2016年6月19日日曜日

重症低酸素血症の治療戦略①

Severe hypoxemia: which strategy to choose.
Chiumello D, Brioni M.
Crit Care. 2016 Jun 3;20(1):132. PMID: 27255913


✔ 背景
 ARDSはその診断の正確性を期するために診断基準の改定が数回行われているが、そもそもARDSの最も重要なポイントはシャントによる酸素投与抵抗性の低酸素血症である。重症低酸素血症には二つの閾値が提唱されているが(P/F<150 or 100)、どちらも死亡率は極めて高く(45%)、人工呼吸管理期間やVILIのリスクも高い。
 ベルリン定義において、ARDSは陽圧換気を要する炎症性肺水腫と定義されている。肺水腫(肺重量)の増加により静水圧が上昇して含気量が減少し、含気のない部位が背側に生じる。
 肺保護換気戦略と酸素投与量の調節を行うことでVILIを減らすことができるとされる。しかし、完全に安全な肺保護換気設定は存在せず、個々の患者の呼吸メカニクスやリクルート可能な部位の量、ガス交換能、血行動態に応じて最善と思われる方法を選択することになる。

✔ 非侵襲的換気
 肺内シャントを減らして呼吸仕事量も減らすが、ARDSにおいては失敗のリスクや侵襲的換気の遅れにつながる可能性があり、結論が出ていない。NIVを標準的な治療に加えることで気管挿管を避けることができるかどうかについては大規模な臨床研究が必要である。近年報告されたメタアナリシスの13研究を見てみると、気管挿管率は30~86%、死亡率は15~71%とばらつきが大きく、無作為化されておらず、対象が不均一であり、気管挿管との直接比較もなかったため、結論を出すことができない。失敗のリスクを考えると、肺以外の臓器不全がなく、ICUで緊密にモニタできる状況下でのみ選択するべきであろう。数時間施行してもガス交換や呼吸数が改善しない場合はNIVをやめて侵襲的換気を開始すべきである。
 NIVの代替手段としてHigh flow nasal cannula(HFNC)がある。HFNCは呼気終末の肺容量を増やし、呼吸仕事量を減らし、炭酸ガスの排泄を促進して酸素化も改善する。NIVとは異なり特別な(密着を要するような)インタフェイスを要さない点も特徴である。ARDSを対象とした研究ではHFNCを導入したものの40%は気管挿管に移行している。気管挿管の理由は、低酸素血症の進行、血行動態や意識レベルの悪化であった。この気管挿管率はAntonelliらのNIVをARDSに用いた研究の気管挿管率(46%)とほぼ同等である。現時点においては、HFNCとNIVと標準的な酸素投与法を比較した研究は一つだけある。気管挿管率に有意差はないものの、ICU死亡率はHFNC群で最も低かった。HFNCを使用する際の患者モニタリングは、現在のところNIVと同様である。

✔ PEEPと肺リクルートメント
 肺保護換気においてPEEPとリクルートメント手技(RM)は別々に議論されることが多いが、両者は密接に関係している。肺領域を解放してその状態を維持するためには、肺組織と胸壁によって生じる圧に打ち克たなければならない。肺をリクルートする方法には、Sigh(高一回換気量を間歇的に行う)、Sustained inflation(静的高気道内圧を20~40秒維持する)、Extended sigh(PEEPを階段状に上昇させる)などがある。その目的は、つぶれている肺領域を高い経肺圧を適切な時間適用することで再開放することである。RMは大部分の患者の酸素化を一定期間改善することができるが、RM単独では死亡率を減らすことができない。
 ここ数十年でPEEPの哲学は変化した。人工呼吸の歴史の始まりにおいては酸素化を改善する単純なツールであったものが、ここ数年で肺保護換気の枠組みにおいて、換気サイクル中の肺胞の開放・虚脱を避けて肺領域が不均質となるのを抑止するという役割を担うとみなされるようになった。肺水腫の程度によってリクルート可能な肺容量は0~70%と様々になる。患者移送とX線被曝の問題があるもののCTがその評価のゴールドスタンダードである。低線量プロトコルを用いた肺リクルートメントの視覚的評価は有用と思われる。さらに、CTによって約半数の患者の診断に寄与して治療方針を変えたとする報告もある。代替手段としては肺エコーの正確性が高いとされるが、さらなる研究が必要である。
 いくつかの実験的研究や観察研究では、ARDSに対して高PEEPが有用であることを報告しているものの、無作為化試験(ALVEOLI、EXPRESS、LOV)では低PEEPと高PEEPで予後に有意差は認められなかった。しかし、重症患者群(P/F<200)のみに対象を絞ってメタ解析すると、高PEEPは死亡率を減らすことが分かった。つまり、重症度が高い(肺水腫の程度が強い)ほどPEEPのVILI減少効果が大きくなることを示している。リクルート可能な領域が大きい患者でのみ高PEEPは肺胞開放・虚脱サイクルを抑制できるとする近年の観察研究結果とも合致する。しかし、Cressoniらは肺の開放を維持するPEEPレベルとリクルートメント可能な肺領域の程度とは関係がないことを示し、肺水腫の程度とリクルートメント効果との相関関係に疑義を呈している。これらのことを合わせて考えると、肺水腫の程度だけでなく、発症からの時間、病変の分布などにもリクルートメントの効果は影響を受けるといえるだろう。
 PEEPの調節にはいくつかの方法がある。一般的なのはPEEP/FIO2表を用いる方法である。他には、換気メカニクスに基づき、一回換気量を一定にして気道内圧が安全域を超えないように(26~28㎝H2O)PEEPを上昇させたり、RMの後にコンプライアンスを見ながらPEEPを減らす方法などがある。呼気終末の食道内圧が胸腔内圧を正確に反映するかどうかはよくわかっていないが、Talmorらは呼気終末の経肺圧が0~10㎝H2OとなるようにPEEPを設定すると、酸素化や肺コンプライアンスが改善することを報告している(絶対値法)。PEEPや一回換気量による食道内圧の変化から吸気終末の経肺圧を計算する方法もある(エラスタンス法)。Grassoらはこの方法を用いることで、通常の気道内圧を用いる方法に比べて酸素化を改善し、ECMOを避けることができたと報告している。しかし、この両者(絶対値法とエラスタンス法)を比較したところ、結果として得られた推奨PEEPの値にはばらつきが大きく、30%の症例ではPEEP変化の方向が逆になったとされている。
 ガス交換、換気メカニクス、経肺圧に基づくPEEP設定と、リクルートメント可能な肺領域の量、重症度を比較したところ、ガス交換を参考にする方法(LOV試験のFIO2/PEEP表)のみが重症度に応じたPEEP設定となった一方、ほかの方法(換気メカニクス、経肺圧を参考する方法)ではほぼ同等のPEEPレベルとなり、これは患者の重症度やリクルート可能な肺領域の量とは相関しなかった。興味深いのは、肥満患者においては肺の含気は非肥満患者に比べて小さいものの、リクルートメントの効果や胸壁エラスタンスはほぼ同等であったことである。
 現時点のデータを参照する限り、完璧なPEEP(酸素化、コンプライアンス、VILI減少効果が最大になるPEEP)は存在しないと言わざるを得ない。よって、急性期ではPEEPを決める前にARDSの重症度を層別化することから始める。これはPEEP 5㎝H2Oで淳酸素を用いて換気することで容易に行える。重度ARDSではリクルートメント可能な肺容量ををCTや肺エコーを用いて計算し、LOV試験のPEEP/FIO2表を用いて高PEEP(>15㎝H2O)を設定すべきである。一方、軽度~中等度ARDSでは10㎝H2O未満の低PEEPを安全に使用できる。 
 酸素化の改善は肺リクルートメントではなく血行動態への効果(心拍出量の減少や右左シャントの減少)によるかもしれない。PEEP設定を行う前に患者の血行動態を安定化しておくべきであり、評価中は血行動態の変動を最小限にすべきである。さらに、肺への過剰なストレスを避けるため、経肺圧をモニタすべきである。

◎ 私見
 ARDSに代表される重症低酸素血症に対する呼吸管理戦略について解説してある。自分は少なくともARDSに関してはNIVはあまり期待できないのではないかと思っている。ヘルメット型のインタフェイスがよいのではという報告はあるにはあるけれど。PEEPとリクルートメントについては、肺エコーと食道内圧に注目。食道内圧、測ってみたいな。

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