重要なのは感染源コントロールと宿主因子である。感染源コントロールのために環境や備品を洗浄し、手洗いを徹底し、患者を清潔に保つ。例えばクロルヘキシジン清拭により多剤耐性ABの感染が減ったという報告がある。宿主因子については免疫抑制状態や血液浄化療法、人工呼吸器使用などといった危険因子をできるだけ取り除くことであるが、当然ながらこれは非常に難しい。
✔ 有効な治療が無いことが多剤耐性AB感染の管理を難しくしている。コリスチンが重要であり、これを基本としていくつかの抗菌薬(リファンピシン、カルバペネム、スルバクタム、テトラサイクリンなど)を組み合わせて使用する方法が有効であると報告されている。しかし、まだ結論は出ておらず、コリスチンによる腎障害が問題となる。肺炎ではコリスチン吸入が有効である。新規薬剤もいくつか作られている。エラバサイクリンなどである。しかし、新規薬剤を盲目的に使うのではなく、不必要な抗菌薬の使用を減らす体制作り(スチュワードシップなど)がまずは大切である。
アシネトバクター感染症に対する抗菌薬(文献より引用)
◎ 私見
 いまのところ多剤耐性アシネトバクターに悩まされる状況にはないが、すぐそこにある危機と考えなくてはならないだろう。薬剤に頼るだけでなく、標準予防策が極めて重要であることは論をまたない。しかし、そこが実は一番大変なことも事実。特にOpen ICUで様々な科のスタッフが関わるうえに、医師の異動が半年に1回あったりする大学病院とかだとルールの徹底がなされなかったりで…

2015年12月14日月曜日

敗血症と乳酸アシドーシス③

Lactic acidosis in sepsis: It's not all anaerobic. Implications for diagnosis and management.
Suetrong B, Walley KR.
Chest. 2015 Sep 17. doi: 10.1378/chest.15-1703. PMID: 26378980

✔ 乳酸の臨床応用
1.いつどのように計測するのか
 アニオンギャップが増大していれば乳酸アシドーシスが存在する可能性があるが、アニオンギャップが正常だからと言って乳酸アシドーシスが無いとは言えない。逆に乳酸アシドーシスが存在している時も、他のアニオンギャップを増大させる原因が隠れていないかどうかを探すべきである。多くの場合、静脈血乳酸値は動脈血乳酸値より若干高値であるが、その相関は強い。よって、動脈血と静脈血、どちらも評価に耐えうる。長時間血液サンプルを放置すると赤血球や白血球に由来する乳酸によって値が上昇するので、採血から15分以内に計測すべきであり、それ以上時間がかかるときは氷冷する。
 乳酸値を重症度の指標とし、トリアージに用いることは特に血行動態が安定している患者において有用である。SSCGでも乳酸値>4mmol/Lを重症敗血症の指標の一つとして採用している。発熱性無顆粒球症患者において、血行動態が安定していたとしても高乳酸血症が存在した場合は48時間のうちに敗血症性ショックに進行すると言われている。

2.乳酸による予後予測
 重症敗血症において乳酸値は予後と相関する。敗血症性ショックでは高乳酸血症を呈した患者の方が予後が悪い。多くの研究で乳酸値の初期値が高く、これが持続する場合に予後不良となることが証明されているが、明確なカットオフ値は判明していない。血行動態の安定した敗血症患者では乳酸値>4mmol/Lが予後不良を予測する独立した危険因子であることがわかっているが、敗血症性ショックに至った例では中等度の乳酸値上昇(2~4mmol/L)も有意に予後を悪化させる。

3.乳酸による治療効果判定
 乳酸値が減少してくれば、予後は良好で治療が適切である証拠であるとされている。Jansenらは乳酸値を指標とした治療プロトコルで予後が改善することを示した。しかし、乳酸単独では治療の効果が適切かどうかを判定することはできない。例えば、敗血症性ショックの患者にアドレナリンを投与して乳酸値が増加したケースでは予後がむしろ良いことが報告されている。アドレナリンによって血行動態が改善した半面、解糖系が賦活されて乳酸値が二次的に上昇したのである。

4.乳酸値と中心静脈血酸素飽和度
 Riversらによってプロトコルに従った早期の治療的介入が有効であることが示された。適切な輸液と血圧維持の後に中心静脈血酸素飽和度を治療指標として採用しているのだが、乳酸クリアランスはこの代替指標として用いることができる。Jonesらは乳酸クリアランスを指標とした群と中心静脈血酸素飽和度を指標とした群とで死亡率に差が無いことを報告している。面白いことに、乳酸値が10%以上減少したにもかかわらず中心静脈血酸素飽和度が70%未満の群の死亡率は、中心静脈血酸素飽和度が改善した群に比べて死亡率が低かった。しかし、乳酸値も中心静脈血酸素飽和度も酸素供給の適切性を評価するという観点からは問題がある。心エコーや静脈血-動脈血炭酸ガス分圧較差などと組み合わせて評価すべきである。ベッドサイドで得られる所見(意識レベル、尿量など)はバイオマーカに比べてずっと価値があるということは忘れられがちである。

5.敗血症における乳酸アシドーシスの治療
 乳酸アシドーシスを治療するためには原因を治療しなくてはならない。つまり、早期の抗菌薬投与とソースコントロールが重要である。ショックの患者では酸素供給量の是正も同時に行わなくてはならない。各臓器局所で産生される乳酸についても考慮しなくてはならない。腸管虚血/壊死、循環不全やコンパートメント症候群による四肢末梢壊死、その他の臓器の機能不全なども検索して治療する。
 初期蘇生では酸素供給量を是正して大循環(Macrocirculation)を立て直す事を目標とする。蘇生プロトコルに含まれる大循環の指標としては中心静脈圧、平均血圧、心拍出量、酸素運搬量などがある。効果的な蘇生のためには、これに微小循環(Microcirculation)の状態も考慮に入れるべきである。舌下部の微小循環を可視化する方法がある。これらの高度な機器の結果や臨床所見(斑状皮疹など)で微小循環障害が明らかとなった場合は、微小循環を改善させるような介入(NO、Protein Cなど)を考える。
 カテコラミンの使用量を抑えることは重要である。β刺激が解糖系を刺激して乳酸値を増加させる可能性があるからである。敗血症性ショックの患者ではノルアドレナリンの投与量を減らしてバゾプレシンを併用した方が予後が良いことが報告されている。チアミンを補充することで好気的代謝を増やせる可能性がある。
 不必要な骨格筋仕事量を減らすことも重要である。例えば、喘息発作で強い呼吸窮迫を起こすと高乳酸血症となることがある。
 肝機能の推移と肝毒性のある薬剤の使用には乳酸を高める可能性があるので注意する。例えば、心不全による肝うっ血や循環不全による肝障害、過剰栄養、肝毒性物質などである。
 乳酸値を下げてアシデミアを是正しようという試みもされてきた。炭酸水素ナトリウムは臨床的予後を改善しない。炭酸ガス産生量を増やし、イオン化カルシウムを減らし、心機能や血管平滑筋緊張に悪影響を及ぼし得る。腎代替療法(RRT)は乳酸値を減らして酸塩基平衡を正常化しうる。しかし、良質な臨床試験はない。Dichloroacetate(DCA)はピルビン酸デヒドロゲナーゼ活性を増強し、乳酸値を減少させ、一方で酸素使用を増やす。RCTでは確かに乳酸値を減らしたが予後は改善しなかった。

◎ 私見
 敗血症での乳酸値の意義のまとめ。計測方法など知らなかったことが分かって満足。途中で述べられているとおり、乳酸値に固執するのはかえって危険。数字ばかり見てないで、ベッドサイドで患者さんに触れないといけないということだろう。

2015年12月11日金曜日

敗血症と乳酸アシドーシス②

Lactic acidosis in sepsis: It's not all anaerobic. Implications for diagnosis and management.
Suetrong B, Walley KR.
Chest. 2015 Sep 17. doi: 10.1378/chest.15-1703. PMID: 26378980

✔ 敗血症における乳酸アシドーシス
1.全身の酸素供給量低下
 敗血症における乳酸アシドーシスは酸素需要に見合うような酸素供給が行われなくなることによる組織低酸素が原因であると考えられてきた。実際、初期の研究によると酸素供給量と酸素需要量の関係からCritical pointを下回ったところで嫌気性代謝が行われる、すなわち組織低酸素が起きると報告されてきた。しかし、この結果はアーチファクトによるものであるとされており、その後のヒトを対象とした酸素供給量を増やすアプローチが予後を改善しないばかりか死亡率を増やす結果になっている。しかし、敗血症早期においては血行動態を改善することで組織低酸素が改善して乳酸値が減少することも事実である。これらの結果を理解するためには、早期蘇生相と蘇生後相という時相の違いを区別することが重要である。

 ショック早期では酸素供給量が低下し(まさにこれこそがショックの定義でもあるが)、組織低酸素をきたし、治療しなければ数時間で死に至る。様々な蘇生プロトコルにより(例えばEGDTのような)早期に酸素供給を増大させることが敗血症性ショックの死亡率を減らした。つまり、早期蘇生相における乳酸アシドーシスについては嫌気性代謝が重要であるということである。
 蘇生後相における高乳酸血症については他の原因についても考慮する必要がある。高乳酸血症が続くときに、酸素供給量の減少のみでこれを説明することはできない。Critical pointの3倍の酸素供給量を達成しても高乳酸血症が起きたことが報告されている。さらに、乳酸アシドーシスを起こした敗血症患者における乳酸:ピルビン酸比は正常範囲に保たれていたとも言われている。組織低酸素がなくとも、筋組織、腸管粘膜、心臓、肺、脳において乳酸アシドーシスは起きうる。興味深いことに、エスモロールは酸素供給量を減らすにもかかわらず乳酸値も減少させる事が分かっている。蘇生後相においては高乳酸血症をきたす原因について、組織低酸素以外の要素を検討すべきである。

2.酸素抽出率と微小循環不全
 敗血症によって酸素利用が障害される。正常では嫌気性代謝に切り替わる前に供給された酸素の約70%まで抽出率を増やすことができる。敗血症ではこの酸素抽出率が50%未満に減少する。血管内皮細胞における炎症反応により、微小循環不全が起き、ある局所における酸素供給量が減少するというメカニズムもある。さらに、ミトコンドリアの機能不全のため酸素供給が適切でも嫌気性代謝が起きてピルビン酸が乳酸産生に用いられることもある。つまり、全身の酸素供給量が正常でも局所においては嫌気性代謝が行われうるのである。

3.β2刺激による解糖系とNa-K-ATPase活性増加
 敗血症では安静時代謝率が増大し、糖代謝が増加する。解糖系への糖流入が増えるとピルビン酸をアセチルCoAに変換するPDHのキャパシティを超えてしまい、増加したピルビン酸はLDHによって乳酸に代謝されてしまう。動物実験で、血中アドレナリン、ノルアドレナリン濃度と高乳酸血症に関係があることと、β2刺激によってNa-K-ATPase活性が増大して解糖系への糖流入が増えることが報告された。これは、β2遮断作用のあるエスモロールや、Na-K-ATPase阻害薬であるウアバインによってエピネフリンによる糖代謝が抑制されるという実験結果からも裏付けられている。

4.乳酸クリアランス低下
 血行動態の安定した敗血症患者の高乳酸血症は、乳酸産生の増加というより乳酸排泄の障害が原因である可能性がある。病前の肝疾患や新規の肝障害が起きた場合は乳酸クリアランスが悪くなる可能性があり、余計な輸液負荷などの誘因となり得ることが問題である。
酸素供給と酸素需要の関係・酸素抽出率・Critical Point(文献より引用)
◎ 私見
 初期蘇生がうまくいったにもかかわらず、だらだらと高乳酸血症が続く患者さんを診たことがあり、どうしてなのか常々疑問に思っていたことが解決した。
 β遮断薬は以前に勉強した血管拡張薬と併せて敗血症性ショックの管理において注目している薬剤。さらなる研究を待ちたい。まあ自分でやるべきなのでしょうが…

2015年12月9日水曜日

敗血症と乳酸アシドーシス①

Lactic acidosis in sepsis: It's not all anaerobic. Implications for diagnosis and management.
Suetrong B, Walley KR.
Chest. 2015 Sep 17. doi: 10.1378/chest.15-1703. PMID: 26378980


✔ 乳酸値について
 乳酸アシドーシスは組織酸素供給量を意味し、予後不良に関与すると考えられているが、これは単純に過ぎる考え方である。乳酸値は嫌気的糖利用の結果生じた老廃物というだけではなく、エネルギー"シャトル(=運搬体)"ともいえる意義もある。
 1976年、CohenとWoodsらは高乳酸血症を組織酸素化不全の明らかなType Aと、組織炭素化不全がないType Bとに分類した。Type Bはさらに肝不全などの基礎疾患に関連するB1、薬物や毒物によるB2、先天代謝異常によるB3に分類される。

1.乳酸産生
 正常な状態でも乳酸は大量(およそ1.5モル/日)に産生されている。乳酸シャトル理論によると細胞レベルにとどまらず、離れた組織における酸化的糖新生の基質としても使用されうるとされる。通常、乳酸は骨格筋で産生される。皮膚、脳、小腸、赤血球も乳酸を産生する。肺は急性肺障害において組織酸素化不全が無くても乳酸を産生するし、白血球も貪食や敗血症の際に産生する。
 乳酸は糖の代謝の結果として生じる。解糖系において、糖はEmbden-Meyerhof経路のホスホフルクトキナーゼ(PFK)によってピルビン酸にまで代謝される。ピルビン酸はさらに二つの経路で代謝される。ひとつめは、好気的環境でミトコンドリアに入り、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)によってアセチルCoAとなりKrebs回路に入る経路である。この経路にはチアミンが補酵素として必要となることに注意する。Krebs回路でアセチルCoAは電子の受け渡しを経て大量のATPを生み出す。
 もう一つの経路は細胞質において乳酸に変換される経路である。この経路は乳酸デヒドロゲナーゼによって双方向性に調節されており、乳酸とピルビン酸の比はおよそ10:1になっている。酸素不足ではKrebs回路が使えないので乳酸が増える(Figure 1-A)。補酵素であるチアミンの欠乏でもKrebs回路に入れなくなるので乳酸が増える(Figure 1-B)。ピルビン酸から乳酸への変換にはNADHとH+が必要だが、細胞内にNADHが増えるような病態(ケトアシドーシスやエタノール中毒)でも乳酸が増える(Figure 1-C)。解糖系が活発化しピルビン酸が増えるような状態、例えば敗血症なのでも乳酸が増えるが、乳酸とピルビン酸の比は保たれる(Figure 1-D)。解糖系からの流入が増える状態としては、重度の呼吸窮迫やカテコラミン過剰、敗血症などが挙げられる。
Figure 1(文献より引用)

2.乳酸クリアランス
 乳酸は運搬可能なエネルギー基質であり、局所や離れた組織のミトコンドリア(ピルビン酸に変換されてからKrebs回路に入る)や糖新生(Cori回路)に使われる。乳酸は肝臓で代謝されるが、ある程度の量は腎臓でも代謝される。心筋は運動時やβ刺激やショックの状態で乳酸をエネルギー基質として用いる。脳も代謝需要が増えた際に乳酸をエネルギー基質として用いる。したがって、乳酸クリアランスの低下は単に組織低酸素のみを意味するわけではない。

3.酸
 糖からピルビン酸に代謝される際に生じた水素イオンと同量がピルビン酸から乳酸に変換される際に使用される。よって、乳酸が増えることそのものがアシドーシスを起こすわけではない。それでは、酸がどこからやってくるかというと、ATPの加水分解である。この酸はKrebs回路で消費されるが、組織低酸素状態ではKrebs回路が使われないので水素イオンが消費されず、アシドーシスになるのである。Krebs回路への流入が減ることによって付随的に乳酸が産生されるため、臨床的には乳酸アシドーシスと認識される(Figure 1-A)。乳酸産生の増加(Figure 1-BCD)や乳酸消費の減少(Figure 1-E)による可能性もあり、組織低酸素だけが原因とは言えない。

4.乳酸アシドーシスの病因
 臨床的観点からは、高乳酸血症は乳酸産生の増加や乳酸消費の減少、もしくはその両者によって生じると考えられる。敗血症やショックは高乳酸血症の原因となる。その要因の多くは組織低酸素に伴うものと考えられるが、酸素供給の減少と完全に関連しているかというとそうではない。全身の酸素供給低下が生じると通常数時間で死に至るが、敗血症患者では高乳酸血症が持続することからもそのように考えられる。CohenとWoodsらによる乳酸アシドーシスの分類によると、他の要因も敗血症における高乳酸血症に関連し得ることが理解され、これらも治療の際には考慮する必要があると言える。

◎ 私見
 乳酸は頻繁に評価するが、その正体について真剣に考えてこなかったので勉強してみた。あまりにも自分が不勉強であったことに反省です。
 エネルギーの基質になることは知っていたが、どのように、と言われると説明できなかった。組織低酸素だけでは説明できない高乳酸血症に対してどのようにアプローチするのか、考え直さないといけいないのかもしない。

2015年12月6日日曜日

急性心不全の初期管理③

Considerations for initial therapy in the treatment of acute heart failure
William F. Peacock et al.
Crit Care 2015 19:399

✔ 鑑別のついていない呼吸苦の初期管理
 急性心不全(AHF)患者の主訴として呼吸苦は最も多く認められるものだが、他の疾患(COPDや肺炎)でも呼吸苦を呈する。また、呼吸器疾患と心不全が同時に起きることも珍しくない。呼吸苦を呈する患者の鑑別診断では、病歴、バイタルサイン、胸部X線写真、検査結果を総合的に判断しなくてはならない。BNPでは鑑別が難しいような症例では心エコーが有用である。高体温や低体温は敗血症や甲状腺機能異常を示唆する所見である。頻脈は非代償性心不全を示唆し、徐脈は低カリウム血症、ジギタリス中毒、β遮断薬中毒、房室ブロックを示す。低血圧は重症敗血症、心原性ショック、心タンポナーデ、緊張性気胸、肺塞栓症を考えるきっかけとなる。
呼吸苦を呈する患者の鑑別(文献より引用)
 AHFとCOPDの両方のリスクを持ち、BNPも境界値(100~500)を示している際には治療が難しくなる。この群の患者に対してはAHFとCOPD両者に無害な薬剤を選択して治療する必要がある。表を参考にして選択する。なお、クラリスロマイシンはCOPDや肺炎患者の心血管リスクを増加させることに注意する。
治療薬のAHF・COPD・肺炎に対する有用性と有害性(文献より引用)
 非侵襲的陽圧換気はAHFによる肺水腫に良い適応である。血行動態が安定していて重度の呼吸窮迫を呈しているが診断がついていない場合、非侵襲的陽圧換気に血管拡張薬、気管支拡張薬、ステロイドを組み合わせて使用するとよいかもしれない。非侵襲的陽圧換気は気管挿管率を減らし、呼吸仕事量を減らし、機能的残気量を増やし、ガス交換を改善し、前負荷/後負荷を減らすことで血行動態を改善する。一方、不快感をもたらしたり、皮膚潰瘍、誤嚥のリスク増大、静脈環流量の減少といった問題もある。近年ではHigh flow nasal cannulaの有用性も報告されている。
 近年、バイオリアクタントを使用して座位から仰臥位への体位変換時の胸郭内水分量の変化を非侵襲的に計測することでAHFとCOPD/Asthmaを鑑別できるという報告がなされた。AHF患者ではもともと胸郭内水分量が大きく、体位変換に伴う心拍出量の変化が小さかった。
 肺エコーも有用である。両側のBラインの存在はAHFによる肺水腫を示唆する。肺エコー、心エコー、下大静脈径評価を組み合わせることでAHFとCOPDを感度94.3%、特異度91.9%、正確度93.3%で診断できたとする報告がある。BNPが鑑別には微妙な値の時は左室の拡張末期径が有用である。さらに下大静脈を測定することも有用である。
 埋め込み型除細動器(ICD)がある患者では、場合によっては心拍変動や心インピーダンスの変化を調べることで心不全発症を知ることができる。

◎ 私見
 診断しつつ治療する際に考えるべきポイントがまとめてあって面白かった。呼吸器疾患との鑑別がついていない時に何をどのように使うのかという点をこのように解説したものは多くないので。あと、非侵襲的陽圧換気をどれくらいうまく使えるか、がポイントかなと思う。救急外来に一台買ってもらえないものかな…

2015年12月3日木曜日

急性心不全の初期管理②

Considerations for initial therapy in the treatment of acute heart failure
William F. Peacock et al.
Crit Care 2015 19:399

✔ 急性心不全(AHF)のリスク層別化
 AHF患者の重症度や背景は様々である。リスク層別化を行うことが治療の意思決定に有効である。予後不良の因子として、AHF入院歴、BNP増加(>1000pg/ml)、低ナトリウム血症(<136mmol/L)が知られている。その他、BUN>43、Cre>2.75、収縮期血圧<115mmHg、トロポニン増加などが挙げられる。BUN、Cre、収縮期血圧を組み合わせることで在院死亡率のリスクが高い事を予想できると言われている(OR 12.9)。一方、低リスク群については収縮期血圧>160mmHg、トロポニン正常が独立した予測因子であるという報告がある。

1.血圧
 救急外来を受診したAHF患者の層別化に血圧は古くから用いられてきた。
 大部分のAHF患者は高血圧(収縮期血圧>140mmHg)である。この群の患者は症状が激しく、末梢浮腫はほとんどみられないが急性肺水腫をきたしている事が多い。適切に治療すれば予後はよいことが知られている。治療は降圧に主眼を置き、利尿薬の使用は最小限にとどめる。高用量の硝酸薬と少量の利尿薬の組み合わせがよい。
高血圧のAHF患者管理(文献より引用)
35%のAHF患者は正常血圧である。この群の患者は若年で、EFが低下しており冠動脈疾患の既往を持ち、数日から数週の亜急性の経過で症状が増悪してくることが多い。治療は積極的な利尿薬の使用によりうっ血を取り除き、体重や末梢浮腫を減らすことに主眼を置く。治療の際には血圧が灌流不全を起こすレベルまで低下しないことをしっかり観察しなくてはならない。
正常血圧のAHF患者管理(文献より引用)
低血圧(収縮期血圧<90mmHg)の患者は稀である。この群の患者は不安定な状態であることを反映して初期から積極的な治療介入を要することが多い。治療は血圧を上昇させて臓器灌流を改善することに主眼を置く。正常血圧~高血圧患者に比べて予後が悪い。
低血圧のAHF患者管理(文献より引用)

2.バイオマーカ
 ACCF/AHAのガイドラインによると、BNPはAHFの鑑別と管理に有用であるとされている。BNPのAHF診断における有用性はRED-HOT研究で検討された。医師の見立ては入院を要するかどうかや90日死亡率を予測するには不十分であったが、BNP上昇(>200pg/ml)は90日間の予後悪化を強く示唆するという結果であった。ADHERE研究のデータを解析したところ、BNP上昇は有意に院内死亡を予測した。同様の研究結果がほかにも数編報告されている。
BNPによるリスク層別化(文献より引用)
トロポニンは予後に関する有用な情報となる。ADHERE研究データより、トロポニン上昇は冠動脈バイパス術、IABP、人工呼吸使用を予測する因子であった。より多くの治療的介入を要し、在院日数も延長した。
 バイオマーカを組みあわせて評価に用いるという方法もある。トロポニン陽性かつBNP>840pg/mlでは院内死亡率が上昇し、ICU入室率、在院日数延長とも関係していた。

3.その他の因子
 腎機能不全はAHF患者の予後予測に有用である。慢性腎疾患や入院中の腎機能の悪化(Cre +0.3mg/dl)は短期死亡率上昇と関係している。また、通常治療の後に座位の症状は改善したものの仰臥位では呼吸苦が出現するようでは治療が不十分であることを示唆するという報告がある。

◎ 私見
 血圧を用いた層別化は有名。これにバイオマーカを組み合わせて急性期管理の方針やDispositionを考えていく、ということになる。救命救急を看板に掲げている以上、”心不全だから利尿薬”では許容されないのである。なかなか聞いてもらえないのだけど…。
 考えながら治療をするという面白さが急性心不全の初療にあると思うのは僕だけだろうか。


2015年11月30日月曜日

急性心不全の初期管理①

Considerations for initial therapy in the treatment of acute heart failure
William F. Peacock et al.
Crit Care 2015 19:399


✔ 急性心不全の早期診断
 救急外来では急性心不全(AHF)をCOPDや肺炎、敗血症などと区別することが難しいことがある。身体診察所見は感度が低く、心電図や胸部X線写真も診断的価値が高いとは言い難く、呼吸苦のため病歴をとることも難しい。これらの理由から不適切な治療・投薬がなされることがある。

1)治療の遅れと予後
 AHFの診断が遅れると予後が悪化する事が分かっている。入院したAHF患者のレジストリを解析した結果、投薬が早かった群と遅れた群では予後に差があることが判明した。おおむね、治療が6時間遅れるごとに死亡率が6.8%上昇するという結果であった。
治療開始までの時間と死亡率(文献より引用)
2)早期診断のためのツール
 身体所見とバイタルサインと病歴はAHFの鑑別に有用ではあるが、検査(血算、尿検査、電解質、尿素窒素、クレアチニン、血糖、BNP、トロポニン)も行うべきである。心電図は鑑別診断を狭めることができるし、虚血や不整脈や高カリウム血症、ジゴキシンによる接合部徐脈など非代償となるにいたった原因を教えてくれることがある。以前の心電図との比較も有用であるし、全く正常な心電図のときには他の診断を考えるきっかけともなる。超音波検査は正確な診断の助けとなる。肺エコーで両側Bラインが認められるという所見は急性心原性肺水腫を感度94.1%、特異度92.4%で示唆するとされている。胸部X線写真にも価値がある。しかし、肺静脈うっ血、間質浮腫、肺胞水腫、心拡大があるとAHFの可能性は高まるが、これらの所見が無いからと言ってAHFを否定することはできない。入院したAHF患者の19%は胸部X線写真でうっ血所見が無かったという報告がある。
胸部X線写真所見の頻度(文献より引用)
3)施設における問題
 ERは敗血症性ショックや急性心筋梗塞に対する早期管理に主眼を置いて組織化されている事が多いので、AHFのような微妙な所見を呈する疾患に対しては介入が遅れがちである。また、すべての施設でバイオマーカの迅速診断キットをおいているわけではない。。AHFの標準化された管理ガイドラインがあるわけでもない。
 AHF患者は高齢で重症であることが多いため薬歴を思いだせないことがある。例えばフロセミドの投与量は個別化すべきと言われており、どれくらいの量を内服していたかという点が重要となる。また、初療医、循環器科医、薬剤師などの間で情報伝達がうまくいかないことも問題である。

◎ 私見
 Crit Care誌の心不全の初療に関するReview。最初のパートでは診断がいかに大変かということについてまとめてある。入院患者の診断名に「肺炎」と「心不全」が併記されていたりすると、さもありなんという気持ちになります。
 個人的にはやはり身体所見を重視したいところ。これを補完するために超音波を使う、という戦略で臨むことが多いです。

2015年11月26日木曜日

敗血症の微小循環障害にNOは無効

Randomized controlled trial of inhaled nitric oxide for the treatment of microcirculatory dysfunction in patients with sepsis*.
Trzeciak S, Glaspey LJ, Dellinger RP, Durflinger P, Anderson K, Dezfulian C, Roberts BW, Chansky ME, Parrillo JE, Hollenberg SM.
Crit Care Med. 2014 Dec;42(12):2482-92. PMID: 25080051


✔ 背景
 敗血症ガイドラインでは血行動態管理の適正化が述べられているが、敗血症に伴う微小循環障害については言及されていない。NOは敗血症などで産生が増加しており、低血圧の原因となる。一方で微小血管の開通性を維持するための生理的反応とも考えられる。血行動態適正化の後にNOを吸入させることで微小循環が改善し、乳酸値や臓器不全が改善するかどうかを検討した。
✔ 方法
 単施設無作為化比較試験。輸液負荷にもかかわらず収縮期血圧90mmHg未満もしくは乳酸値≧4mmol/Lの成人重症敗血症患者を対象とした。血行動態が安定した後に、40ppmのNOもしくはSham NOを6時間吸入させた。特別な機材を用い、調査者やスタッフに対して盲検化した。Sidestream darkfield videomicroscopyを用い、舌下部微小循環を吸入直前と吸入終了2時間後に解析した。プライマリアウトカムは微小循環指数の変化、セカンダリアウトカムは乳酸クリアランス、SOFAスコアの推移とした。
✔ 結果
 50例の患者が対象となった。56%で血管作動薬を要し、30%の患者が死亡した。NOは血中硝酸値を上昇させたが、微小循環指数、乳酸クリアランス、SOFAスコアを改善しなかった。なお、血行動態の悪化はNO群で19%、Sham群で13%であった。
✔ 結論
 NO吸入は微小循環障害を改善しないのみならず、乳酸クリアランスや臓器不全を改善しない。

◎ 私見
 微小循環を改善させるためのNOは無効。血行動態が安定した後に微小循環を改善しようと思うようなシチュエーションが果たして敗血症全例に生じるかどうか、ちょっと考えてみるとそうでもない気がする。敗血症性ショックの中でも四肢冷感が強い例とかScvO2が高い例だとかに限ってはこういう血管拡張薬が有用かもしれないとは思うが。重症度や病態による層別化が必要なのではないだろうか。

2015年11月24日火曜日

乳酸値を指標とした管理は予後を改善するかもしれない

Early lactate-guided therapy in intensive care unit patients: a multicenter, open-label, randomized controlled trial.
Jansen TC, van Bommel J, Schoonderbeek FJ, Sleeswijk Visser SJ, van der Klooster JM, Lima AP, Willemsen SP, Bakker J; LACTATE study group.
Am J Respir Crit Care Med. 2010 Sep 15;182(6):752-61. PMID: 20463176


✔ 背景
 乳酸値を指標にした重症患者管理が予後を改善するかどうかは分かっていない。乳酸値が3mEq/Lを超えていた重症患者を対象に、これを早期に減少させることを目的とした治療的介入が予後を改善するかどうかを検討した。
✔ 方法
 患者は無作為に2群に振り分けられた。Lactate群はICU入室後8時間において乳酸値を2時間あたり20%以上減少させることを目標として治療を行った。Control群では入室時以外は乳酸値を知らされずに治療介入を行った。在院死亡をプライマリアウトカムとして検討した。
Lactate群の治療プロトコル(文献より引用)
✔ 結果
 Lactate群はControl群に比較してより多くの輸液と血管拡張薬を投与された。しかし、両群間で乳酸値に有意な差は無かった。348例においてITT解析を行ったところ、在院死亡はControl群は43.5%、Lactate群は33.9%で有意差は無かった(p=0.067)。リスク因子を補正して解析したところ、Lactate群で在院死亡率は有意に低くなった(HR 0.61 p=0.006)。Lactate群では入室9~72時間のSOFAスコアが低く、昇圧剤は早期に終了でき、人工呼吸器からの離脱とICU退室が早かった。
✔ 結論
 ICU入室時に高乳酸血症を認める患者では、乳酸値を指標とした治療的介入が予後を改善する可能性がある。
治療内容(文献より引用)
生存率(文献より引用)
◎ 私見
 ちょっと古いけど有名な論文。興味があったのは治療内容で血管拡張薬が使用されていたというところ。最近、重症敗血症患者で血管拡張薬はどうかと思うシチュエーションがあったのでこの論文をひっぱりだして読み直してみた。Lactate群で4割、Contorol群でも2割以上使ってる。当施設ではまず見かけないが…。他の施設ではどうなのでしょうか。

2015年11月22日日曜日

院内心停止の予後と乳酸値

Monitoring of serum lactate level during cardiopulmonary resuscitation in adult in-hospital cardiac arrest.
Wang CH, Huang CH, Chang WT, Tsai MS, Yu PH, Wu YW, Hung KY, Chen WJ.
Crit Care. 2015 Sep 21;19(1):344. PMID: 26387668


✔ 背景
 乳酸値は心肺停止状態における低灌流/虚血状態を反映すると考えられる。現在のガイドラインでは蘇生継続時間にははっきりとした推奨事項は無い。本研究ではCPRの最中に調べられた乳酸値が生存率と関係するか、また、CPR継続時間の指標となり得るかを調査した。
✔ 方法
 単施設後向き研究。2006年から2012年までの間に院内で発生した成人の非外傷性心肺停止例1,123例中、蘇生開始から10分以内に乳酸値を計測した340例について解析した。多変量解析により、CPR中に計測された乳酸値と生存率との関係を調査した。また、CPR継続時間と生存率との関係についても調査した。
✔ 結果
 50例(14.7%)が生存退院した。乳酸値の平均値は9.6mmol/Lであり、CPR時間の平均値は28.8分であった。乳酸値が高くなるほど生存退院率が低下する関係があった。乳酸値9mmol/L未満では生存退院率に対するオッズ比は2.0となった。CPR時間と生存退院率の関係をはひとつに決めることはできないが、ショック適応の心電図波形であったか、乳酸値<9mmol/L、肝機能障害といった因子の有無によって影響を受けることが分かった。
✔ 結論
 CPR中の乳酸値は生存率と関係している。特に9mmol/Lを閾値として用いることで、生存退院の見込みや適切なCPR時間を予想できる。
関連因子の有無ごとの蘇生時間・蘇生確率の関係
◎ 私見
 生存しない確率が高いからCPRは短くてもよい、と言うための研究ではなく、①同じCPR時間でも乳酸値や心電図波形などの因子の違いで生存退院率は10倍も変わってくる(よって、一概にCPRが長いからと言って諦めるわけにはいかない)、②乳酸値が高い場合はECPRの適応になるのでは?というところを提示している。
 新しいガイドライン(AHA G2015)になって、院外心停止と院内心停止は異なるアプローチが必要とされるようになった。蘇生中の検査による予後予測や早期ECPRなど、院内心停止ならではの新しい研究は増えそう。

2015年11月20日金曜日

長期人工呼吸管理患者の予後予測(ProVent 14)

Development and Validation of a Mortality Prediction Model for Patients Receiving 14 Days ofMechanical Ventilation.
Hough CL, Caldwell ES, Cox CE, Douglas IS, Kahn JM, White DB, Seeley EJ, Bangdiwala SI, Rubenfeld GD, Angus DC, Carson SS; ProVent Investigators and the National Heart Lung and Blood Institute’s Acute Respiratory Distress Syndrome Network.
Crit Care Med. 2015 Nov;43(11):2339-45. PMID: 26247337


✔ 背景
 長期人工呼吸患者の長期予後は悪く、死亡率は40~60%にも達する。しかも意識障害などのために治療方針の決定に参加することができず、患者家族などに委ねざるを得ないことも問題である。我々はProVentモデルを開発して21日以上人工呼吸管理を受ける患者の1年死亡率を予測できることを示した。
 しかし、多くの重要な診療方針決定が21日より前になされることも事実である。人工呼吸管理開始14日目の情報から1年死亡率の高い患者と低い患者を識別できると、診療方針毛低に役立てることができると考えられる。
✔ 方法
 米国40施設が参加する多施設後向きコホート研究。少なくとも14日間の人工呼吸管理を受けた成人を対象とした。
✔ 結果
 Developmentコホートで1年死亡率を予測する因子を多変量解析してProVent 14 scoreとし、Validationコホートで検証した。491人がDevelopmentコホートに、245人がValidationコホートに含まれた。年齢、血小板数、昇圧剤の使用、血液透析の使用、非外傷が有用であった。1年後の死亡を予測するROCカーブのAUCはDevelopmentコホートで0.80、Validationコホートで0.78であった。
✔ 結論
 14日目のProVent 14 scoreで1年後に死亡するリスクの高い患者を識別することができる。

予測因子とオッズ比(文献より引用)
スコアと生存率のカプランマイヤー曲線(文献より引用)
ProVentスコアと死亡率(文献より引用)
◎ 私見
 長期人工呼吸管理患者のDecision makingに有用と考えられる予後予測スコア。年齢の要素が大きいがこの研究コホートの平均年齢は54歳くらいで、これは日本の大部分のICUの現状を反映していない可能性が高い。ちなみに当施設の人工呼吸管理をうけた成人患者の平均値より10歳も若い。高齢者だけで調べてみるとかすると、もっと良いのかも。

2015年11月18日水曜日

人工呼吸管理中の横隔膜厚の変化

Evolution of Diaphragm Thickness During Mechanical Ventilation: Impact of Inspiratory Effort.
Goligher EC, Fan E, Herridge MS, Murray A, Vorona S, Brace D, Rittayamai N, Lanys A, Tomlinson G, Singh JM, Bolz SS, Rubenfeld GD, Kavanagh BP, Brochard LJ, Ferguson ND.
Am J Respir Crit Care Med. 2015 Jul 13. PMID: 26167730

✔ 背景
 人工呼吸管理中の横隔膜委縮・機能不全が報告されているが、その頻度や原因は知られておらず、また、横隔膜厚がどのように変化するのかについても知られていない。そこで本研究では人工呼吸管理中の横隔膜厚の変化と横隔膜機能との関係、吸気努力がどのように影響するのかについて検討した。
✔ 方法
 3つの大学病院ICUの107人の人工呼吸管理中の患者と、10人の非人工呼吸管理患者とを対象として検討した。横隔膜厚とその活動度(吸気サイクルでの厚さの変化)は毎日超音波で検査した。
 横隔膜厚は前腋窩線と中腋窩線の間で第9肋間から13MHzのトランスデューサを使用して呼気終末で計測した。横隔膜機能は人工呼吸管理7日目に計測した。CPAPモードとし、努力吸気時と吸気ホールドで計測した。
✔ 結果
 人工呼吸管理中の患者で横隔膜厚が10%以上減少したのは44%、不変であったものも44%であった。一方で10%以上増大したものが12%いた。非人工呼吸管理患者は横隔膜厚はほぼ不変であった。横隔膜収縮活動が小さいほど横隔膜の厚さは減少した。換気駆動圧を上昇させたり調節換気モードにすると横隔膜収縮は減少した。横隔膜厚が減少ないし増加していた患者では最大横隔膜厚変化率が小さかった。
✔ 結論
 人工呼吸管理中に横隔膜厚が増大したり減少したりすることはしばしば認められる。いずれにしろ横隔膜の機能異常を示唆する所見である。患者が正常な吸気努力を維持できる程度の換気補助が望ましい。
横隔膜厚の変化(文献より引用)
◎ 私見
 横隔膜が薄くなることだけが問題ではないことが面白い。厚くなるのは余計な(過剰な)吸気努力や浮腫の存在を示しているのか? 文献中では横隔膜組織の構造変化が考えられるとしているが、こんなに短期間で起きるものだろうか。

2015年11月16日月曜日

PEEPが脳灌流に与える影響

Effects of positive end-expiratory pressure on brain tissue oxygen pressure of severe traumatic brain injury patients with acute respiratory distress syndrome: A pilot study.
Nemer SN, Caldeira JB, Santos RG, Guimarães BL, Garcia JM, Prado D, Silva RT, Azeredo LM, Faria ER, Souza PC.
J Crit Care. 2015 Jul 26. PMID: 26307004


✔ 背景
 PEEPを高く設定したことで頭部外傷患者の脳組織酸素化が悪化するかどうかは分かっていない。本研究ではPEEPが酸素飽和度、頭蓋内圧、脳灌流圧に与える影響について調査した。
✔ 方法
 20人のARDSを併発している頭部外傷患者を対象とした。全例脳室にカテーテルを留置して頭蓋内圧を測定した。頭蓋内圧はCamino MPM-1、脳組織酸素分圧はLicoxを用いて測定した。
 PEEPを5、10、15と漸増しながら20分ずつ適用し、それぞれにおいて脳組織酸素分圧、酸素飽和度、頭蓋内圧、脳灌流圧を記録した。なお、肺胞虚脱を避けるため、PEEPは漸増する方法を採用している。
 研究期間中、患者はRASS -5と深く鎮静し、必要であれば筋弛緩薬を使用した。全例30度に上体を挙上し、FIO2はSpO2≧96%となるように調整した。換気はVolume controlled ventilationとし、理想体重当たり6~7mlとなるように換気量を設定した。呼吸数は15~25回/分とし、動脈血炭酸ガス分圧が35~40mmHgとなるように調整した。平均血圧が低下したらNoradrenalineを持続静注して80mmHg以上となるようにした。頭蓋内圧20mmHg以上、脳灌流圧60mmHg未満、脳酸素分圧15mmHg未満となった場合は研究を中止した。
✔ 結果
 脳組織酸素分圧と酸素飽和度はPEEPを上昇させることで有意に増加した。一方、頭蓋内圧と脳灌流圧はPEEPによって変化しなかった。
✔ 結論
 PEEPを上昇させることで脳組織酸素分圧と酸素飽和度を上昇させることができた。PEEPは重症頭部外傷患者でも安全に使用できる。
脳組織酸素分圧とPEEP(文献より引用)
◎ 私見
 胸腔内圧が上がり過ぎると静脈圧が上昇して脳灌流が悪くなるのではないかと言われていたが、そうでもないらしい。そもそも呼吸が悪くなっている場合は灌流うんぬん以前に酸素化をよくするための介入が優先されるべきということだろう。

2015年11月10日火曜日

気管挿管のタイミングと敗血症の死亡率

Impact of endotracheal intubation on septic shock outcome: A post hoc analysis of the SEPSISPAM trial.
Delbove A, Darreau C, Hamel JF, Asfar P, Lerolle N.
J Crit Care. 2015 Sep 1. PMID: 26410680


✔ 背景
 敗血症性ショックの患者の40~85%の患者が気管挿管と人工呼吸管理を要したという報告があるが、これは相当数の患者が気管挿管を要さずに改善しうることも意味している。敗血症患者の気道確保について調査した。
✔ 方法
 敗血症性ショック患者蘇生における目標平均血圧の差が予後に与える影響を調査した多施設無作為化試験であるSEPSISPAM研究のPost hoc解析。
✔ 結果
 776人中633人(82%)が研究参加の12時間以内に気管挿管されていた(早期気管挿管)。113人(15%)は最後まで気管挿管されず、30人(4%)は12時間以降に気管挿管された(気管挿管遅延)。早期気管挿管が行われた患者の割合に応じてICUを低頻度(80%未満)、中頻度(80~90%)、高頻度(90%以上)に分類した。ICUのタイプ、呼吸器感染、乳酸値>2mmol/L、P/F比低下、Glasgowスコア低値、免疫抑制の欠如が早期気管挿管の独立した予測因子であった。気管挿管しなかった患者は最初の重症度が低く、死亡率も低かった。気管挿管遅延群は早期気管挿管群に比べて28日目までの臓器サポートを要さない生存日数が短かかった。早期気管挿管が高頻度で行われるICUは中頻度のICUに比べて死亡率が高かった。低頻度のICUにおいて死亡率が有意に増えるということは無かった。
✔ 結論
 敗血症性ショックに対して気管挿管をいつどこで行うのかという点が予後に影響しうる。

気管挿管のタイミングと予後(文献より引用)
早期気管挿管実施率の違いと予後(文献より引用)
◎ 私見
 気管挿管は早い方が良いが(生存日数が長くなる)、気管挿管をしすぎる(オーバインディケーション)施設では死亡率が高くなる。やりすぎはよくないということか。適切な治療を適切なタイミングで、特に重症患者管理では早い方が良いわけだが、何も考えずに(適応を熟慮せずに)ルーチンに治療介入をしていると治療合併症によって死亡率が増加することを示唆するのではないか。あるクスリがよいと報告されたからと言って、それに飛びついてどんな患者にでも投与していたら副作用が問題になった、みたいな。
 こういう施設の雰囲気というか姿勢というか振る舞いというか、その差によって治療の有効性が変わり得るということに最近注目していて。面白い論文でした。

2015年11月8日日曜日

AKIにおける輸液バランスと死亡率

Fluid balance and mortality in critically ill patients with acute kidney injury: a multicenter prospective epidemiological study.
Wang N, Jiang L, Zhu B, Wen Y, Xi XM; Beijing Acute Kidney Injury Trial (BAKIT) Workgroup.

Crit Care. 2015 Oct 23;19(1):371. PMID: 26494153

✔ 背景
 循環動態不安定な重症患者に対し、早期に積極的に輸液することが必要である。しかし、輸液の重要な合併症である輸液過負荷(Fluid overload; FO)により急性腎傷害AKIが発症して死亡率が上昇する可能性がある。そこで、AKI患者の死亡率と輸液バランスの関係を調査した。
✔ 方法
 Beijing Acute Kideny Injury Trial(BAKIT)は前向き多施設観察研究である。本研究ではこのBAKITのデータから2526人のデータを抽出して解析した。AKIの重症度はKDIGOの基準を用いて判断し、ICU入室後3日間の輸液バランスを解析した。体重が10%増加した時にFOと判定した。
✔ 結果
 2526人中1172人が3日間のうちにAKIを発症した。AKI発症群の死亡率は25.7%、発症しなかった群の死亡率は10.1%と有意な差があった。AKI群では1日あたりの輸液バランスと累積輸液バランス、いずれにおいても有意に多かった。輸液過負荷(FO)はAKI発症の独立したリスク因子であった(OR 4.5)。AKI発症群のうち、死亡者は生存者に比べて累積輸液バランスが有意に多かった(2.77L vs 0.93L)。多変量解析の結果、3日間の輸液バランスは28日死亡率の独立した危険因子であった。
✔ 結論
 AKI発症群では輸液バランスが多かった。FOはAKIの独立した危険因子であった。AKI発症群において3日間の累積輸液バランスが多いことは28日死亡率の独立した危険因子であった。
AKI発症者の3日目の体重増加と死亡率(文献より引用)
◎ 私見
 輸液が多いからAKIになって死亡するのか、尿がでて輸液バランスが改善するような患者ではAKIが起きず死亡しにくいのか、はたまた人為的にバランスを負に持っていくと予後が改善するのか、このあたりのことはまだ分からない...

2015年11月4日水曜日

HFNCは呼吸不全患者の予後を改善する(FLORALI)

High-flow oxygen through nasal cannula in acute hypoxemic respiratory failure.
Frat JP, Thille AW, Mercat A, Girault C, Ragot S, Perbet S, Prat G, Boulain T, Morawiec E, Cottereau A, Devaquet J, Nseir S, Razazi K, Mira JP, Argaud L, Chakarian JC, Ricard JD, Wittebole X, Chevalier S, Herbland A, Fartoukh M, Constantin JM, Tonnelier JM, Pierrot M, Mathonnet A, Béduneau G, Delétage-Métreau C, Richard JC, Brochard L, Robert R; FLORALI Study Group; REVA Network.
N Engl J Med. 2015 Jun 4;372(23):2185-96. PMID: 25981908


✔ 背景
 急性呼吸不全に対して非侵襲的換気を行うべきかどうかという点については議論がある。High-flow nasal cannula (HFNC)が低酸素血症に対して有用かどうかを検討した
✔ 方法
 多施設オープンラベル無作為化研究。高炭酸ガス血症のない低酸素血症性呼吸不全(P/F<300)の患者をHFNC群、酸素投与群、NPPV群に無作為に割り付けた。プライマリアウトカムは28日までの気管挿管、セカンダリアウトカムはICU死亡、90日死亡、28日までのVentilator-free days (VFD)とした。
✔ 結果
 310人が解析対象となった。28日までの気管挿管率はHFNC群が38%、酸素投与群が47%、NPPV群が50%であった。VFDはHFNC群で有意に長かった。90日死亡のハザード比は酸素投与群がHFNC群に対して2.01、NPPV群がHFNC群に対して2.50といずれも有意であった。
✔ 結論
 気管挿管率には差が無かったが、90日死亡率を有意に低下させるためHFNCは酸素投与やNPPVに比較して有用である。
生存のK-M曲線
◎ 私見
 HFNCってこんなに有効かな?というのが正直な感想。案の定、多くのLetterが後に掲載されている。以下に列挙してみる。~無作為化の過程で大量のExclusionが生じている。HFNC群で敗血症性ショックが有意に少ない。あくまでセカンダリアウトカムであり標本数から考えて解釈には注意を要する。NPPVのVolutraumaが問題。NPPVの使用時間が短すぎる~などなど。いくつか追試がされるだろうし、その結果を見てみないと何とも言えないかな。

2015年11月1日日曜日

鎮痛に関する10の誤解

Ten Myths and Misconceptions Regarding Pain Management in the ICU.
Sigakis MJ, Bittner EA.
Crit Care Med. 2015 Nov;43(11):2468-78. PMID: 26308433


✔ ICUにおける疼痛管理でしばしば見受けられる通説や誤解を列挙し、解説する

1.重症患者の大部分は適切な疼痛管理を受けている
 ICU退室後の患者の約半数が中等度から重度の疼痛を感じていたと報告している。疼痛を感じる頻度はMedical ICUもSurgical ICUも差が無いと言われている。医療従事者は①疼痛の存在を評価していない、②鎮痛薬の種類と投与量を知らない、③疼痛管理の優先順位が低い、④オピオイド中毒を過剰に恐れる、といった問題を抱えている。

2.疼痛は予後に関係ない
 疼痛が適切に治療されないと、生理学的/精神的機能を阻害し、短期ならびに長期予後を悪化させることが知られている。例えば、疼痛は咳運動を抑制し深呼吸もできないため呼吸器合併症を増やす。不安やうつ、睡眠障害、悪夢といった問題が精神学的障害をもたらす。疼痛の記憶はPTSDのリスク因子であると言われている。
 疼痛管理が予後を改善することも示されている。疼痛を減らすことでコルチゾルが減少し、高血糖が生じなくなり、リンパ系免疫機能が改善すると言われている。

3.痛みは主観的だから正確に評価できない
 患者の訴えがゴールドスタンダードである。患者の元々の認知機能に関わらず、訴えをきく努力が必要である。訴えられない患者ではBPSやCPOTといった有用であることが証明されたスコアを使用する。

4.疼痛管理は看護師の仕事である
 最も効果的な疼痛管理の方法はチームアプローチである。疼痛の評価と管理についてスタッフを教育することは、質改善プログラムの重要な要素である。

5.オピオイドさえあれば十分
 オピオイドは面経抑制の危険が指摘されている。また、オピオイド誘発性疼痛過敏(OIH)の原因にもなり得る。オピオイドが主役であることは間違いないが、NSAIDS、アセトアミノフェン、NMDA拮抗薬、α2作動薬、三環系抗うつ薬、神経ブロックなどを組み合わせてアプローチすることが重要である。

6.オピオイドの使用量には上限がある
 オピオイド依存や慢性疼痛患者などでは大量のオピオイドが必要となることがある。オピオイドの使用量には上限は無く、天井効果もない。交叉耐性は完全には生じないとされているので、オピオイドローテーションが有用かもしれない。NMDA受容体を介する作用がオピオイド耐性に寄与するとされるので、NMDA拮抗薬を添加するのもよい。Methadoneはμ受容体作動薬であると同時にNMDA受容体拮抗作用も持つ。KetamineもNMDA受容体拮抗薬として疼痛管理に使用される。

7.鎮静は鎮痛と同じこと
 MidazolamやPropofolを用いた鎮静が第一であると考えられてきた。しかし、疼痛をそのままにしておくと鎮静薬の使用量が増えてしまう。現在は鎮痛を優先する考え方に変わってきている(Analgesia-first、Analgosedation)。Remifentanilは強力な鎮痛作用とともに速やかに代謝されるという疼痛管理に有用な性質を持つオピオイドであるが、OIHや耐性の問題が報告されている。

8.処置に伴う痛みは処置後に対処すればよい
 処置前に疼痛を見積もられているのは35%に過ぎず、処置前に鎮痛薬を投与されたのは25%未満であったと報告されている。ICUの処置で疼痛が強いのは胸腔ドレーン抜去、創部ドレーン抜去、動脈圧ライン挿入であったと報告されている。オピオイドが前投与として用いられるが、投与量とタイミングを誤ると疼痛は強くなりがちであるとも言われている。

9.高齢者は痛みを感じづらい
 心筋虚血による痛みや潰瘍による痛みなど、高齢者で疼痛が小さいという報告はあるが、ICUにおける疼痛が若年者より小さいという証拠はない。確かに疼痛の閾値は若年者より高いかもしれないが、疼痛に対する耐性が低いという点を考慮にいれなければならない。

10.慢性疼痛を発症することは無い
 ICU退室後の慢性疼痛が増えており、QOLを低下させる事が問題となっている。急性疼痛が慢性疼痛を起こすのかどうかははっきりと分かっていない。

◎ 私見
 ほんの数年前まで、我々の施設でもこれらの誤解がみられていた。いろいろと工夫していまはほとんどみられなくなっている。
 さて、それで予後が改善したかというと、目覚ましくよくなったというわけではない。よくなったのはICUの雰囲気と他部門とのコミュニケーションであった。このあたりのことを以前学会で報告したのだけど、計測できないアウトカムが良くなったというだけでは注目されないのですよね…

2015年10月29日木曜日

"重症市中肺炎にステロイドは有用"の筆者による解説

What's new in severe community-acquired pneumonia? Corticosteroids as adjunctive treatment to antibiotics
Antoni Torres et al. Intensive Care Med 2015


JAMAに掲載された論文に対する筆者自らの解説。

✔ 重症市中肺炎(SCAP)は早期に適切な抗菌薬を使用しても死亡率が高い。局所ならびに全身性炎症反応の過剰が要因の一つであると考えられる。ステロイドは炎症反応を抑制するため、有用である可能性がある。ヒトにおいては院内肺炎に対していくつかのRCTがあり、SCAPのサブグループでステロイドが有用であったとされるが、重症の定義がはっきりしていない。近年のCAPに対するステロイドの影響を調査したメタアナリシスでは重症群で死亡率が低下する可能性が指摘されている。
✔ これらのRCTにはいくつかの問題点がある。ひとつめは重症ではない患者を含んでいる点。ふたつめは炎症の程度に関わらず対象としている点、みっつめは治療の内容が均一ではない点、よっつめはエンドポイントが研究間で異なる点である。
✔ そこで我々はメチルプレドニゾロン(0.5mg/kg 1日2回 5日間)とプラセボの効果をRCTで比較する臨床研究を行った。いくつかの重要なポイントがある。ひとつめはSCAP(ATSのPSIでクラスⅤ)のみを対象とした点、ふたつめは高度な全身性炎症反応(CRP>15)を伴う患者の身を対象としている点、みっつめは死亡率ではなく治療失敗率をエンドポイントとしている点である。よっつめは全身性炎症反応をCRPやプロカルシトニン、インターロイキンといったいくつかのバイオマーカを用いて計測している点である。なお、治療失敗は早期(72時間以内にショックに至る、侵襲的人工呼吸管理を要する、死亡する)と晩期(72~120時間の胸部写真所見の悪化、ショック、侵襲的人工呼吸管理、死亡)とに分けて定義した。
 研究の結果、ステロイドは治療失敗率を31%から13%に有意に減少させた。ORは0.34であった。死亡率には有意な差は無かった。治療失敗率の低下は晩期において有意に認められ、特に胸部写真所見の悪化が認められない点がこの結果に寄与していた。ステロイドは5日間投与した後に中止したが、中断に伴う副作用は認めなった。
 ステロイドはARDSへの進行と、恐らくJarish-Herxheimer反応を抑制することでこのような結果をもたらしたと思われる。SCAPに対してステロイドを治療の選択肢の一つに加えるべきであると考える。

◎ 私見
 自戦解説みたいな文献。JAMA誌に掲載された元論文も読むべき。意地の悪い言い方をすれば胸部写真が悪くならないだけとも言えるのだけど、過去のRCTの問題点を列挙し、これにきっちり応えるやり方で研究を完遂させているところは素直に凄いなあと思ってしまう。臨床研究とはこうあるべき、と思わされた。
 さて、重症市中肺炎の今後の診療をどうするのか考えなくては。

2015年10月26日月曜日

敗血症における血小板の役割

Understanding platelet dysfunction in sepsis.
Pigozzi L, Aron JP, Ball J, Cecconi M.
Intensive Care Med. 2015 Aug 13. PMID: 26266843


✔ 背景
 敗血症は感染に対する全身性炎症反応と定義され、死亡率が高い。血小板が敗血症において果たす役割は完全には解明されていない。通常、血小板は1×10*11が毎日産生されているが、生理的ストレスで20倍にまで産生量が増加しうる。
 炎症性サイトカインは血管内皮障害と相まって血小板を活性化する。さらに細菌は直接的/間接的に血小板を活性化する。活性化された血小板は白血球を誘導し、血小板・白血球・血管内皮細胞を凝集させ、白血球による貪食とNeutrophil extracellular traps (NETs)形成を促進する。敗血症ではフィブリン沈着と血小板活性化によって凝固亢進状態となる。これにより宿主の防御反応のひとつとして微小血栓が形成されるが、一方で臓器障害を引き起こし、さらにはDICに至ることもある。
✔ 血小板濃度
 重症患者で血小板が減少することはよくある。敗血症において、血小板減少は昇圧剤の使用や酸素化悪化と関連している。市中肺炎でも血小板が低いほど入院後に敗血症性ショックや死亡に至ることがおおくなるとされる。
 血小板の推移をみることも重要である。敗血症患者でICU入室後の遅発性血小板減少が生じた場合、死亡率が上昇することが示されている。
✔ Platelet volume indices (PVIs)
 Mean platelet volume (MPV)、Platelet distribution width (PDW)を計測することができる。局所感染にとどまっている場合と比較して敗血症ではMPVが大きくなることが示されている。つまり、MPVが増加している時はより侵襲的な感染症や抗菌薬治療の失敗を考えなくてはならない。ICU入室患者で生存者はMPVが減少していくのに対し、死亡者ではMPVが増加するとも報告されている。新生児では敗血症患者や死亡者でMPVやPDWが大きくなることが示されている。
✔ Immature platelet fraction(IPF)
 未成熟な血小板は大きく、RNAを大量に含む。IPFが大きいということは血小板産生の活動度が高いことを示す。IPFはDICやACSの予後予測に用いられる。敗血症では、血液培養陽性患者でIPFが大きくなっていたことが報告されている。また、敗血症発症2日前にIPFが増加するとも報告されており、感染症発症の予測に用いることができるかもしれない。
✔ 血小板凝集
 活性化した血小板の割合を知るには血小板凝集能を測ればよい。敗血症では血小板凝集能が低下すると報告されているが、これは血小板数が消費性に減少し、血管内細胞機能不全が存在し、凝固因子が減少している事が原因である。非感染性の重症患者や軽症敗血症に比べて、重症敗血症や敗血症性ショックでは血小板凝集能が減少している事が示されており、凝集能低下が死亡率増加と関連している事も示されている。
✔ トロンボポエチン(TPO)
 炎症の存在下ではIL6の作用によるTPOが増加する。敗血症の重症度が増加するとTPOも増加する。救急外来受診患者でSIRSを呈していたもののみを抽出して検討したところ、感染症性SIRSでTPOが有意に高いという結果であった。つまり、TPOは重症度を示しうる。
✔ 結論
 血小板は敗血症の病態生理で重要な役割を担っており、新しい治療戦略の指標として期待できる。
敗血症における血小板の役割(文献より引用)

◎ 私見
 炎症と凝固のクロストークはよく知られているが、そのひとつである血小板についてまとめてあるReview。IPFやMPVなどいくつかの新しい指標について紹介してあるが、これらの指標をルーチンで測定しているICUってあるのかな? 実際に臨床でモニタしてみてどうか、という手ごたえが知りたい。

2015年10月24日土曜日

動脈圧ライン挿入時の感染予防策

Arterial Catheter Use in the ICU: A National Survey of Antiseptic Technique and Perceived Infectious Risk.
Cohen DM, Carino GP, Heffernan DS, Lueckel SN, Mazer J, Skierkowski D, Machan JT, Mermel LA, Levinson AT.
Crit Care Med. 2015 Nov;43(11):2346-53. PMID: 26262949


✔ 背景
 近年の報告によると動脈圧ラインによる血流感染は0.9~3.4/1,000catheter-daysの頻度で発生しており、中心静脈カテーテルと同等の頻度であるとされている。2011年のCDCのガイドラインでは動脈圧ライン挿入の際に滅菌グローブ、手術用キャップ、マスク、滅菌ドレープを使用することを推奨している。本研究ではこの推奨の遂行度を調査した。
✔ 方法
 動脈圧カテーテル挿入時の感染予防策について無記名のウェブ・アンケート調査を行った。対象はSCCMの会員で、11,361人の医師、看護師、呼吸療法士など。
✔ 結果
 1,265人から回答があった(回答率11%)。過去1年圧ラインを挿入したことが無いなど除外して1,029人の回答を解析した。CDCの推奨する予防策をひとつでも使用しているものは44%しかおらず、その全てを行っているものは15%に過ぎなかった。動脈圧ラインに起因する血流感染発生率の平均値と中央値はそれぞれ0.3/1,000catheter-days、0.1/1,000catheter-daysであった。39%の回答者が強制的であれば予防策遵守をするつもりがあると答えた。
✔ 結論
 動脈圧ライン挿入時の感染予防は不十分であった。予防策を講じていたのは半数に満たなかった。動脈圧カテーテルによる血流感染のリスクを低く見積もっており、強制的な予防策遵守も効果が期待できない。さらなる調査と感染予防策の構築が必要である。
全感染予防策を行っているかどうか-専門科別(文献より引用)
全感染予防策を行うつもりがあるか-専門科別(文献より引用)
◎ 私見
 自分もそうだが、確かに動脈圧ラインはいい加減に挿入されているのが目立つ。かといってフル装備で予防を講じることを強制できるかというと難しい。これまで困って無かったからとかOpen-ICUだから、という言い訳はできない・・・ さて、どうしよう。
 それにしても、麻酔科医ってこんな感じかな? 僕も麻酔科医出身だがこんなに差があるとは思えないのだけど。アメリカと日本は違うと信じたいです。

2015年10月21日水曜日

非侵襲的ミトコンドリア機能評価法

Non-invasive monitoring of mitochondrial oxygenation and respiration in critical illness using a novel technique.
Harms FA, Bodmer SI, Raat NJ, Mik EG.
Crit Care. 2015 Sep 22;19(1):343. PMID: 26391983


✔ 背景
 敗血症の病態生理としてミトコンドリア機能不全は知られている。しかし、ミトコンドリア機能の評価方法は様々であり、このため研究結果も一定していない。この点を解決するために非侵襲的ミトコンドリア機能評価法が有用であると考えた。本研究では生体のミトコンドリア酸素分圧(MitoPO2)を非侵襲的に in vivoで計測する方法の可能性と敗血症動物モデルでの変化について検討した。
✔ 方法
 ラットを対照群とLPS投与群とLPS投与+輸液蘇生群の3群に振り分けた。敗血症はLPSの静注(1.6mg/kg/10min)によって再現し、輸液蘇生は膠質液を7ml/kg/hr持続静注+2mlボーラスすることで行った。MitoPO2と酸素消失率(ODR)はProtoporphyrin Ⅸ-triplet state lifetime technique(PpⅨ-TSLT)によって計測した。60秒の皮膚圧迫中のMitoPO2減少のKineticsを記録した。ODRはMitoPO2減少カーブの傾きである。計測はLPS投与前と3時間後に行った。
✔ 結果
 LPS投与により血行動態は有意に変化した。LPS投与前のMitoPO2とODRは3群間で有意差は無かった。投与3時間後で計測すると、LPS単独投与群(輸液蘇生なし)のみMitoPO2が有意に低下した。一方、ODRはLPS単独投与群とLPS投与+輸液蘇生群の両方で有意に低下した。
✔ 結論
 敗血症ラットモデルを用いた研究で非侵襲的ミトコンドリア酸素消費量モニタの有用性が示された。重症患者への応用も期待できる。
測定原理(文献より引用)

MitoPO2とODR(文献より引用)

◎ 私見
 ミトコンドリアで産生されるプロトポルフィリンⅨが緑色光で励起されて3重項の状態になり、これが酸素と反応して減少していくところを励起光(赤)を計測して調べる、ということらしい。皮膚を圧迫するのは微小循環の影響を排除してODRを計測するため。ALAクリームを塗っておいてミトコンドリア内のプロトポルフィリンⅨの量を増やしておかないといけないので完全に非侵襲かというとそうでもない気が。
 それでも、最終的な到達点であるミトコンドリアの状態を見ることができるというのは魅力的ではある。酸素飽和度モニタみたいに簡便に調べられるような時代が来るのでしょうか。

2015年10月18日日曜日

死腔換気率とARDSの予後

The association between physiologic dead-space fraction and mortality in subjects with ARDSenrolled in a prospective multi-center clinical trial.
Kallet RH, Zhuo H, Liu KD, Calfee CS, Matthay MA; National Heart Lung and Blood Institute ARDSNetwork Investigators.
Respir Care. 2014 Nov;59(11):1611-8. PMID: 24381187


✔ 背景
 生理学的死腔率(一回換気量に占める死腔の比 VD/VT)はガス交換に寄与しない換気量を示す。ARDSでは線維化の進んだ晩期に死腔率が上昇すると考えられてきたが、発症24時間以内に上昇することが分かってきた。ARDSにおいて死亡に寄与する因子であるかどうかを検討した。
✔ 方法
 前向き多施設観察研究。126名のALIならびにARDS(ACCPのクライテリア)患者が対象となったアルブテロールの効果を比較検討したRCTのサブスタディ。NICOモニタを使用。死腔率と各種パラメータは研究参加から4時間以内と1日目、2日目に測定した。生存群と死亡群で比較した。
 VD/VT=(PaCO2 - PETCO2)/PaCO2
✔ 結果
 ベースラインを比較してみると死亡群では死腔率が高い傾向があった(0.62 vs 0.56 P=0.08)。1日目、2日目では死亡群で死腔率が有意に高かった。同様に、1日目と2日目において、いくつかの因子を調整してみても死腔率は死亡の独立した予測因子であった。
✔ 結論
 ARDS早期の死腔率上昇(≧0.60)は死亡率が高いことが示唆される。ARDSを対象とした臨床研究において死亡率の高い群を検出するために死腔率は有用である。

◎ 私見
 ひとくちにARDSと言ってもその病態が一様ではないことは周知の通り。死腔率を用いて重症度で層別化してはどうかというアイデア。最近換気の評価に注目しているので読んでみた。問題は呼気炭酸ガス分圧の測定が信用に足るかどうかというところか。
 ところで、当科で研修中の先生方に伝えたいのは、この「一様ではない」というところ。すべての疾患や病態に通じるところだと思う。画一的な治療をするのではなく、いろいろと心を砕いて欲しい。高カリウム血症の治療は、どんな患者さんに対しても「それ」でいいの?

2015年10月15日木曜日

骨格筋量が小さいと再入院リスクが高まる

Bedside Assessment of Quadriceps Muscle by Ultrasound after Admission for Acute Exacerbations of Chronic Respiratory Disease.
Greening NJ, Harvey-Dunstan TC, Chaplin EJ, Vincent EE, Morgan MD, Singh SJ, Steiner MC.
Am J Respir Crit Care Med. 2015 Oct 1;192(7):810-6. PMID: 26068143


✔ 背景
 慢性呼吸疾患のある患者にとって入院は健康状態悪化や再入院のリスクである。入院後に調べることのできるいくつかの指標で短期的な予後は予想できるが、長期にわたる再入院の可能性を評価する方法は知られていない。これまでの研究で骨格筋機能が肺障害の程度とは関係なく死亡を予測する因子であることが報告されている。ここでは再入院を予測できるかを調査した。
✔ 方法
 慢性呼吸器疾患の急性増悪のために入院した患者を対象とした。骨格筋機能は大腿四頭筋量の超音波による評価で行い、その大きさで4群に分類して最終的な予後を評価した。
 大腿四頭筋量は7.5MHz 7cmのリニアプローブを用いて計測した。右下肢の大腿直筋を計測対象の筋肉とした。大転子と膝関節(膝蓋骨の上縁)の中点を計測ポイントとした。プローブは筋肉に垂直にあて、力を入れて押しつぶさないようにした。筋肉に垂直になっていることを確保するため、断面積が最も小さくなる切断面を選択した。画面をフリーズし、大腿直筋をトレースして面積を計測した。3切断面の平均値を採用し、身長で補正した。
✔ 結果
 191人が対象となった。130人(68%)が再入院もしくは死亡した。骨格筋量(大腿直筋面積)に応じて4群に分けた。0.816-1.407、1.408-1.722、1731-2.053、2.059-3.500(単位はcm*2/m*2)。再入院や死亡の危険因子は、年齢(OR 1.05)、呼吸困難の程度(OR 4.57)、在宅酸素投与(OR 12.4)、大腿四頭筋量(OR 0.34)、前年の入院(OR 4.8)であった。多変量解析によると、在宅酸素投与(OR 4.8)、呼吸困難の程度(OR 2.57)、大腿四頭筋量(OR 0.46)、前年の入院(OR 3.04)が独立した危険因子として検出された。骨格筋量が小さい患者は入院が長期間であった(28.1 vs 12.2)
 
✔ 結論
 大腿骨格筋量が小さい患者は再入院や死亡が多くなる。
大腿骨格筋量と再入院(文献より引用)

◎ 私見
 骨格筋量が小さい群(全体の4分の1)が予後が悪く、それ以外の群についてはそれほど差が無い。つまり、筋肉量が著しく落ちてしまうような状態(栄養状態が極めて悪いとか)の人のみが予後が悪くなる、ということらしい。実際に測ってみて、どんな患者さん達が該当するのかをみてみないと、実感がわかないな。ということで、今度測ってみよう。

2015年10月12日月曜日

適切な脳灌流圧を達成するために

Clinical and Physiological Events That Contribute to the Success Rate of Finding "Optimal" Cerebral Perfusion Pressure in Severe Brain Trauma Patients.
Weersink CS, Aries MJ, Dias C, Liu MX, Kolias AG, Donnelly J, Czosnyka M, van Dijk JM, Regtien J, Menon DK, Hutchinson PJ, Smielewski P.
Crit Care Med. 2015 Sep;43(9):1952-63. PMID: 26154931


✔ 背景
 頭部外傷では脳灌流圧を適正化する必要性があると考えられている。脳灌流圧と動脈圧の間にはU字型の関係があり(圧反応性指数Pressure reactivity index)、適切な脳灌流圧を知る上で重要である。本研究では、適切だと考えられる脳灌流圧といくつかの生理学的指標、臨床因子、治療的介入の関係を調査した。
✔ 方法
 観察研究。二つの大学病院の神経集中治療室に1年半の間に入室した48人の頭部外傷患者を対象とした。
✔ 結果
 患者は全例動脈圧、頭蓋内圧、脳灌流圧を持続的にモニタし、ICM+ソフトウェアを使用してリアルタイムで圧反応性指数と適切な脳灌流圧を計算した。生理学的指標の変化、鎮痛鎮静薬、血管作動薬、頭蓋内圧亢進に対する内科的/外科的治療を記録した。得られたデータは4時間毎に集計した。動脈圧変動の消失(OR 2.7)、高い圧反応指数(OR 2.9)、少ない鎮痛鎮静薬(OR 1.9)、多い血管作動薬(OR 3.2)、筋弛緩薬の不使用(OR 1.8)、減圧開頭後(OR 1.8)が脳灌流圧が不適切となる独立した危険因子であった。
✔ 結論
 適切な脳灌流圧を保つため重要な6つの危険因子を明らかにした。

◎ 私見
 脳灌流圧を適切に維持するためにどのような事象に注目すればよいのかを調べた研究。我々の施設では頭蓋内圧を見るのは稀なのでこういう研究には興味がある。しかし、この研究で明らかになったとされる指標をみる限りものすごく役に立つという感じでもない。悩みは尽きない。

2015年10月9日金曜日

排便コントロールは重症患者の予後を改善する

Daily laxative therapy reduces organ dysfunction in mechanically ventilated patients: a phase II randomized controlled trial.
de Azevedo RP, Freitas FG, Ferreira EM, Pontes de Azevedo LC, Machado FR.
Crit Care. 2015 Sep 16;19:329. PMID: 26373705


✔ 背景
 ICUで便秘はよくみられる。不動化、脱水、鎮痛鎮静、昇圧剤の使用が要因となり得る。便秘は腸管不全の一症状で、独立した予後規定因子のひとつであると考えられている。毎日の排便を促すための下剤の使用が臓器不全を減らすかどうかを検証した。
✔ 方法
 前向き無作為化非盲検のPhaseⅡ臨床研究。3日以上人工呼吸管理を受けると予想される患者を対象に、毎日の排便を促す群と対照群とに無作為に振り分けた。介入群はラクツロースと浣腸を行って毎日1~2回の排便がみられるようにした。具体的には、ラクツロース 20ml/8hrsを排便がコンスタントに認められるようになるまで継続し、下痢を起こしたらラクツロースは中止した。対照群では便秘は5日まで許容する。直腸診と下剤は適宜使用した。プライマリアウトカムはSOFAスコアの変化とした。
✔ 結果
 88人の患者が対象となった。介入群は一日当たりの排便回数が有意に多くなり(1.7 vs 0.7)、入室期間に対する排便のない日の割合が減った(33.1% vs 62.3%)。介入群では対照群に比較してSOFAスコア減少が大きかったが(-4.0 vs -1.0)、死亡率や生存期間には差が無かった。介入群では下痢を含む合併症が多かったが、重篤な合併症には差が無かった。
✔ 結論
 人工呼吸管理患者の排便を促すと、臓器不全をより改善することができる可能性がある。
生存率に差があるように見えるが有意差無し(文献より引用)
◎ 私見
 排便コントロールは見過ごされがちな問題のひとつ。便秘も下痢もよくないので、適切なところを狙って頑張るのだが、なかなかうまくいかない。この研究では便秘に対して積極的に介入することで予後を改善する可能性を示しているところが興味深い。

2015年10月6日火曜日

便秘はせん妄の危険因子

Constipation is independently associated with delirium in critically ill ventilated patients.
Smonig R, Wallenhorst T, Bouju P, Letheulle J, Le Tulzo Y, Tadié JM, Gacouin A.
Intensive Care Med. 2015 Sep 10. PMID: 26359169


✔ 背景
 せん妄はICU入室患者の多くに認められ、予後悪化因子であるとされる。一方、便秘も重症患者で頻繁に認められる。中枢神経系と腸管は相互に影響しているとされる研究結果があり、便秘とせん妄の関係を調査することにした。
✔ 方法
 1年間の前向き観察研究。18歳以上で2日以上人工呼吸管理を受けた患者を対象とした。便秘の管理は個々に自由とした。全例で選択的腸管除染を行った。せん妄はCAM-ICUを1日2回チェックして有無を判定した。排便は半定量的に毎日評価した。
✔ 結果
 1,052人がICUに入室した。168人がせん妄評価を受け、105人がせん妄と診断された。最初の排便が認められるまでの時間の中央値は5日であり、せん妄と診断されるまでの時間の中央値は7日であった。排便の遅れ、人工呼吸期間、ベンゾジアゼピンの使用は独立したせん妄の危険因子であった。排便の遅れのAUCは0.76であり、ベンゾジアゼピンの試用期間(AUC 0.65)、人工呼吸期間(AUC 0.64)よりも有意に大きかった。排便の遅れの最も有用なカットオフ値は5日であった。
✔ 結論
 ICU入室後の排便の遅れはせん妄の独立した危険因子である。

◎ 私見
 腸管と脳の相互作用、というものがあるらしい(不勉強で知りませんでした)。単施設の観察研究であり、結果も微妙なのでそのまま鵜呑みにはできないけれど、排便コントロールというあまり注目されない分野が今後重要な意味を持ってくるかもしれないという点で興味深かった。

2015年10月4日日曜日

心肺停止蘇生後の酸素分圧と炭酸ガス分圧

Association of arterial carbon dioxide and arterial oxygen concentrations with hospital mortality after resuscitation from cardiac arrest
Hendrik J. F. Helmerhorst et al
Crit Care 2015;19:348-

✔ 背景
 ICU入室後の動脈血炭酸ガス分圧(PaCO2)と酸素分圧(PaO2)は心肺停止蘇生後の組織灌流と予後に影響すると言われている。両者の院内死亡率に対する影響を調査した。
✔ 方法
 NICEレジストリを使用したコホート研究。2007年から2012年の間に心肺停止蘇生後で人工呼吸管理を受けた患者を対象とした。ICU入室24時間で酸素化が最も悪かった時点のデータを参照した。炭酸ガス分圧の正常値は35~45mmHg、酸素分圧の正常値は60~300mmHgとした。院内死亡率との関係を解析した。
✔ 結果
 82のICUに入室した5,258人の心肺停止蘇生後患者が対象となった。低換気であったものが22%、過換気であったものが35%存在した。低酸素血症と高酸素血症はそれぞれ8%と3%であった。炭酸ガス分圧も酸素分圧も、値と院内死亡率にはU字型の関係があった。関連因子を調整して検討したところ、過換気と低酸素血症は院内死亡率の有意な予測因子であった(それぞれOR 1.37、1.34)。炭酸ガス分圧と酸素分圧は相乗的には作用しなかった。
✔ 結論
 炭酸ガス分圧と酸素分圧は院内死亡率にそれぞれ独立して影響する。
炭酸ガス分圧と院内死亡率(文献より引用)

酸素分圧と院内死亡率(文献より引用)

◎ 私見
 きれいなU字型を描いている。酸素分圧の一番死亡率が低くなるところが100mmHgよりも高いのが気になるところだけど。ガスを測って調節するのなんてそんなに手間ではないのだから、面倒くさがらずにちゃんとやるべきということ。

2015年9月30日水曜日

プロトコルは患者予後を改善しないかもしれない

Protocols and Hospital Mortality in Critically Ill Patients: The United States Critical Illness and Injury Trials Group Critical Illness Outcomes Study.
Sevransky JE, Checkley W, Herrera P, Pickering BW, Barr J, Brown SM, Chang SY, Chong D, Kaufman D, Fremont RD, Girard TD, Hoag J, Johnson SB, Kerlin MP, Liebler J, O'Brien J, O'Keefe T, Park PK, Pastores SM, Patil N, Pietropaoli AP, Putman M, Rice TW, Rotello L, Siner J, Sajid S, Murphy DJ, Martin GS; United States Critical Illness and Injury Trials Group-Critical IllnessOutcomes Study Investigators.
Crit Care Med. 2015 Oct;43(10):2076-84. PMID: 26110488


✔ 背景
 プロトコルは治療を標準化し、望ましい介入を完遂する手助けになると考えられている。プロトコルの存在が予後を改善しているかどうかを検証した。
✔ 方法
 米国の59施設が参加した観察研究。プライマリアウトカムは院内死亡率とした。
✔ 結果
 57施設、5,454人の重症患者がデータ解析の対象となった。プロトコルの数の中央値は19であった。単変量解析では、プロトコルの存在はICU死亡率、院内死亡率、在院日数、人工呼吸の使用率、昇圧剤や持続鎮静の使用に影響していなかった。多変量解析でも同様の結果であった。呼吸管理に関わるふたつのプロトコル(ARDSに対する低容量換気、SBT)の遵守率はプロトコル採用の多少とは関わりが無かった。
✔ 結論
 プロトコルは多く採用されているが、予後改善には結びついていなかった。

◎ 私見
 19個もプロトコルがあるのが普通なのかと驚いた。あまりにもプロトコルが多すぎて、かえって混乱しそう。
 プロトコルにしろチェックリストにしろ、まず考えなくてはならないのはなぜ導入するのかという動機だろう。必要もないのに導入してもかえって予後が悪くなりそう。必要性を抽出して予想される結果を見積もるには、やはり自施設の現状についてデータベースに基づいてしっかりと解析を加える必要があると思う。次に考えなくてはならないのは、当然ながらどう使うかということだろう。盲目的に従うのでは効果が薄れる。プロトコルやチェックリストの各項目の根拠やそれを目の前の患者さんにどのように適用するのかという細かい調節が重要だと思う。モチベーション(パッション?)とファイン・チューニングが大事で、プロトコルの遵守率など、二の次ではないだろうか。
 これ、プロトコルに限らず、なんにでも当てはまることだと思う。新しい器械、新しい規則、新しい診療部門、新しい病棟、、、
 

2015年9月28日月曜日

リクルートメント手技

Understanding recruitment maneuvers.
Suzumura EA, Amato MB, Cavalcanti AB.
Intensive Care Med. 2015 Aug 20. PMID: 26289012


✔ リクルートメント手技(RM)は経肺圧を一時的に上昇させることでほとんど換気されていない肺胞を再開通させることを目的としている。即時効果として酸素化とコンプライアンスの改善が期待できる。肺胞を開通させる圧をRM中に生じさせることができれば、肺胞が再閉塞する圧は開放圧よりも低いので、肺容量を大きくしたまま保持することができるようになる。これは圧-容量曲線がヒステレシスを描くことから理解できる。つまり、PEEPをある程度高く保っていれば肺胞を開いたまま維持できるわけである。
 RMは酸素化を改善させることが分かっており、肺保護換気や腹臥位換気を行ってなお低酸素を呈している患者に対するレスキュー治療として明らかな意義があるが、RMの臨床研究の多くはRM後のPEEPを適切に保っていないので、RM直後に改善した酸素化がその後急激に悪化していっている事に注意が必要である。実際、PEEPを適切に保った研究では酸素化の改善が数日持続している。
 ARDS患者のRMに対する反応性は一様ではない。肺線維化が進行した状態ではRMに対する反応が低下する。ARDS発症5日目以降ではRMの効果はあまり期待できない。他にも、びまん性病変よりも巣状病変を呈している場合は反応が悪くなるし、もともとP/Fやコンプライアンスが良かったり、死腔が小さい場合もRMに対する反応が悪くなる。
 RMは酸素化を改善するが、ARDSの死因の多くは低酸素ではなくVILIとそれに起因するSIRS、そしてMOFであることに注意が必要である。では、RMはARDSの生存率を改善すると言えるのであろうか? 
 まず、肺胞の液体クリアランスがRMで改善する可能性がある。また、RMにより炎症マーカが抑制されることも示されている。さらに、RMによるコンプライアンス改善によって換気駆動圧を低減することで生存率を改善する可能性がある。
 RMには多くの方法があるが、すくなくともSigh(深呼吸)を導入することの意義はないと証明されている。40cmH2OのCPAPを40秒維持する方法がひろく用いられているが、換気駆動圧を15cmH2Oに固定したままPEEPを階段状に45cmH2Oまで上昇させる方法の方が肺損傷が小さいようである。RMはさまざまな体位で施行することができるが、腹臥位と組み合わせるとより酸素化が改善する。RM後のPEEPの設定には標準的な方法は無いが、少しずつ値を変化させて最もコンプライアンス(動的 or 静的)が大きくなる値を採用する方法が特殊な画像診断を必要としないため良いだろう。適切なPEEPが見つかったら、もう一度肺をリクルートメントしてさらに2cmH2OPEEPを上乗せして設定しておく。
 メタアナリシスによるとRMは中等症~重症ARDS患者の院内死亡率を低下させる可能性が示唆されているが、バイアスが大きく結論は確定的ではない。さらなる臨床研究が期待される。

◎ 私見
 これは明らかにPEEPが足りないだろうと思われる患者に用手的にやや高めの圧で換気を補助すると、それ以後の酸素化とコンプライアンスが劇的に改善することをよく経験する。リクルートメント手技とは言えないほどの低圧でも十分に効果を得ることができることも多い。まずは、しっかりとPEEPをかける、というところから始めないと。リクルートメントは特殊な器械を用いる必要もないので実は少し期待してる。